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叫び狂う

 

 翌日の昼過ぎ、聞き込みの続きをするために外へ出ていたリアンとイトによって、その話はスウェン家へと持ち込まれた。


 アイリスとクロイドはもう一度、森の中に位置する土壌が掘り返された開けた場所を見に行こうとしていた矢先のことだった。


 先に外に出ていたリアン達二人は少し息を荒げながら家へと戻ってきたのである。

 しかし、彼らから告げられた言葉は全く想像していなかったものであったため、アイリスはつい聞き返してしまった。


「え?」


「だから、神隠しが起きたんだって」


 少し真っ青な表情のまま、リアンが捲くし立てるようにそう言い放つ。アイリスは彼の言葉の意味が理解出来ずに固まってしまっていた。


「リアン、要点をちゃんと押さえてから話して下さい。それでは伝わりませんよ。……今、外へと聞き込みに出ていたのですが、島の人達が少し慌ただしそうに行き来していたので、何があったのか訊ねてみたんです」


 イトは額に浮かんだ汗を右腕の袖で軽く拭いながら、言葉を続ける。リアンは説明することをイトに任せたのか、口を閉ざしていた。


「島の人達いわく、昨日まで居たはずの島の人達が朝から行方不明になっているらしく、あまりにも突然だったため、神隠しが起きたのではないか、と……」


「え、ちょっと待って。……島の人が突然、行方不明になったのは分かったけれど、一人ではないということ?」


 今、イトは「島の人達」とはっきりと言っていた。まさかと思ってアイリスが聞き返すと、イトはその通りだと言わんばかりに頷き返す。


「十人程の、島の人達の行方が分からないようです」


「十人っ?」


 想像以上に多い人数にアイリスは思わず声を引き攣らせてしまう。


 今、この場にリッカとライカは居ない。彼らは家の裏の井戸で、収穫した野菜を井戸水で洗っているはずだ。

 二人には後からこの話をした方がいいだろうとリアンとイトも分かっているらしく、二人が家へと戻って来ないか注意深く、外を見ているようだ。


「この十人、昨日からあまり具合が良くなかったようですね。……昨日、熱中症で倒れたと思われる、ヨキさん達も含まれています」


「そんな……」


 アイリスはどのような言葉を続ければいいのか、分からなかった。


 前日までは何事もなく暮らしていた島人達が誰かに、何も言わないまま突然姿を消すなど、本当に有り得ることなのかと思ったからだ。

 しかも、その人数は一人や二人ではなく、十人だと言うのだから、驚かないわけがない。


 それでも、ただ島人達の姿が見えないだけで、まだ神隠しと断定するのは早いのではないだろうか。だが何故、具合が悪かった者達の姿が急に見えなくなったのか、その理由が分からない。


 ……本当に今、神隠しが起きているとしたら……。


 自分はどうすれば、いいのだろうか。背筋に冷たいものが流れていき、身体が小さく震えてしまう。


 多くの島の人達がいなくなった。

 突然、消えた。

 「神隠し」が起きている。


 言葉は理解しているのに、頭の中で処理出来ずにいた。


「とりあえず、俺達は神隠しに遭った人達が森の中に入ったりしていないか、捜してくるよ」


「遠くに行くつもりはないですが、十分に気を付けて見回りしてきます」


「え、ええ……」


 リアンとイトにも、昨日セプスから聞かされた森の中に生息している植物が幻覚を起こす成分を持っていることを話していた。


 幻覚症状により、精神が不安定になることから心の安定を求めて、神が住まう森へと自ら足を運んでしまうことを神隠しと呼んでいる、という話は伝えておいたため、森の中に島人が入った可能性を考慮して捜しに行くつもりなのだろう。


 その時だった。リアン達の真後ろから、激しい音が響いたのだ。

 重いものが落下して、破損したような音に驚いた四人は、スウェン家の入口である扉へと視線を向ける。


 そこに立っていたのはリッカだった。呆然とした表情のまま、突っ立っており、彼女が手に持っていたはずの、木桶は足元へと落下して、壊れていた。


 木桶の中に入っていた、洗ったばかりの野菜はそこら中に転がっており、地面に落とされた衝撃で形が歪んでいるものもあった。


「リッカ……」


「あ……ぁ……」


 呆然としていたリッカの表情は少しずつ、歪み始める。

 それは今まで見た中で、最も恐怖に怯えて、そして──今にも壊れてしまいそうだった。


「嫌ぁっ……。いや……。いやぁぁぁっ!」


 突然、狂ったように拒絶の言葉を叫び出したリッカは自分の頭を抱えるようにしながら、その場に崩れ落ちる。


「リッカ!」


 アイリスはすぐさま、リッカに手を伸ばそうとするが、彼女はそれを右手で大きく振り払うように拒否した。


「いやぁっ……。来る、来るんだ……。次はきっと、私が……ライカが……あぁっ!!」


 発狂したように叫び始めるリッカは涙を流さないまま、「何か」に怯えながら声を震わせる。アイリスどころか、他の三人もどうすればいいのか分からないでいるようだ。


「嫌だ……嫌だっ……。ライカ……ライカまで、取られちゃう……私の、大事な……」


「──姉さん!?」


 その時、リッカと同じく井戸で作業をしていたライカがこちらの様子に気付いたらしく、目を剥いてから、リッカへと駆け寄ってきた。


「姉さん、どうしたの?」


「ライカ……。ライカ、あなたまで……あぁっ……うぁ……」


 自分へと駆け寄ってきたライカの足元に縋るようにしながら、リッカは自らへと彼を抱き寄せる。


「絶対に……渡さない……。ライカだけは……。私が、守る、って……」


「姉さんっ。ねえ、大丈夫? 姉さんっ!」


 姉が常とは違う状態だと気付いたライカは、身体にしがみ付くリッカの肩を激しく揺らしながら、状態を訊ねる。それでも普段と同じ穏やかなリッカに戻ることはなかった。


「渡さない……神様には……。渡すくらいなら……私が神様を……」


「え?」


 リッカは最後にそう呟くと、糸が切れたように意識を失い、ライカへとしがみ付いていた手を離して、地面の上へとゆっくり倒れていった。


「リッカ!」


 アイリスはすかさず、地面とリッカの間に腕を伸ばし、倒れていくリッカの身体を受け止める。

 腕の中へと受け止められたリッカの瞳は閉じられており、その目元には薄っすらと涙が浮かんでいた。気絶しているのか、アイリスが軽く揺すっても彼女の目が覚めることはない。


「姉さんは一体どうしたんですか? 大丈夫なんですか?」


 ライカは戸惑う表情のまま、目を瞑っているリッカを心配そうに眺める。彼からしてみればどうしてリッカが突然、発狂したように叫んでいたのか、その理由が分からないのだろう。


 だが、アイリスには分かっていた。リッカはアイリス達が話していたことを聞いてしまったのだ。島人が十人程、突然姿を消した──「神隠し」のことを。


「……」


 ライカの純粋そのものと言える瞳で見つめられたアイリスは何と答えればいいのか分からず、口籠ってしまった。

   


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