察知
「おい、今の……」
「魔力反応、でしたね」
「あ、やっぱり?」
三人はお互いに感じ取ったものを確認し合っている。しかし、状況に追いつけないリッカとライカは目を瞬かせながら三人を見ていた。
「……クロイド」
アイリスが説明を求めるように静かに訊ねると、クロイドは家の扉の向こう側を凝視しながら答えた。
「家の外で、魔力反応があった。一つではない。複数からの魔力反応だ。距離はそれほど、近くはないが……」
「魔物でしょうか。確か、島の人の中で魔力を持っている人はいなかったはずですが」
「うーん……。突然、魔物が出現するなんて、怪しい匂いしかしないなぁ」
リアンはのん気そうにそう言っているが、彼の瞳は獲物を狙う狩人のように鋭く細められていた。クロイドがアイリスの方へと小さく目配せしてくる。
「外にいるのが魔物だったとして、放置するわけにはいかないだろう」
「そうね。突然とは言え、魔物を放置すれば他の島の人達に危害が及ぶ可能性があるし。……でも、この家の守りを空けるわけにはいかないわ」
セプスによる魔の手が届かないか怯えているリッカ達の傍から離れるわけにはいかなかった。頼って来てくれた二人を置いて、全員が外に出てしまえばリッカはまた強がってしまうだろう。
「ここはひとまず二手に分かれますか」
イトの提案にアイリス達は同時に頷き返す。
「俺が行って来るよ」
そう言って、リアンは借りている部屋へと入っていき、魔物討伐の任務時に装備している魔具や武器を装着してから戻って来る。
リアンは黒に近い茶色の薄地の上着を羽織っており、そして両手剣が収められた鞘に革製のベルトが付いたものを斜め掛けにしてから、戻って来た。
「わぁ……。リアンさん、格好いいです! 物語の勇者みたいだ!」
「へへっ……。これが俺の本気装備だ!」
ライカから羨むような視線を受けて、リアンはどこか得意げな表情で胸を張っている。
「一人だと、危険もあるだろう。俺も一緒に行くよ」
イトがリアンと共に行くと思っていたが、意外にも声を上げたのはクロイドだった。
「宜しいのですか、クロイドさん」
アイリス同様に、イトも少し驚いた表情で首を傾げている。
「ああ、反応があった魔力について少し詳しく調べてみたくてな。……俺は他の人と比べて、嗅覚や魔力を感知する感覚が少しだけ高いんだ。今、感じ取った魔力も、近づいてみれば何が発生源なのかはっきりと分かるかもしれないからな」
クロイドの言葉に隠されていた意味を読み取ったアイリスは小さく頷き返す。
彼の感覚はかなり鋭い。もし今、感じられた魔力反応に近づいてみれば、何による発生源なのか分かるだろうし、何より──。
……人が、獣へと変えられてしまったというなら、その匂いも島の人のものか判別出来るかもしれないわ。
クロイドは一度、覚えた匂いは忘れないと言っていた。島人達と顔を合わせたのは短い時間だったが、記憶力の良いクロイドのことなので、島人達の匂いを覚えているかもしれない。
もちろん、そのことをはっきりと言わないのは、人が獣になるということを恐れているリッカ達に対する配慮なのだろう。
「……それならば、クロイドさんにお任せしますね。リアン、クロイドさんの足を引っ張らないようにするんですよ」
「どうして、俺だけに冷たいの、イト! そこは普通、頑張ってね、とか言ってくれよ! ……まあ、いいや。それじゃあ、軽く見回りしてくるから、四人は家から出ちゃ駄目だよ?」
リアンは留守番を子どもに頼むように、穏やかにそう言ってからスウェン家から出ていく。
魔具である手袋を装着し、準備を整えたクロイドもアイリスに向かって、真っすぐと見つめて来る。
「行って来る」
「……気をつけてね」
「ああ」
アイリスに軽く返事をしてから、クロイドもリアンの後を追いかけるように家から出て行った。二人がいなくなっただけで、室内は一気に静けさで満ちていく。
そんな中、静けさを最初に破ったのはリッカだった。
「あ、あの……。すみません、何が起きているんですか?」
それまで、クロイド達の様子が変わったことに対して事情を聞きたくても聞けなかったらしく、リッカは恐る恐る訊ねて来る。
アイリスは大丈夫だと伝えるように穏やかに口元を緩めてから説明することにした。
「さっき、魔法について話したわよね」
「はい」
「魔法を使う際には魔力と呼ばれる力が必要なんだけれど、魔法を使えば、外部から魔力を察知されやすいの。それに加えて、魔物という生き物も魔力を持っているのよ。魔力を持っている者は、別の魔力を持っている者の魔力反応を察知出来るの」
そう説明しつつも、アイリス自身は魔力無しであるため、魔力を察知することは出来ないのだが。
「つまり今、私達は魔力という力を自分の身で察知したため、その発生源はどこかを調べようとしているのです。……本当ならば、この島には魔力を持っている人も魔物もいないはずですからね」
アイリスの言葉の続きをイトが、リアン達が出て行った扉を見つめながら静かに呟く。
イトの言葉を聞いて、リッカ達も今、起きていることは普通ならば有り得ないことだと気付いたらしく、少しだけ顔を強張らせていた。
「クロイドさん達は大丈夫なのですか?」
「大丈夫よ。二人とも、荒事には慣れているもの」
「戦うことが出来る、ということですか?」
首を傾げながら訊ねて来るライカに対して、アイリスはそうだと告げるように頷き返す。
「きっと、外の様子を見たらすぐに戻ってきてくれるわ。大丈夫だから、安心して」
「……リアンが調子に乗らないといいんですけれどね。まあ、真面目なクロイドさんが一緒なら、その心配も余計なことかもしれないでしょうが」
短い溜息を吐いてから、イトは椅子へと座り直す。
「しかし、どちらにしても魔物討伐課と魔的審査課の団員を助っ人として呼んでおいた方がいいかもしれませんね」
イトは先程、台の上へと置いておいた、伝達用の紙製の魔具へと手を伸ばし、服のポケットに入れていた万年筆を取り出してから、文字を書き始める。
イトは几帳面な性格なのか、細かい字で鳥型の紙に端から端まで、びっしりと文字を書いていく。一番上に宛名として綴られている名前は「ジェイド・ランバルト」と記されていた。
「……魔物討伐課の副課長?」
「はい。……ああ、そうでしたね、アイリスさんもご存じの方でしたか」
アイリスは以前、魔物討伐課に属していたため、任務で関わった者や役割を持った者、実力がある者の名前は憶えていた。
「私達『雪』が二人だけのチームだからということもあるのですが、私とリアンのことをよく気にかけてくれる方なんです。副課長の彼なら顔が広いですし、この島へ一部隊くらいを派遣することは造作もないでしょう」
「……いいのかしら、そんな人に頼んでしまって」
「いいんですよ。今まで、任務の際には彼にたくさんの貸しを作ってきたので、それを返してもらうだけですから」
イトはそう言っているが、彼女の様子はどこか軽いもので、ジェイドと呼ばれる副課長とはそれなりに親しくしているのだろうと言うことが読み取れた。
以前は他人と仲良くしているところを見かけることが無かったイトだが、アイリスが課を異動してからは他の団員とも上手くやっているらしい。
人とは、本当に知らないうちに変わるものだとアイリスは心の中で穏やかに笑みを浮かべ、自分のことのように感じていた。




