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血と砂の痕跡

 

「それにさっきの血痕って、一体誰のものだろう……。魔物が家の中まで襲ってきたのかな?」


 クロイドとリアンはそれぞれ相棒の得物である剣を念のために腰へと下げてから、調理場がある部屋へと戻る。そして、血痕が多く残っている場所に視線を向けて、クロイドは小さく呟いた。


「……この席はさっきまで、リッカとライカが座っていた席だ」


「じゃあ、二人が……。急に具合が悪くなったのかな……。でも、吐血しているのに外に出るなんて普通はあり得ないよね? イト達なら抱えて運べそうだけれど、まさか診療所に連れて行っちゃった可能性は……」


 リアンが恐る恐る聞いてきたため、クロイドはすぐに首を横に振り返した。


「……さすがにリッカがあれだけセプス・アヴァールのことを警戒していたんだから、診療所に行くのは猛獣の檻に自ら入るようなものだぞ。それにアイリス達なら、リッカの心情を察して、連れて行くことはしないだろう」


「それもそうか」


 二人で血痕を辿りつつ、もう一度、家の外へと出た。

 だが、血痕は小さな黒い水溜まりを作った場所で途切れており、それ以上先に痕跡は残っていなかった。


「この場所で何かが起きたのか?」


「うーん……。獣の足跡がたくさん残っているけれど、これだけで魔物だと判別は出来ないかなぁ。……あっ、クロイド! これを見て!」


「何だ」


 リアンが指差した方向を見ると、そこには何かが染み込みこんだ布の包みが地面の上に置かれており、中身が散らばるように広範囲に広がっていた。

 布の包みに近づくたびに甘い匂いは強烈なものとなっていく。


「これが甘い匂いの正体だったか」


「ん? この物質……。魔法薬の材料で似たようなものを見たことあるけれど……」


 リアンは腰に下げている短剣を素早く抜くと、地面の上に落ちている布の包みから零れ出たものを添えるようにそっと触れてから、よく見えるようにと顔に近づけている。

 リアンの短剣の刃先に付着していたのは、どろりと粘り気のある緑色の物質だった。


「うへぇ……。何だろう、この気持ち悪い液体……。直接、触るのは気が引けるかも」


「……半分は液状化しているが、植物の繊維みたいなものも含まれているようだな……」


「植物? ……匂いはともかく、腐った色をしているけれど、これ多分、危ないやつだよね。ちょっと酔いそうかも」


 リアンも匂いを深く嗅ぎ過ぎないようにずっと鼻を指先で押さえている。クロイドは立ち上がり、周囲を見渡したが、やはりアイリス達どころか他の誰かの気配を感じ取ることは出来なかった。


 匂いを嗅ぎ分けようにも、自身の足元にある布の包みから零れ出る緑色の物質から発生している強烈過ぎる匂いによって、すでに鼻の機能はやられてしまっている。

 しかも、鼻どころか身体のあらゆる感覚まで、どうにかなってしまいそうだ。


「くそ……」


 試しに獣の足跡を辿ってみたが、途中からは地面ではなく、芝生の上を通ったようで足跡はわざとらしく途切れていた。


 アイリス達の身に何かが起きたことは明白だ。だが、匂いを辿れない上にどこに行ったのかも分からない以上、探し出す方法は限られてしまう。


「……クロイド。一度、冷静になろう」


 普段は明るいリアンも、この時だけは落ち着いた声色をしていた。

 それでも窺うように彼の表情を見てみれば、早く四人の行方を見つけたいと顔に書いてあった。どうやら、心に思うことは同じらしい。


「まず、考えられるのは……。多分、自分の意思で外に出たとは考えにくいよね」


「まあ、そうだな。もし、何かしらの事情があって、どうしても外に出なければならないならアイリスかイトのどちらかが書き置きを残すだろうし」


 アイリスは「真紅の破壊者クリムゾン・クラッシャー」と言う通り名から大雑把な性格だと思われがちだが、他者に対して気配りが出来る人間だ。

 彼女達が本人の意思で外へと出たのならば、先に家の外へと出ていた自分達が戻って来た時に、心配かけないようにと何かしらの痕跡を残すはずだ。


「うん、俺もそう思う。それに昼間じゃないとは言え、二人が武器を置いたまま外を出歩くのはやっぱり不自然だと思うよ」


 クロイドはもう一度、感覚を研ぎ澄ませてみる。だが、先程よりも感覚を研ぎ澄ませることに鈍さを感じてしまうのは、やはりこの甘い匂いを体内に入れたからだろう。


 ……この甘い匂い、毒性は感じられないがそれでも感覚を麻痺させるものが入っているんじゃないか?


 一度嗅いだら、二度と忘れられないほどに鼻の奥に残ったままだ。いつも通りに鼻が使えるようになるまで、かなり時間がかかるだろう。


「……クロイド、ちょっとこれを見てくれないか」


 リアンに声をかけられたクロイドは、後ろを振り返って彼が掌に載せているものを覗き込んでみる。


「この白い砂……微妙に魔力を感じないか?」


「……」


 クロイドはリアンから砂の欠片を受け取り、自分の手に載せてから眺めてみる。結晶と呼ぶには小さすぎるその砂粒は力を入れれば、すぐに砕けてしまいそうだった。


「この辺り一帯に同じような砂が薄くばら撒いてあるけれど、見える?」


「……本当だ。よく、見つけたな」


 目を凝らして、意識を集中させなければ、地面に別の砂が混じっているとは気付かないだろう。クロイドが感心するようにそう言うと、リアンは少し照れながら頷き返した。


「土の精霊が教えてくれたんだ。この辺りに変な砂があるよって」


 そう言って、リアンは彼の背中に斜め掛けされている剣の柄を優しく撫でる。どうやら「黄昏れの半月」に宿っている精霊が彼に感じ取った情報を教えてくれたらしい。

 しかし、クロイドの瞳では精霊の姿を映すことは出来なかった。


「変な砂って、どういうことだ?」


 精霊の姿を視界に捉えることは出来ないが、それでもリアンを介して訊ねてみることにする。リアンは両手剣に手を添えながら、首を小さく傾げた。


「うーん……。何か、嫌な感じだって言っているよ。嫌な力が、砂の中に宿っているんだって」


「嫌な力? 魔力のことか?」


「多分、そうだろうけれど……。あ、特殊な砂だから、人間が作ったものだろうって……」


「……」


 専門である土の精霊がそう言っているならば、この砂は誰かしらが魔力を込めて作ったものなのだろう。それはつまり、「魔具」であることを意味している。


「アイリスもイトも、砂の魔具なんて持っていないだろうし……」


 それならば一体誰が、魔力が込められた砂をこの場所へとばら撒いたのだろうか。


 脳内にセプスの姿が過ぎったが、彼は怪しい実験をしている疑いがあっても、魔具を持っていたとは確信出来ないでいた。

   

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