いつも通り
そろそろ夕方へと差しかかる時間となり、まだ部屋から出て来ないリッカに代わって、外から戻ってきていたクロイドが夕食の準備を始めていた。
リアンとイトも倒れたリッカのことを心配していたようだが、現状況で起きている神隠しについて調べるために、昼過ぎから出て行ったきりである。
……何故かしら。何となく胸騒ぎがする。
先程から、何か気分が落ち着かないのだ。もちろん、リッカ達のことと、神隠しが起きていることも原因に含められると思うが、それ以外の理由もあるような気がしてならなかった。
恐らく先程、家へと訪問したセプスの言葉が何となく気にかかっているからかもしれない。
……「僕なら、君達を助けてあげられるから」って一体、どういう意味で言ったのかしら。
幻覚症状を抑える薬を彼は島人達に打っていると言っていたが、それにしては何とも気に障るような言い方に聞こえていたからだ。
アイリスが顔を顰めていると隣に立っているクロイドが作業を進める手を止めて、小声で話しかけて来る。
「……大丈夫か、アイリス」
「あ……」
クロイドが夕食を作るので、簡単な手伝いを申し出たのは良いが、心は別のことに向いていると気付かれてしまったようだ。
心配そうに顔を覗き込んでくるクロイドの黒い瞳と視線を交えたアイリスははっとしたように我に返ると、慌てて小さく頷き返した。
「ええ」
そう答えつつも、アイリスの視線はゆっくりと背後へと向けられる。まだ、リッカ達は部屋から出て来ない。随分と時間が経っているが、ライカと話し込んでいるようだ。
「……なぁ、アイリス。リッカが見たと言っている神様と、セプスさんが言っている幻覚による神様……。俺としてはこの二つの話が共通の神様を指しているとは思えないんだ」
夕食を作る手を再開しつつ、クロイドはアイリスだけに聞こえる声量でそっと話してくる。
「リッカが幻覚を見た可能性はないかしら」
もちろん、リッカの言葉も信じているが、その可能性も捨てきれずにいた。
「だが、リッカは神様を見たとは言っても、信じることを否定している。……セプスさんの話による神様は精神の安定を求めて、見えるものだろう。リッカの場合は逆だ」
「そうね。……彼女には恐怖しか与えられていないわ」
リッカとセプスの話を疑っているわけではない。ただ、あまりにも共通性が見られず、双方が語るものを同じ「神様」として、まとめていいのか迷ってしまう。
そこへ、外へと出ていたリアンとイトが戻ってきた。
「ただいまー」
「今、帰りました」
二人とも、少し疲れたような表情で家の中へと入って来る。アイリスはすぐにカップを用意して、水を注いでから二人へと手渡した。
「お疲れ様。……何か分かったことはあった?」
アイリスから受け取った水を二人は同時に身体の中へと流し込み、そしてひと呼吸してから肩を竦める。
「うーん……。今朝、行方不明になった人達は結局、見つからなかったんだ。……島の人達も一度に、大人数の行方不明者が出たのは初めてだから、混乱しているようだったよ」
「中には今日中に島の人全員が神様に連れ去れられるのでは、と歓喜している人もいました」
「それは……何とも言葉がかけづらい状況ね……」
神様に連れ去られることに対して、現状を歓喜している者は余程、信じる心が深い人なのだろう。だが、多くの人が一度に行方不明になるなど、奇妙にしか思えなかった。
「それに診療所の方も更に人が増えているようだったよ」
「私達も道に倒れている人を見かけたんで、また診療所へと運んできたんです。……セプスさんも島の人のほとんどが同じ症状を訴えているって言っていました」
「看病を手伝うって言ったけれど、断られちゃったんだよねぇ。一人でも大丈夫だからって」
仕方ないと言うように、リアンは肩を竦める。
大人数の患者で診療所内がごった返しているならば、人の手は借りたくなるのではと思ったが、セプスにはセプスのやり方があるのだろうとあまり気に留めなかった。
……さっき、セプスさんがスウェン家を訪れた時は、島の人達の症状は落ち着いたと言っていたけれど、あれからも新しい患者が増え続けているのかしら。
止まることなく、患者が増え続けるなんて、もはや流行り病のようにも感じられて、アイリスは他の三人に気付かれないように小さく身震いした。
リッカ達は大丈夫だと言っていたが、本当に体調は大丈夫だろうか。そして、外部から来た人間ではあるとは言え、自分達にも何かしら影響はあるだろうかとつい悪いことを考えてしまう。
「だが、こうも一度に具合が悪い人達が続出するなんて、ちょっとおかしいよな。ただの熱中症じゃない気もするし」
「何かの流行り病でしょうか……」
「俺達も気を付けないとな」
リアンとイトは飲み干した水をもう一杯飲むべく、今度は自らカップに水を注いでいく。かなり喉が渇いていたらしい。
何だか、奇妙とも思える状況にアイリスが小さく唸っていた時だった。
リッカ達が入っている部屋の扉がそっと開いたのだ。その場に居た四人は一斉に背後を振り返り、誰が扉を開けたのかを確認する。
そこにはリッカが少し白い顔で立っていた。
「リッカ……」
「もう、大丈夫なのか?」
アイリス達が気遣うように声量を抑えながら声をかけると彼女は薄く笑い返した。
「はい、大丈夫です。……先程は急に取り乱してしまい、すみませんでした」
「いや、それは……」
リッカの言葉に対して、どのように返事をすればいいのか四人は口籠ってしまう。彼女が倒れた原因となることを会話していたのは自分達であるため、それを気にしているのだ。
「もう、平気です。大分、落ち着きましたから」
「本当か?」
「ええ。……それで、ゆっくりと自分で考え直して、やっと決心しました」
リッカは部屋から廊下へと出て、アイリス達の前へと静かに移動してくる。
その後ろからは何故か青ざめた表情のライカがいた。どうして、彼はそのような顔をしているのだろうかと、話しかけるよりも前にリッカによって言葉の続きが零される。
「皆さんに、お話があるんです」
「……私達に?」
「はい。……私が、ずっと秘密にしてきたことを全てお話します」
「っ……」
息を引き攣ったのは、一体誰だっただろうか。誰しもが驚いているはずだ。リッカが自ら全てを話すと言ったのだから。
「どうして、急に……」
「神隠しが多発しているからです。もう、時間はないでしょう。皆さんにも危険が及ぶ前に、話しておきたいのです」
リッカの表情は真剣そのものだった。何かを強く決意し、そして心に決めたのだ。
「ライカにはすでに話しました。その上で、この子も一緒に島の外に出ることを決めてくれました」
ちらりとライカの方へと視線を向けると彼の表情は少し青ざめてはいるが、それでもしっかりと正気を保っているようだ。恐らく先程、部屋に戻ってから、姉弟二人で何かを話し合ったのだろう。
静かな空気がその場に流れていく。リッカは呆然とした様子になってしまっているアイリス達をぐるりと見渡してから、そして、にこりと自然な笑みを浮かべた。
「ですが、まずは夕食からにしましょう。そのあと、入浴してから、ゆっくりとお茶を飲みながら皆さんにお話したいんです」
和やかに、穏やかに、彼女は微笑みながら提案してくる。一瞬、リッカの笑顔にたじろいでいたアイリス達だったが、すぐに頷き返した。
「分かったわ」
他の三人もアイリスと同じように頷き返す。
「では、夕食の準備を交代して頂いてもいいですか」
「……一人で準備するつもりなのか?」
それまで率先して夕食を作っていたクロイドが少し首を傾げながらリッカに訊ねる。
「はい。……今日は、私が最後まで作りたいんです」
「……」
クロイドはリッカの申し出を受けるつもりなのか、小さく頷いてから手を洗い、そして前掛けで手を拭いてから場所を譲った。
「ありがとうございます。……ライカは入浴用のお湯を竈で沸かして来てくれる?」
「……うん」
元気がないまま、ライカは小さく頷き、家から出て行った。一人で任せて大丈夫だろうかとリッカに視線を送ると彼女は小さく笑って首を横に振る。
「最後まで、いつも通りでいたいんです。いつも通りの私達で……」
そう告げる言葉に何も惜しむものがないように感じられたのは何故だろうか。例えるなら、全てを出し切って清々しくいるように思えたのだ。
「……それじゃあ、俺達は何をすればいいかな」
空気を変えるように、リアンが明るい声でリッカに問いかける。
「リッカとライカだけにやってもらうのは気が引けるし。あ、お客だからって、ゆっくりしているのは無しだよ?」
「……ふふっ。では……私とライカの傍に居て下さい」
「え?」
「傍で、見守って下さるだけでいいんです」
細められたリッカの瞳にはどのような感情が含まれているのだろうか、見ただけでは分からないが、それでも温かさを感じていた。
「それだけで、十分ですから」
リッカが浮かべているのは覚ったような表情なのに、有無を言わせないものがそこには確かに含まれていた。
アイリス達四人はお互いに顔を見合わせて、それからリッカに答えるように頷き返す。
それを見て、リッカはもう一度微笑んだ。その笑みは何のしがらみもないもので、ただ心の底から安堵しているように見えた。
本日をもって、なろうデビューと「真紅の破壊者と黒の咎人」連載二周年に到達致しました。
今日まで書き続けることが出来たのも、いつも読んで下さっている皆さまのおかげです。
いつも読んで下さり、ありがとうございます。
二周年を記念しまして、ささやかな企画をご用意しましたので、もし気になる方がいらっしゃれば、活動報告の方に記載されていますので、ご覧くださいませ。
これからも慢心することなく、書き続けていきたいと思います。
読んで下さり、ありがとうございました。




