表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
462/782

半分こ

   

「それじゃあ、私達は……島の人全員が、セプス先生にとって……実験体だったということですか」


 少しずつリッカの表情が険しいものへと変わっていく。彼女がまとう空気が冷たいものを含み始めた。


「私達はあの人にとって、ただの実験の材料だったと……ということですか」


 掠れていく声に込められたのは、はっきりとした怒りだった。ふつりと湧き上がった感情が、リッカの瞳に反映されるように映る。


「酷い……。酷過ぎる……。あの人は……まるで悪魔だわ」


 恨めしいものを睨むように虚空を見つめながら、リッカが低い声でぼそりと呟く。


「それじゃあ、私達の両親もあの人が……。……許せない。……絶対に、許さない……!」


 もし、セプスがこの一年間で起きた神隠しに関わっているならば、一年程前に行方不明となったリッカ達の両親も何かしら巻き込まれたことによって、姿を消した可能性があるとの考えに至ったらしく、リッカは歯を強く噛みながら、涙を瞳に溜めていく。


「あの人が、私達のお父さんとお母さんを殺したというなら……」


「姉さん……」


 リッカの呟きに対して、ライカが心配するような表情で、膝の上に置かれているリッカの手に彼の手を重ねていた。


「次に会ったら、今度は私があの人を……」


「──姉さん!」


 ライカがリッカの肩を掴んで、強く訴えかけるように揺らした。


「姉さん、落ち着いて……」


「落ち着けるわけがないわ! だって、セプス先生が……あの人が私達からお父さんとお母さんを奪ったかもしれないのよ! あの人が、私達の……家族を殺したかもしれないのに……!」


 再び、荒ぶる様子へと変わったリッカをどのように収めるか、アイリス達が躊躇っているとライカが大きく息を吸い込んで、そして強く吐き出した。


「姉さんっ!!」


 ライカの大きな声がその場に響き、それまで怒りに満ちていた表情をしていたリッカは、一瞬たじろぎ、そして瞳を瞬かせた。

 リッカがライカの声に気を取られたことを確認してから、ライカは小さく微笑んだ。


「姉さん、あのね……。僕、ずっと姉さんに言えなかったことがあるんだ」


 そして、そのままライカはリッカの身体を細い腕で抱きしめる。


「……僕ね、姉さんの弟で、本当に良かったと思っているんだ」


 まだ、声変わりしていない幼い声色で、ライカは囁くようにそう告げる。


「姉さんはしっかり者で、優しくて、料理も上手くて、面倒見が良くて……。僕の自慢の姉なんだ。でも、たまに慌てて失敗しちゃったり、変に頑固なところがあったり……」


 ライカはふっと息を漏らすように笑ってから、顔をゆっくりと上げる。


「僕は、そんな姉さんが大好きなんだ。どんな姉さんでも、大好きなんだ」


「……」


「でもね、もう……頑張らなくて、いいんだよ」


 ライカは丸い瞳で真っすぐとリッカを見つめる。


「もう、無理をしなくて、いいんだよ。姉さんが……それ以上、悲しい気持ちにならなくて、いいんだよ。僕、そんな姉さんは見たくないから……」


 呟きつつ、今度はライカの瞳が薄く光ったように見えた。


「だからね……」


 ぽつり、と落ちた雫がライカの頬を伝って、リッカの膝の上へと落ちる。その儚さと眩しさは一瞬だった。


「今まで、僕を守ってくれて、ありがとう。僕が知らない時にいっぱい、いっぱい辛い気持ちになっていたんだよね? 僕の前で泣かないように、ずっとずっと、頑張っていたんだよね」


「っ……」


 涙を静かに流すライカを見て、リッカは声を引き攣らせて、そして顔を歪ませた。


「ごめん、ごめんなさい……。姉さんだけに、嫌な気持ち、いっぱいさせて、ごめんなさい……。姉さんの気持ち、知らなくて……ごめんなさい」


「違う……違うの、ライカっ……」


 リッカは抗うように声を出し、そしてライカの細い身体を受け止めるように抱きしめた。


「違うの。私が……あなたを守りたかったの。あなたには、純粋なままで居て欲しかったの。あなたには笑っていて欲しかったから……」


 だって、とリッカは言葉を続ける。


「だって、あなたは私の……たった一人の弟だものっ……! たった一人の家族だもの……! もう、私にはあなたしかいないんだもの……」


 再び、リッカは涙を零し始める。彼女の涙は頬を伝い、抱きしめているライカの頭へと零れ落ちていた。


「私が守りたかったの。私が、ライカを守りたかったの。だから、あなたが謝る必要なんてないの」


「でも、僕はそんなの嫌だっ」


 舌足らずの声で、ライカははっきりと拒絶を言葉にする。


「姉さんだけが苦しくて、僕だけ何も知らずに幸せでいるなんて、そんなの絶対に嫌だ。だって、僕達は姉弟なんでしょう? お互いにたった一人の家族なんでしょう? 家族なら、助け合うものだって、お父さんとお母さんが居なくなった時に、僕にそう言ってくれたのは、姉さんじゃないかっ!」


 訴えるようにライカは言葉を吐き続ける。ずっと、遠慮して言えなかったことをきっと、初めて告げるのだろう。

 誰しもがライカへと視線を向けて、姉弟の間で繰り返される心のやりとりを見守っていた。


「……だから、半分こしようよ。姉さんが全部、一人で持っていかないで。僕と半分こしよう」


 ライカはリッカの両手を自身の小さな手で包み込み、真っすぐと視線を交差させる。丸い瞳は逸らすことなく、リッカを見つめ続けていた。


「大丈夫だよ。だって、僕は強くて、優しくて、でも本当は弱虫な姉さんの弟だもの。だから、大丈夫。二人で辛いことも悲しいことも、全部半分こすれば、平気だよ」


「ライカ……」


「二人で、生きていくなら……。たった二人の家族なら、分け合って、生きていこうよ」


 ライカの言葉を受けて、リッカはどのように感じたのだろうか。たった二人となってしまった姉弟。もう、お互いしかいないのだ。

 自分にとっての近しい者がいなくなる寂しさも悲しさも、そして──不安も。その全てをアイリスは知っている。だからこそ、スウェン姉弟が抱く気持ちを察せずにはいられなかった。


「……うん」


 リッカはくしゃりと表情を歪める。彼女の中で生まれていた悲しみと恐れ、そして怒りといった負の感情はこの先も消えることはないだろう。

 それでも、その気持ちを半分理解してくれる者がすぐ傍にいるのだ。それを自覚することは、途轍もなく稀で、そしてかけがえのないものに違いない。


「二人で……。うん……。二人で、生きていこうね……」


 その先の言葉を続けられなくなったリッカはライカの肩口に額を押し付けつつ、力いっぱいに抱きしめ始める。


「ち、力が強いよ、姉さん……」


 もう、リッカの表情から、怒りは消えていた。全てを拭い去ったように、どこか晴々とした表情で彼女はライカを抱きしめ続ける。

 ライカも抱きしめられていることに照れているのか、少しだけ頬を赤らめていたが、小さく噴き出すように笑ってから、リッカの背中へと手を回して、抱きしめ返していた。


 ……とても強い子達だわ。強くて、優しくて、そして……。


 アイリスは心の中で、その一言を呟くのを止めた。スウェン姉弟を眩しくも羨ましいと思えたのは、きっと自分が彼らと同じようにもがいていた頃、その時に一番欲しかったものが彼らのすぐ傍にあると気付いたからだろう。


 ……自分の気持ちを理解してくれる人がすぐ傍にいるのは、どれほど心強いことかしら。


 理解者を見つけることは、きっと難しいことなのだろう。そして、理解した上で気持ちを分け合い、共有出来る者はもっと少ないのかもしれない。


 アイリスを含めた四人は穏やかに目を細めて、大切なものを確かめ合うように抱き合っているリッカとライカを自身の弟妹を見守るような優しい表情で見つめ続けた。

   

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ