二体の獣
クロイドとリアンは感知した魔力の気配を辿るように暗闇の中を小走りで進んでいた。だが、進む先は森の中へと続いており、普段から夜目が利くとは言え周囲は真っ暗な闇だけが続いている。
魔犬に呪いをかけられている影響で、他の人間と比べてそれなりに夜目が利くクロイドだが、普通の瞳を持っているリアンには少々見えづらい状況だろう。
「……どうだ?」
リアンがいつでも両手剣を抜けるように右手を剣の柄に添えながら訊ねて来る。
「まだ、魔力の気配は消えていないようだが、俺達が追っていることを勘付いているのかもしれないな。距離が中々縮まらない」
「うーん、面倒だなぁ。早く確認してからスウェン家に戻りたいんだけれど……」
「これ以上、森の中を進むとなると俺達にも危険が及ぶかもしれないから、念のために暗視の魔法をかけておくぞ」
「うん、宜しく」
クロイド達は一度、その場に立ち止まってから、暗闇の中でも迷わず素早い行動に移せるようにと暗視の魔法をその身にかけておくことにした。
「──夜宿る瞳」
呪文を唱えつつ、魔具である手袋を装着した手先をリアンへと向けると、彼は瞳を何度か瞬かせてから、自身の身体に何か変化があったのかを確認し始める。
「あっ。さっきよりも周りが見やすくなったかも。ありがとう、クロイド!」
「いや。……だが、木々が乱立している場所では剣も魔法も使い辛いな……」
クロイドは自身にも念のために暗視の魔法をかけてから、魔力反応がある前方に向かって進み始める。
「まるで、わざと相手を攻撃しにくい場所へ俺達を誘っているみたいだよねぇ」
「そうだな。……え?」
リアンの話をしっかりと聞いていたが、彼の話に自分の中で納得できる部分を見つけてしまったクロイドはつい聞き返してしまう。
「ちょっと待て。……俺達は囮に引っかかったんじゃないのか?」
「ん? どういうこと?」
「……俺の勘違いなら、良いんだが」
余計なことを言って、リアンを混乱させたくはないが、それでも心の中では何故か胸騒ぎがして仕方が無かった。
……何か、嫌な予感がする。
そして、こういう場合の勘は大抵の場合が当たるものだ。
「……っ! 止まって、クロイド! 真正面から来るよ!」
リアンの言葉を聞き終わったと同時に、遠くへと逃げるように離れて行っていた魔力反応が一気にこちらに向かって直進してきたのである。
クロイドもすぐにその反応を受け取ったため、いつでも魔法が放てるように右手を前方へと構えた。
鋭い風のような音が響き、そしてそれは一瞬にしてクロイド達との距離を詰めて来る。
「っ……!」
弾丸のようにクロイドとリアンの間を通り過ぎて行ったのは、獣の姿をしたものだった。
恐らく、自分達のどちらかを襲おうと勢い付けてきたのだろうが、事前に相手の動きを察知していた二人は同時に地面に転げるようにしながら、その攻撃を避けた。
「クロイド!」
「無事だ!」
二手に分かれたクロイドとリアンはお互いに無事を確認しつつも、次の攻撃に備える。
しかし、襲ってきたのは獣一体ではなかった。二人の間を割って来た犬型の獣とは別の魔力反応を感じ取ったクロイドはすぐに声を張る。
「──リアン、上だ!」
「なっ……」
犬型の獣とは別の攻撃が次の瞬間、クロイド達を襲ってきたのである。それは大きな風の塊が鎌の刃のようなものへと変化した攻撃だった。
頭上から鋭い突風が吹き荒れて、乱立して立っている木々が大きく揺れていく。
「う、お……。鳥型の魔物かっ……!」
リアンは剣を地面に突き刺してから、身体を飛ばされないようにと耐えているようだ。
クロイドも大きな木の陰に身を隠しつつ、素早く頭上を見上げてみる。大きく揺れ動く木々の隙間から見えたのは、両翼を持った黒い影だった。
「面倒だな……」
クロイドは舌打ちしつつも、頭上と地上から挟み撃ちによる攻撃に備えて、リアンと自分の周囲に結界を張っておくことにした。
……匂いが判別出来ない。獣と血の匂いしか、しないだと……?
今、対峙している二体から魔力反応は確かに感じられるが、それでも匂いは獣と血の匂いが混じったものしか感じ取れない。やはり、この二体は魔物ということだろうか。
「リアン!」
「何だっ」
「俺が鳥型の魔物を受け持つから、リアンは犬型を仕留めてくれ」
「了解!」
瞬間、クロイドは結界を解いてから、先程までリアンと共に立っていた場所へと素早く出た。
「──氷の女神、グラシスに乞う。今ここに、汝が力、顕現したまえ。凍る鉄の盾!」
クロイドが素早く唱えた呪文に反応するように、足元の地面が少しずつ凍った地表へと変わっていく。やがてそれは犬型の魔物へと伸びていき、四つ足を捕らえて動けないものとした。
「そっちは頼んだぞ、リアン」
「ここまで下準備してもらっておいて、仕留められない方が間抜けだよ!」
リアンは地面に突き刺していた剣を抜き取ると、氷上となった地面の上を器用に駆け抜けながら、氷によって足が捕らわれた犬型の魔物に向けて、両手剣で一閃を薙いだ。
瞬間、赤い鮮血が氷上へと一気に流し零されたようにその場を染めていく。
それまで犬型だった魔物は身体が二つに分かれており、全ての機能が停止したようにゆっくりと生々しい音を立てながら倒れていった。
クロイドはリアンが犬型の魔物を仕留めたのを横目に見つつ、自身の足元に向かって叩くように手を置いた。
「──凍てつく鉄の槍!」
凍てついていた地面から、勢いよく飛び出るように形成されたのは氷の槍で、それは頭上に浮かんでいる鳥型の魔物に目掛けて、伸び続ける。
乱立している木々によって視界は狭くなっていても、狙うところさえしっかりと定めれば、あとは通常の攻撃とは変わらないだろうと、クロイドは氷系の魔法を選んだ。
炎系の魔法ならば、周囲を巻き込む恐れがあるし、風系の魔法ならば鳥型の魔物が扱っていたものであるため、同じ属性は効かないだろうと即座に判断したからである。
案の定、クロイドの魔法によって形成された氷の槍は5メートル程の高さまで勢いよく伸びて、鳥型の魔物の腹へと直撃するように串刺しにした。
鈍い叫び声のようなものがその場に響き、確実に仕留めたことを確認してからクロイドは氷の魔法を解く。
串刺しにするものが消えたことで、それまで頭上にいたはずの鳥型の魔物は木々の枝を折りながら、クロイド達のすぐ傍へと大きな音を立てて落ちて来た。




