非道な実験
アイリスの答えが真実だと言うように、セプスは静かに微笑んでいた。その笑みはあまりにも不気味で、見ているだけで鳥肌が立ちそうになる。
「でも、一つだけ分からないことがあるの」
アイリスはセプスの眼光に負けないように睨み返しつつ、静かに発する。
「あなたが欲しているものが魔力だということは分かったわ。だけど、島の人達を使って、一体何の実験をしているか、ということよ」
「ははっ……。そこまで答えが出ているのに、分からないというのか? 聡明なのかそれともあえて気付かないふりをしているのか……。まぁ、どちらでもいいけれどね」
低く笑い、セプスは眼鏡を少し上へと上げてから、並ぶように立っている鉄格子の中の魔物達へと視線を向ける。
「言っただろう、僕が欲しいのは魔力だ。だが、魔力を得ることは難しいことでね。魔物の血や魔力、魔法材料を用いてはどの材料が人間に合うのか細かく分析し、そして投与する材料を微量の単位で調節していった。……そう、これは全て、僕が魔力を得るための実験なんだよ」
だから、悪い事ではないと言うようにセプスは大げさに肩を竦めながら、ふっと息を吐く。
「魔力を得るための……。それじゃあ、島の人達に薬を投与して、魔力が体内に生まれるか、その実験をしていたということ!?」
全ての言葉を信じたくはなかった。
目の前にいるセプスが言った言葉は、今まで築かれて来た魔法に関する世界の理の全てを裏返してしまうような、驚愕的な言葉だったからだ。人体実験による魔力の会得など、今まで聞いたことがなかった。
「ああ、そうだ。僕が島の人達に投与していた薬は一つではない。幻覚症状を起こし、中毒性がある植物を調合させた薬と、そして体内に魔力を宿すための薬のこの二つを投与していたのさ」
「……」
アイリスとイトは息を引き攣るように、同時に絶句していた。それを意識することさえ出来ないまま、アイリス達は目を見開き、固まっていた。
恐らく、二人同時にこの男は狂っていると思っているに違いない。だが、言葉にすることが出来ないのは、セプスを否定しても、彼は何の影響も衝撃も受けることはないと分かっているからだろう。
「あ……ありえません!」
最初に叫んだのはイトだった。それは否定というよりも、拒絶に近い叫びに聞こえた。
「そのようなこと……非現実的過ぎます。それに元々、魔力を持っていない人間に魔力を注入すれば、その力の強さが身体に合わず、予見できない異常が起きるはずです……!」
「おや、君は魔力を注入された人間がどうなるのか、知っているようだね」
「っ……」
イトは憎らしいものを見るように顔を顰める。魔力を持っていない人間に、魔力を注入すれば、どうなるのかアイリスも知っていた。
元々、魔力を持っている人間が魔力不足の人間に自身の魔力を注入する場合があるのは、教団の人間ならば誰でも知っているだろう。
教団内では戦闘時に、魔力不足に陥った団員に魔力を注入することで、不安定になっていた魔力供給の器官を安定させる治療法があるのだ。
そのため、多くの機会で魔力注入という方法が使われることがあった。
しかし生来、魔力を持っていない人間に無理矢理、魔力を注入して、その身に魔力を宿すことに成功した例は無いと聞いている。
「そうだ、君の言う通りだ。……僕も他人の魔力を実際に注入してもらい、その身に受けたことがある。その際、身体に拒否反応が出てしまい、魔力を体内に宿すことは出来ずに、結局は倒れることとなった」
しかし、自分が行ったことに後悔はしていないと言うように、彼は言葉を続ける。
「だが、それは僕の中に他人の魔力を受け入れるための『核』がないからだと気付いた。それならば、まずは魔力を受け付けるための核を体内に作り、魔力を身体に馴染ませて、宿す方法を編み出せばいいと結論を出したんだ」
「……それが、魔力を体内に宿す薬……」
アイリスが独り言のようにぼそりと呟くと、その囁きを聞き取ったセプスが肯定するように頷く。
「最初の実験体は鼠だった。もちろん、失敗すれば魔物に近い生き物へと変化してしまったけれどね。……鼠の次は兎、その次は犬、そして猿──。少しずつ個体を大きなものへと変えていった。出来るだけ、人間に近しい生き物で実験を繰り返して、遂に動物の体内に魔力を宿すことに成功したんだ。魔物と化していない実験体の体内に魔力反応が出た時のあの感動……! ああ、今でも忘れられないね……」
「……」
セプスが行っている実験が人道的であるならば、まだ納得できる部分もあったかもしれない。
だが、彼が行っていることは他人を犠牲に実験結果を求めるだけの、卑劣で狡猾で残忍な行いにしかアイリスの目には映っていなかった。
「だが、ここから問題が生じた。人間に近い生き物とは言え、猿に与えた薬を自分で実験してしまえば、予想に反することが起きてしまう」
「だから、自分にとって都合の良い実験体となりえる身代わりを求めていたということですか。実験で成功した例だけを自分に取り入れるために……。何て、非道なことを……」
イトが口を右手で押さえつつ、何かを吐き出すような仕草をしていた。アイリスは右手でイトの背中をそっと支えるように撫でつつ、セプスを睨み続ける。
「だって、自分で失敗したら、意味がないだろう? 僕は研究者だ。実験に失敗は付きものだと分かっているからね。だからこそ、保険と材料は多い方が良かったのさ」
「……それなら、実験を受けた島の人達はどうなったの。あなたがこの島に医者として着任した一年程前から、神隠しは頻繁に起き続けているそうだけれど……それはあなたの実験が『失敗』したから、でしょう?」
「うむ、察しがいいね。でも──」
そう言って、セプスはアイリス達に背を向ける。彼の視線はアイリス達ではなく、鉄格子の中へと注がれていた。
「島の人達なら、君達の目の前にいるじゃないか」
「え?」
一瞬、言われた言葉が理解出来ず、思わず素で聞き返していた。
「今、夜目が利いているなら見えているんだろう? 目の前に並んだ鉄格子。その中に入って居る獣が。──彼らこそが、島の人達本人だよ」
場違いな程に静かに告げられたのは、真実。そんなわけがないと疑い、拒否してしまいたい程の言葉が並べられていく。
土砂降りと共に、鋭い矢が降り注ぐような、そんな衝撃がアイリスとイトには駆け巡っていた。




