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再訪

 

 リッカの様子は心配だが、それでも気になっていることが他にもあった。

 昨日まで居たはずの島人が突如、行方不明になったことも調べたいと思っているが、それと同時に一連の出来事に奇妙さも感じていたからだ。


 ……もし、セプスさんが昨日言っていた、「幻覚症状」が島の人達に出ているとして、研究している彼ならその症状を見極められると思うのだけれど……。


 だが、セプスは島人達を幻覚症状から守りたくて医者をやっているわけではないとはっきり言い切った。それは彼にとって島人達でさえ、研究の対象になりえるということではないだろうか。


 それならば今、まさに彼にとっての研究が行われているはずだ。彼は精神安定剤を使い、島人達が幻覚症状を起こすことを抑えていた。

 しかし、それにも関わらず、「神隠し」は起きてしまった。


 ……何が、起き始めたの。


 多くの島人が同じように倒れ、そして人知れず行方不明となる。異常とも言える事態が頻発して起きているというのに、心で感じている奇妙さに気分が悪くなり、吐きそうだった。


 今、スウェン家にはアイリス一人だ。部屋の中には眠っているリッカにライカが付き添っているが、それ以外の者は島の様子を見て来ると言って、出払ってしまっている。

 アイリスは一人で椅子に座り、ただ静かに息を吐きながら、頭を抱えていた。


 ……原因がはっきりと分からない。島内で何かが起こり始めているというのに、何も……。


 情報をもう一度、整理しようと頭を上げた時だった。

 スウェン家の扉が数回叩かれる音が室内に響き、数秒後、その扉は外側からゆっくりと開かれる。


 外に出払っているクロイド達が帰ってきたのだろうかと、腰を浮かせたが視界に入って来た人物を見て、アイリスは動きを止めた。


 扉の向こう側にいたのは、白衣を着て、眼鏡をかけている医者──セプスだったからだ。

 どうして彼が、と問うよりも先に動いたのはセプスの口だった。


「やあ、突然の訪問、失礼するよ」


「……どのようなご用でしょうか、セプスさん」


 にこりと医者らしい笑みを浮かべるセプスに対して、アイリスは動揺を見せまいと少しだけ表情を困ったようなものへと変えてから対応することにした。


「今、島の人達が同じ症状を起こして、診療所へと担ぎ込まれているのは知っているかい?」


「ええ。皆さん、熱中症ですか? 昨日の日中は随分と暑かったですからね」


「うーん、僕としては症状を見る限り、熱中症ではないと思っているけれどね」


 セプスの言葉にアイリスは眉を少しだけ中央へと寄せる。やはり、島人達が次々と倒れている事態はただの熱中症ではないらしい。


「……診療所内にはまだ患者さんがいると思いますが、よく抜け出せましたね」


 嫌味を言うつもりはないが、言葉としては嫌味のようになってしまったのは、突然の訪問を静かに咎めるためだ。

 今、この場にはアイリスとスウェン姉弟しかいない。セプスが何か行動を起こしに来たとして、自分一人で対応出来るのか、心許なく感じられた。


「ああ、平気だよ。島の人達の症状が大分、落ち着いたからね。今は倒れた人達の家族が付き添ってくれているよ。……だから、他の島の人達にも同じ症状が出ていないか、緊急で往診に来たんだ」


「そうでしたか。……ですが、リッカもライカも倒れた島の人と同じように具合が悪くなったりしていないようなので、大丈夫ですよ」


「今、二人はいないのかい? 出来るなら、様子を見ておきたいんだが」


「それは……」


 確かにリッカとライカも部屋の中にはいるが、出来るならわざわざ二人を呼び出して、セプスに会わせたくはなかった。


 セプスにどのように答えようかと迷っている時だった。アイリスの背後に続く、部屋の扉がゆっくりと開けられたのだ。


「っ……」


 アイリスが思わず振り返ると、そこに立っていたのはライカだった。ライカはきょとんとした表情で、アイリスとセプスを交互に見ている。


「ライカ……っ」


 部屋に戻って欲しいというアイリスの意思を汲み取ってくれるわけもなく、ライカは首を傾げながら、セプスに向かって挨拶をするように軽く頭を下げる。


「やあ、ライカ。往診に来たんだ。君のお姉さんはいるかな?」


 セプスはにこやかな笑みを浮かべて、何も知らないライカへと訊ねる。ライカは不思議そうな表情をしたまま、少しだけ後ろを振り返った。

 ライカの背後にいた一人の少女の姿を見て、アイリスは息が一瞬だけ止まりそうになってしまう。


「……先生」


 どこか虚ろに見えていたリッカの瞳はセプスの姿を映すと一瞬にして、青ざめた表情へと移り変わっていた。まるで、何かに怯えるように彼女の身体は震えているようにも見える。


「今、具合が悪い人が島のほとんどの人達に見受けられてね。念のために君達の往診に来たんだ」


「ひ……必要ありません」


 リッカは弱々しかった表情から挑むような表情を作り、すぐにライカを庇うように一歩前へと出る。


「私達はどこも悪くないですし、健康そのものなので、お気遣いは無用です」


 先日、セプスと対峙していた際と同じ口調でリッカははっきりと拒絶の言葉を告げる。


「だが、この前見た時よりも表情が疲れているように見える。……大丈夫、少し様子を見るだけだ。こちらにおいで」


 セプスは笑みを崩さないまま、手招きしている。それでもリッカは首を縦に振ることも、足を一歩前に出す事もしないまま、セプスを見据えていた。


「君達にもそろそろ薬が必要な頃なんだ。……でなければ、更に苦しんでしまうことになるよ?」


「いりません」


 迷うことなく言い放つリッカに対して、セプスは困ったように肩を竦めた。


「強情だね。……まあ、君のそういうところは嫌いじゃないが」


「……」


 アイリスは二人でやり取りされる間に入るべきか、機会を見ていたがリッカがそれを良しとはしなかった。


 リッカ一人でセプスを追い返そうとする気迫は凄まじく、彼女の後ろで様子を窺っているライカは驚いているのか、目を丸くしていた。ライカが傍にいる際には、セプスに対してこのような態度を取ったことがないのかもしれない。


「ふむ……。仕方ないから、今日も帰るとするよ。でも……」


 セプスはこちらに背を向けようとしていたが、すぐに足を止めて顔だけリッカの方へと振り返る。


「もし、苦しくなったならば、僕のところに是非来ると良い。僕なら、君達を助けてあげられるからね」


 それだけを言い残し、セプスは扉の向こうへと出て行った。その場に残された三人は扉を見つめつつも、一難が去ったような空気へと戻ったことに安堵していた。


「姉さん……」


 ライカが心配そうな表情でリッカを見上げるが、リッカは気疲れした表情で軽く微笑むとライカの頭を優しく撫でた。


「大丈夫、あなたは何も心配いらないわ」


「でも……」


 ライカがそれ以上、言葉を続けるよりも前にリッカはライカをすっと抱きしめる。


「大丈夫……。あなたは、あなただけは……私が守るから」


「姉さん……?」


 ライカは首を傾げながら、自分を抱きしめるリッカに戸惑いの声を向ける。


 ふと、アイリスはリッカと視線が重なった。彼女の瞳は凪のように静かな海を彷彿とさせたのに、それでも瞳の奥には小さな光が灯っているのがはっきりと見えた。


「……ライカ、あのね」


 リッカはライカを抱きしめていた腕を解いて、彼の視線に合わせて、中腰となった。


「あなたに……大事な話があるの」


「大事な話?」


「ええ、とても大事な話。聞いてくれるかしら」


 取り乱していた先程よりも様子は落ち着いて見えるが、リッカの瞳は爛々と光っているようにアイリスの目には映っていた。


「うん、分かった」


「……良い子ね」


 リッカはもう一度、ライカの頭を撫でてから、真っすぐと立ち上がると、今度はアイリスの方へと振り返った。


「すみません、アイリスさん。ライカと奥の部屋で話してくるので、留守番を頼んでもいいでしょうか」


「……ええ、分かったわ」


「ありがとうございます」


 リッカはアイリスに軽く頭を下げてから、奥の部屋へと向かうべく、ライカの背中を優しく押しながら、その場を立ち去った。

 部屋の扉が閉められ、姉弟の間で交わされる声は全く聞こえないものとなる。


 ……ライカに何を話すつもりなのかしら。


 待つだけでは、もう間に合わない気がしてならなかったのに、それでも待つことしか出来ないのだ。アイリスは唇を小さく噛みながら、リッカ達が入った部屋の扉を見つめるしかなかった。

   

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