非日常
リッカとライカの気持ちが落ち着いてから、アイリス達は今後のことについて話すことにした。
「まず、セプスさんについてだが……。彼からは色々と話を聞かないといけないな」
クロイドの瞳がすっと鋭く細められる。彼もセプスに対して色々と思うところがあるらしい。
「本当は対人専門の魔的審査課がやる仕事の範囲だけれど、今は仕方ないわね……」
「連絡を取ることは出来ますよ」
さらりとそう告げたのはイトだ。イトは荷物の中から、とある物を取り出して、台の上へと置いた。それは一枚の鳥型の紙だった。連絡を取る手段として魔物討伐課が最近、使い始めた伝達用の魔具だ。
「これを使って、教団に手紙を送ればいいんです。……そうですね、この島から教団までの距離を考えるならば、4時間くらいで着くと思います」
「4時間……」
自分達が教団からこの島まで移動してきた時間の約半分ほどの速さで届くらしい。
「魔的審査課がこの島に対人専門の団員を快く送ってくれるなら良いが……」
アイリスとクロイドにとって、魔的審査課で親しい知り合いと言えば、以前一緒に任務を遂行したエリックこと、エリクトール・ハワードと年中国内外を駆け回っている従兄妹のエリオス・ヴィオストルくらいだ。
しかし、エリックはまだ教団に入りたての新人であるため、人を遣わせるようなことは出来ないだろう。
エリオスにお願いすれば、彼のことなので飛んで来てくれそうだが、他の仕事を全て放棄してからこっちに来てしまう可能性がある。彼はかなりアイリスに甘く、そして最優先に考えてしまう節があるのだ。
「そこはご安心を。魔物討伐課に親しい上司がいますので、その方にまずお願いして、それから魔的審査課にこの島へ団員を派遣するように頼みます」
イトは力強く頷いているが、彼女がそのように言うくらいなので、魔物討伐課の知り合いに、顔が広い人がいるのかもしれない。
「魔的審査課が来るまで、セプスさんがどこかに逃げたりしないように見張っておかないといけないな」
「……だけど、他の島の人達に被害が出る可能性もあるから、それも事前に食い止めないと」
アイリス達が今後について、どうするかを話し合っている間、リッカは口を小さく開けて、瞳を瞬かせていた。
「……どうしたの、リッカ?」
「えっ? あっ……。い、いえ……。皆さんが、あまりにもするすると話を進めていらっしゃったので、少し驚いてしまって……」
「あー……。ごめん、ごめん。リッカ達にも分かりやすく話すよ。えっと、セプスさんが今、何かを密かに行っているだろう? だから、その件について、俺達が所属している組織から助っ人を呼んで、解決してもらおうかって話していたんだ」
リアンが申し訳なさそうに肩を小さく竦めながら、簡単に説明するとリッカは納得したのか、なるほどと頷き返した。
「私達は魔物を討伐するのには慣れていますが、人間相手だとやり方が変わってきますからね。なので、対人を専門とする人を呼んで、セプスさんから話を色々と聞こうかと思っているんです」
「もちろん、その間、俺達はずっとリッカとライカを守るつもりだから、安心して」
にこりと明るい表情でリアンが笑うとスウェン姉弟は安堵したのか、表情を少しだけ緩めてから小さく首を縦に動かした。
「それに俺達が、セプスさんが何かを行なっていると気付いたことも知られないようにしておかないとな。……魔的審査課が島に到着するまで、出来るだけ彼との接触を避けた方がいいだろうか」
「うーん。それだと、逆に怪しまれないかなぁ」
「ならば、私が彼の様子を見張っていても良いですよ。感情が表情に出にくいですし、陰ながら動くことは得意なので」
「……イトが言うと、どうしても暗殺に聞こえるのは何故だろうね」
リアンが小さく呟いた言葉を軽く無視してから、イトは話しの続きを始める。
「見張ることは構いませんが、やはり……注射器などの現物を入手出来た方が、魔的審査課が介入してくる際にはやりやすいと思います」
「そうね……。夜に診療所へ忍び込んでこっそりと……」
その辺りは自分達、魔具調査課が担当した方がいいだろう。
「……あの、僕達にも何かお手伝い出来ることってありますか?」
それまで、話を静かに聞いていたライカがぽつりと発言する。何か自分にも出来ることがないか、見つけたいのだろう。
その気遣いを持っているだけで、十分だというのにこの姉弟は決して、動かないままではいられないらしい。
「ライカ、これは君達にとっては非日常なんだ」
クロイドが穏やかに瞳を細めてから、ライカへと手を伸ばし、彼の頭を優しく撫でる。
「だから、二人にはいつも通りに過ごしていて欲しい。後は通常ではないことを専門にする俺達に任せて、君達二人にはそのままでいて欲しいんだ」
「あ、それと俺達が今、ここで話していることは誰にも話さないようにな。さもないと二人共、怖いところへと連れて行かれちゃうぞ~」
リアンが両手を少し前に出してから、からかうように指先を統一感なく動かすと、ライカは少しだけ後ろへと仰け反って、そして小さく苦笑してから頷いた。
「僕達の知らない世界を……皆さんは知っていて、そしてそこに立っているんですね」
「物語の中で動く人みたい……」
ライカの言葉に続くようにリッカも独り言のように呟く。
「……知っていても、必ずしも楽しいことが待っている世界ではないわ」
教団に属している者は、それぞれの考えや意思を持って、その身を置いているのだろう。ここに居る、アイリス達四人も同じように、だが別々の意思を持って、教団の団員として動いている。
「だから、あなた達には何も知らないままで、これからも日々を過ごして欲しいの」
スウェン姉弟にこれ以上、負の感情を植え付けさせないためにも、自分達はここで悪循環を断ち切らなければならない。
それ故に、神隠しの件や注射器の中身を知っているセプスに色々と訊ねなければならないのだ。
……でも、今回の神隠しの件がセプスさんによる仕業だと仮定して、エディクさんは……彼もまさか……。
アイリスが未だに見つかっていないエディクの行方について、考えを巡らせようとした時だ。
クロイド、リアン、イトが三人同時に顔を素早く上げて、椅子から立ち上がったのである。
魔力無しであるアイリスには感じ取れなかったが、魔力を持った彼ら三人が何かを感じ取ったことは表情を見れば明白だった。
一瞬で険しいものへと表情を変えて、敏感に察知できるように感覚を巡らせているのか、三人とも呼吸する音さえも止めて、眉を深く中央へと寄せていた。




