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影響

  

 暫くの間、アイリスの胸の中で泣き続けたリッカだったが、溜めていた涙と言葉を吐き出して、すっきりしたようで、顔を上げた時には気恥ずかしそうに頬を赤らめていた。


「すみません、小さい子どもみたいに……」


「ううん、誰にだって、泣きたい時はあるもの。ずっと我慢している方が辛いでしょう?」


「……はい」


 照れたように返事をするリッカはいつもと同じ、少し年下の普通の女の子の表情へと戻っていた。

 アイリスだけではなく、クロイド達もリッカの様子に安堵しているようで、その場には先程と比べて和やかな空気が流れ始める。


「それでは、話の続きを始めましょう」


「魔物だと思われる獣の件については、一度置いておいて……。セプスさんが持っていた注射器によって人から獣へと姿を変える件や今、起きている神隠しについて何か気付いた点があるなら、話して欲しい」


 クロイドの言葉にリッカは軽く頷きつつ、少し思案するような表情をする。


「……思えば、セプス先生が一年前にこの島の医者として勤め始めてから、神隠しは多発していきました」


「え……」


「一年前まではクリキさんという方が島の医者を勤めていまして。……あれ? でも、一年程前に、急にご家族と一緒に姿を見なくなりましたね」


 島に住んでいるリッカでさえ、クリキ・カールとその家族が行方不明となった時期をはっきりと把握していなかったらしい。

 恐らく、それほど彼らの失踪は突然で、そしてセプスが島の新しい医者となったことで流れるように忘れてしまったのだろう。


「……セプスさんは、クリキさん一家は神隠しに遭ったと言っていたが、もしかすると彼が一枚噛んでいたのかもしれないな」


 クロイドは渋いものを食べたような顔で吐き捨てるように呟く。


「……医者としての立場を手に入れるために、クリキさんとそのご家族を神隠しに遭わせたということですか」


 声を震わせながらリッカが尋ねてくるが、その真実を知る者は誰一人としていないため、答えることが出来なかった。それでも、その可能性が高いということは、察せられたのだろう。


「クリキさんは医者として、凄く良い方でしたがまさか、そんな……」


「あくまで可能性です。……ですが、私達が所属している組織宛に、数か月に一度の頻度でクリキさんからの連絡を受けていたのに、急に音沙汰がなくなったので、彼らに何かがあったことは確実でしょう」


 補足するようにイトは、彼女が持っていた情報をリッカ達へと伝える。クリキ・カールは教団出身者だ。島人達はクリキ・カールが外部と連絡を取っていたことは誰も知らないだろう。


「……クリキさんが医者を勤めている時は、島の人達に栄養剤を打つことなんて、一度もありませんでした。でも、一年程前にセプス先生が医者としてやって来てから、突然『栄養剤』を島の人達に打ち始めたんです」


「初めから、島の人達全員に打っていたの?」


「いえ、最初はそれほど多い人数ではありませんでした。セプス先生の往診を受けた人が、診察の判断によって注射を打たれていたようです」


 でも、と言葉を途中まで呟き、リッカは自分の身体を温めるように両腕で抱き始める。


「あの注射を身体に打たれて、私達ももう数か月経つんです……」


 少し青ざめた表情で、リッカは静かに呟いた。


「身体には今のところ、悪い影響などは出ていません。でも、往診に使われていた注射器の中身が、人を獣に変えるものと同じだったならば……私達もいずれ、その影響は出ると思うんです」


「リッカ……」


「人によって、薬の影響を受ける個人差があるのかもしれません。私とライカにはまだ、影響が出ていないだけで、もしかすると……いつか、あの獣のようになってしまうのかも……」


 呟く声は少しずつ力ないものへと掠れていき、最後は言葉にはなっていなかった。彼女はセプスによって打たれた注射の影響がいつかその身に出るのではないかと日々、恐れているのだ。


 ……もし、セプスさんによって、人を獣へと変える薬が島の人達に打たれているのならば、医療に関して専門ではない私達では手の施しようが無いわ。


 その場合はやはり、教団本部へとリッカとライカを連れて行くしかない。むしろ、教団から調査隊を送ってもらい、島人達の身体を詳しく調べてもらった方がいいだろう。


 ……出来るだけ、急がないと。


 島人達の身体にこれ以上影響が出る前に何とか食い止めたかった。


 しかし、暗い表情をしていたリッカはすぐに顔を上げてから、思い出したことを少し唸るような表情で呟く。


「……そういえば、神隠しに遭う人はいつも、前日くらいに具合が悪くなる人が多かったように思えます」


「具合が悪くなった後に、行方不明になるのか?」


「はい。具合が悪くなったほとんどの人が診療所で薬を処方してもらって、家に帰るらしいのですが、いつの間にか自宅からいなくなっているそうです。……私達の両親も確か、行方不明になる前に具合が悪くなっていました」


 両親が行方不明になった当時のことを思い出したのか、リッカの表情に少しだけ翳りが見えた。だが、翳りがある表情は一瞬だけで、すぐに何でもなさそうな表情へと戻していた。


「……何だか奇妙な話ですね」


「自分の足で、家を出て行ったのかな?」


「わざわざセプスさんが自宅へと赴いて、他の家族がいる目の前で本人を攫うのは少し難しい気がするが……」


 どのようにして行方不明になったのか、具体的な内容は予測がつかないままだが、それでもアイリスが気になるのはやはり、行方不明者が前日に診療所へと訪れたことだ。


 ……具合が悪くなることが、神隠しに遭う前兆だとして、セプスさんはその前兆を確認していたのかしら。


 症状を確認して、そしてセプスは何かしらの手を相手に施したのかもしれない。


 ……全て、憶測でしかない。確証を得るにはやはり、あの注射器の中身を調べるしかないわね。


 奇跡狩りではないため、完全に盗人の行為だと分かっているが、診療所へと忍び込み、セプスが持っていた注射器を盗んでから、中身に何が入っているのかを詳しく調べるべきだろう。


 アイリスが表情に出さないまま、思案していると、リッカが憂いたような瞳でぽつりと言葉を吐き出した。


「セプス先生は一体何のために、あのようなことをしているのでしょうか……。私にはただ、恐ろしいことをしているようにしか、思えなくって……」


「……セプスさんは最初、私達には森の奥に生息している幻覚を見せる植物を研究していると言っていたわ。彼の話が本当かどうかは分からないけれど」


 今となっては、セプスが話していた全てが嘘のように思えてきてしまう。彼は一体、いつから偽り続けているのだろうか。


「……なぁ、セプスさんは注射器で人を獣へと変えた時、失敗だって、言っていたんだろう?」


 リアンがふっと思い出したように、ぼそりと呟く。


「失敗、ということは、何かの成功を求めているということじゃないかな」


「……人を獣へと変えることは、何かの実験による失敗だということですかね」


 リアンの意見に賛成するようにイトも頷きながら答える。


「実験……。人を使っての実験を行っているということ?」


「……もし、それが事実なら、人体実験はこの国の表と裏の法律によって禁止されていることだぞ」


 クロイドも信じられないと言わんばかりに顔を顰めながら、低く唸る。


 イグノラント王国では人体を使った実験は一般的な法律と、教団向けの法律の中で禁止とされていた。 一般的な法律において、新しい治療法や薬を作る場合には、安全性がしっかりと確認されてからでなければ、臨床試験は行われないようになっている。


 また、教団側が禁止としている理由としては、人体を実験体にして魔法を行うことは数百年前から禁止されており、そのような類の魔法は禁忌とされていた。

 その中にはもちろん、不老不死や魂に関する魔法が入っている。恐らく、禁忌となる魔法を多用することで、更なる混沌を生みだし、大きな力を個人で持つことを抑えるためだろうと想像出来た。

    


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