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不在

   

 クロイドとリアンがスウェン家に戻るべく、森の中を駆けていたが家に近づくにつれて、先程とは違う異変を感じ取っていた。


「……ん? 何だ、この匂い……」


「果実みたいな甘い匂いがするな。……そのようなもの、スウェン家の周辺にはなかったはずだが」


 甘い果実が生るような樹はスウェン家の周辺にはなかったはずだとクロイドは小さく首を傾げる。どうやらリアンにも分かる程の強い匂いらしい。


 甘ったるく、胸やけしてしまいそうな匂いが進む先からこちらへと風に乗って流れてきていた。

 何となく嫌な予感がしたクロイドはすぐに服の袖を口元へと持って来て、匂いを深く嗅がないように念のために防ぐことにする。


「リアン、あまり嗅ぐな。身体に影響が出るかもしれないぞ」


「えっ? わ、分かった」


 クロイドに注意されたリアンも同じように服の襟部分を口元へと持って来てから、甘い匂いをこれ以上、肺に入れないように呼吸し始める。


 ……何だ、この気分が悪くなるような匂いは。鼻の奥にこびりついて、取れない。


 クロイドの鼻は普通の人よりもかなり良い。犬並みの鼻を持っており、一度覚えた匂いは忘れないのだが、強く濃い匂いが鼻にこびりつくと、取れるまで時間がかかってしまうのだ。


 ……感覚が麻痺してしまいそうだ。それにしても、この匂いは一体どこから……。


 進めば進む程、匂いは濃いものとなっていき、そしてそれはスウェン家へと通じる道へと続いていた。


 もうすぐ、森の出口だ。

 木々の隙間を抜けて行けば、すぐにスウェン家の灯りが見えるはず──。


 だが、森の出口となる道の先に広がっていた光景は、スウェン家を出発した時とは違うものだった。


「何だ、これ……」


 自分が思わず飲み込んでしまっていた言葉をリアンが額に汗を浮かべながら代弁する。


 スウェン家の中からランプの光が外へと漏れ出ているが、その光は開けっ放しにされている扉を越えて、地面を照らしていた。

 そして、家の中から外へと黒い染みのようなものが、点々と続いており、それは一つの場所で小さな水溜まりを作っていた。


 目を凝らしてみると、地面には何かが蠢いたような跡と獣の足跡がいくつも残っている。


 目の前に広がっているこの光景が、明らかに「通常」ではないと身体の全ての感覚が警鐘を鳴らすように告げていた。


「っ……!」


 嫌な予感が身体中を駆け巡り、クロイドは考えるよりも早く足を動かしていた。開けっ放しにされた扉をまたぎ、急いでスウェン家の中へと入ってみればそこには──誰も、いなかった。


「……」


 思わず目を見開き、呆然としてしまう。現状で何が起きたのか分かっているのに、頭で考えを巡らせることが出来ない。

 自分達が家を出発した時、この家にはアイリス達四人が確かに居た。それなのに今では最初から誰もいなかったのではと疑う程に、静けさだけがその場に漂っている。


「誰もいない……? 何で……。……っ! ──イト! イトっ!」


 同じく家の中へと入って来たリアンも同じように呆けていたが、すぐにイトの名前を呼びながら家中の扉を開いては自分の相棒の姿を捜し始める。


 その間、クロイドは調理場がある場所で立ち竦んでいた。皆で夕食を食べた台の上には多くの血痕が残っており、その血が外まで点々と続いていた。


「アイリス……」


 名前を呼んでもそこにはいない。それでも呼んでしまうのは、何故か。


「──駄目だ、クロイド。誰もいない。誰も……いないんだ」


 普段の陽気で明るいリアンとは違い、強張った表情のまま声を張る。その声にクロイドははっと我に返った。


「さっきまで居たのに、四人とも居ないなんて一体、どこに行ったんだろう……。まさか、神隠し……」


 そこまで呟いてから、リアンは自分の口を手で押さえる。言ってはいけないと自覚しているのだろう。


 だが、自分達が家を出て、恐らく一時間も経っていないはずだ。その短時間で四人が同時に、「神隠し」に巻き込まれることなど、有り得るのだろうか。


 ……四人とも外へ出たにしては、何かが奇妙だ。アイリスなら、書き置きくらい残しそうだが。


 そして、用心深いアイリスの事だ。魔力反応が感知されたこの状況下で、体術が扱えるとは言え、生身のままで武器も持たずに家の外に出ることはないだろう。


「……」


 クロイドはアイリス達が借りている部屋へと真っすぐ歩いていく。もちろん、部屋の借り主は、今は不在であるため、心の中で一言謝りつつ、部屋の中へと入った。


「クロイド? 部屋には誰もいなかったけれど……」


「……リアン。お前から見て、イトは用心深い人間か?」


「え? ……うん、そうだね。あの子は普段から何事に対しても、用心深いから気を休めている方が少ないかも」


 リアンは少しだけ考える素振りを見せてから、納得するように大きく頷きながら答える。


「そうか。……それなら用心深い彼女達が、自分の得物を置いて、魔力反応があった外へと丸腰で出ていくと思うか?」


 そう言って、クロイドはとあるものを指さして、リアンへと見せた。アイリスとイトの荷物が置かれているすぐ傍には床の上に放置されている長剣が二本あった。


「ん? イトとアイリスの……剣? あっ……」


 放置されている二本の長剣を見たリアンもその違和感に気付いたらしく、眉を一気に中央へと寄せて気難しいことを考えるような表情をした。


「おかしい……。あのイトが剣を持たないまま夜道を歩くことなんて、絶対ないよ」


 相棒であるためか、イトのことをよく理解しているらしく、リアンはイトの剣を手に取ってから訝しげに呟いた。


「短剣は……ここには無いみたいだ」


 クロイドは失礼だと分かりつつもアイリス達の荷物を漁っていく。


 アイリスのことなので、短剣はスカートの下に隠し持っているに違いない。

 その点に関しては少しだけ安堵することが出来たが、やはり彼女が一番の得意武器である長剣を持たないまま外に出るなど奇妙にしか思えなかった。


「イトも多分、服の下に短剣とか魔符を隠し持っていると思うけれど……。うーん、リッカ達がいる目の前で剣を扱うことを躊躇って、所持していかなかったのかな?」


「だが、リッカ達にはすでに俺達の事情は話してあるし、今更隠す必要はないと思うが……」


「そうだよねぇ……」


 それでも、お互いの胸の奥に抱いている違和感は拭えないままクロイド達は低く唸るしかなかった。

    

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