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荒げる叫び


「セプスさん……?」


 アイリスはリッカが言った言葉を復唱するように問いかける。彼女はその通りだと言わんばかりに大きく頷いた。


「私があの夜に見たのはセプス先生でした。島の人に注射器を打って、そして……獣へと変えていたんです。……嘘じゃありません。私ははっきりとこの目で見ました。彼が持っていた注射器の中に入っていた薬は人を獣にするものだったんです」


 リッカが力強い口調で吐き出すと、話を聞いていたリアンが少し慌てたように口を挟んでくる。


「え、ちょっと待ってくれ。だって、あの先生は……」


 確認のためにリアンはアイリス達へとちらりと視線を向けて来た。セプスに聞かされた話をリッカ達に明かしてもいいだろうかという確認なのだろう。

 アイリスは了承するように頷くと、リアンは話の続きを始めた。


「セプスさんはリッカ達に栄養剤と言ってあの注射器を打っていたけれど、彼曰く、注射器の中身は精神安定剤だと言っていたんだって」


「……精神安定剤?」


 訝しげる様な表情でリッカはリアンの言葉に対して、首を傾げた。


「えっと、森の奥には幻覚を見せる植物が生息しているらしいんだ。セプスさんは島の人達がその植物によって幻覚症状を起こさないように往診と称して、精神安定剤を打って回っていたらしいんだよ」


 だから、とリアンが言葉を続けようとした時だ。


「──それじゃあ、私が見たものは全て幻だったとでも言うんですか!」


 リッカにしては珍しく、荒々しい声を上げて反論したため、驚いたリアンは身体を少し後ろへと仰け反らせていた。

 隣に座っているライカも驚いた表情のままで固まってしまっている。普段のリッカはあまり声を荒げることなどないのかもしれない。


「あの、おぞましく恐ろしい姿をしたものが、幻だったと!? 人が、獣になっていくあの光景が……。セプス先生が笑って、獣に食べられていくものを見ながら蔑んでいたあの表情と声が、全て幻だったと言いたいんですか! それなら私が……私がおかしいんですか!? 私が全部、おかしいんですかっ……!」


「──姉さん!」


 リッカの隣に座っていたライカが、叫び出したリッカの身体を包み込むように抱きしめる。


「落ち着いて、姉さん。……大丈夫だよ、皆さんが姉さんの言葉を信じていないわけじゃないよ。だから、落ち着いて。……僕も、ちゃんと姉さんの言葉を信じているから」


「ライカ……」


 穏やかな言葉でライカに諭されたリッカははっとしたように我に返り、自分が叫んでしまっていたことを自覚し、そして少しだけ顔を俯かせた。


「……すみません、つい声を荒げてしまって……」


 すぐに謝るリッカに対して、リアンは手を横に振りつつ、首を振った。


「ううん。……でも、別にリッカが話してくれたことを疑っているわけじゃないよ。それだけは信じて欲しい」


「……はい」


 リッカは申し訳なさそうに表情を少し顰めたまま、詫びを入れるように頭を下げる。


「それでは、リッカがセプスさんの往診の際に、注射を受けることを拒絶していたのは……注射器の中に人が獣になる薬が入っていると思ったからですか?」


 イトが静かな声で訊ねるとリッカはこくりと頷いた。


「あの夜の光景を見てから、私はセプス先生から逃げるようになりました。もしかすると、自分達も獣にされてしまうのかもしれないと思うと怖くて……」


 リッカのセプスに対するあからさまな拒絶反応は身を守るためだったらしい。


 ……それじゃあ、セプスさんが嘘を言っているということ?


 彼は注射器の中身は精神安定剤だと言っていた。もちろん、リッカが夜に見た光景で使われた注射器と中身が同一かと言われれば、それを知っているのは本人だけだろう。


「セプス先生が言っていた通り、あの獣は……やはり、神様だったのでしょうか」


 小さく呟くリッカの言葉に対して、素早く反論したのは意外にもクロイドだった。


「いや、違うと思う」


「え?」


 彼の瞳は真っすぐと細められており、だが少しだけ戸惑っているようにも見えた。


「なあ、そろそろこの状況が普通ではないことに気付いているんじゃないか?」


 クロイドはそう言って、アイリスとイト、リアンを見渡していく。彼の一言はアイリス達に向けて告げられた言葉だったようだ。


「島内で起きている現状況は……リッカ達にとっては非日常で、そして……俺達にとっては通常だ」


「……」


「彼女達が巻き込まれた以上、黙ったままで話を進めるのは無理だろう」


 クロイドはリッカ達にこちら側である裏の世界のことを話そうと言っているのだ。それは魔法や魔物、そして教団のことを二人に話すべきだと問うているのだろう。


「……ですが、彼らに話した場合、魔的審査課による記憶の消去が行われる可能性がありますよ」


 イトも内心ではクロイドに賛成したいが、リッカ達に魔法や魔物に関することを知られたままでいられると教団側として不都合になる場合があるため、魔的審査課による記憶の消去が行われるかもしれないと言っているのだ。


「確かに記憶を消去、または封じられることで、その身に何か弊害が出ないとは限らないだろう」


 だから、とクロイドは言葉を続ける。


「知られなければいい」


 クロイドは少しだけ胸を張って、はっきりと言い放つ。その一言に対して、イトは彼女にしては珍しく、ぽっかりと口を大きく開けた。


「隠れて逃げるのは魔具調査課の得意技だ。……なあ、アイリス」


「え、ええ……」


 クロイドに振られて思わず、言葉を返してしまったが、彼はリッカ達に話したことを魔的審査課に知られないように隠せばいいと言っているのだ。


「……驚きました。クロイドさんは真面目な方だと思っていたので、そのような非行……いえ、不正を肯定するとは……」


「まあ、時と場合によるけどな」


 クロイドは苦いものを噛んだような顔でイトへと答える。クロイドは本来ならば、真面目で清廉な人柄だ。

 だが、不正に手を付けていると分かっていても、魔的審査課にリッカ達を渡すようなことはしたくないのだろう。


「そういうことなら、俺達も協力するよ。なっ、イト」


「ええ。ここだけの秘密にしておきます」


 リアンとイトはクロイドの提案に賛成のようだ。クロイドはふっとアイリスの方へと視線を向けて来たため、アイリスも同じ考えだと伝えるように頷き返した。


 アイリスとて、リッカ達をこれ以上危険な目に晒したくはない。だからこそ、知っておいて欲しいことを伝えて、その上で彼らをどのように守れるのかを伝えたかった。


 ……だけどもし、リッカが見たものが神様ではなく、ただの魔物だったならば──それでも彼女は殺して欲しいと願うのかしら。


 その一言を胸の奥へと飲み込むように、アイリスは一度、喉を鳴らした。

   

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