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吐けないもの

  

 夕食を食べ終えて、入浴したあとはそれぞれの時間を過ごしていたアイリス達だったが、それでもどこかしら、重たい空気が流れていたのは、思うようにエディクに関する真実に近づけていないからだろう。


 それでもライカは重たい空気には気付かないまま、リアンとクロイドを誘って、二人が借りている部屋で遊んでいるようだ。

 笑い声が聞こえるが、どんな遊びをしているのか、調理場がある場所からでは分からない。


 一方でイトは今、一人で入浴中だ。


 そのため、アイリスは相談に乗って欲しいと話しかけて来たリッカの話を聞くことにした。二人で向かい合うように席に座って、お茶を飲みつつ、交わされる言葉は穏やかなものばかりだ。


 リッカの相談とは、今後の身の振り方をちゃんと考えるべく、将来のことを踏まえた計画を立てたいため、島の外のことを詳しく教えて欲しいということだった。


「それじゃあ、ロディアートの学校は今、無償で通うことが出来るんですね」


「ええ、ロディアートに在住しているイグノラント国籍の子どもなら、無償になっているの」


 アイリスは島の外に出たいと相談してきたリッカに対して、ロディアートがどのような街なのかを説明しつつ、学校に通うならば、数か月前から無償教育となったセントリア学園を勧めるべく話していた。


「あとは住む場所を探して……。そして、働き口も探さないと」


 リッカは真剣な表情をしながら、頭の中で何かをまとめているのか、静かに独り言を呟いていた。

 本当に、彼女は自分よりも年下なのだろうか。そう思える程に、しっかりしており、そして――どこか、危うくも感じていた。


「……ねえ、リッカ」


「はい、何でしょうか」


 アイリスが名前を呼ぶとリッカは考える素振りを止めて、ぱっと顔を上げる。


「どうして、島を出たいと思うようになったの?」


「……」


 それまで、穏やかだったリッカの表情は一瞬で強張ったものへと変わる。

 本当はエディクに関することを聞きたかったが、それよりもリッカ自身の話を受け止めた方が彼女を深く知ることが出来ると思ったからだ。


 黙ったままのリッカに対して、アイリスは優しく微笑んで見せる。


「あなたが、ライカにさえ秘密にしていることがあるのは、何となく察しているの。でも、どうしても一人で抱え込み過ぎているように思えて……」


「……」


「突然、転がり込んだ他人の私を信じて欲しいとは言わないけれど、それでも……誰かに話して、気が楽になることもあるでしょう?」


 リッカの性格は周囲に覚られないように全てを一人で抱え込み、そして辛いことを人知れず隠して笑みだけを浮かべる、そんな性格に思えて仕方がないのだ。


「……アイリスさんのことも、他の皆さんのことも、姉や兄のように思っています。一緒に居て、凄く楽しいですし、他人だけれど頼りたいと思えるくらいに信頼はしています」


「リッカ……」


「でも──」


 リッカは表情を歪ませた。

 泣いてはいないのに、彼女は歪んだまま、そして笑ったのだ。


「この恐怖を理解出来るはずがありません」


「え?」


「私が味わった恐怖は、誰かが理解出来るようなものではないんです」


「リッカ、何を……」


 リッカは歪んだ表情のままで笑みを浮かべ続ける。壊れてなどいないのに、それでも、そうすること以外を忘れてしまったように思えて、アイリスは固まっていた。


「私は……この島に関する全てが恐ろしくて堪らないんです。迷える森も、神様も神隠しも──島の人も。だから、私はここから逃げたいんです。ライカを連れて、ここではないどこかへ行きたいんです。早く、早く逃げなければ、きっと……」


 そこで、リッカは言葉を飲み込んだ。飲み込んでも苦しいだけだと分かっているはずなのに、それでも彼女は抱え込み続けるのだ。

 いつか、彼女が抱いたものが誘爆していかないか、アイリスはそれだけが心配だった。


「それなら、神隠しが……神様がこの島からいなくなれば、あなたは幸せになれるの?」


 アイリスが静かに訊ねると、リッカは自嘲するように小さく笑った。


「ええ、そうですね。でも……きっと無理ですよ」


「何故?」


「それじゃあ、一つだけ言います。……神様を殺して欲しいと言ったら、殺して下さいますか?」


「えっ?」


「以前、私は神様を信じていないと申し上げましたが……『神様』、本当にいるんですよ。でも、島の人が想像するような神聖なものではありません」


 さらりと告げられる言葉にアイリスは息が止まりそうになる。


「ちょ、ちょっと待って……。神様がいるって……あなたは神様を見たと言うの!?」


 リッカによる突然の発言に驚いたアイリスは思わず、大きい声を上げそうになったが、ライカに聞かれてはまずいと思い、何とか声を抑えた。


 先日、リッカから聞いた話では、彼女はこの島の神様を以前は信仰していたが、今は信じていないと言っていた。

 だが、神様を信じていないが、神様は存在しているというどこか矛盾が生まれるような言葉にアイリスは動揺を隠せずにいた。


「見ました。はっきりとこの目で。……あれは恐ろしいという言葉でしか表現出来なくなる姿をしていました。あんなもの、今まで見たことはありません……。人の力なんて、到底及ばないような姿だったんですよ」


 半ば、自暴自棄になっているようにリッカは吐き捨てる。

 きっと、それまで彼女が一人で抱えて来たものの中の一つを今、打ち明けてくれているのだろうが、アイリスは言葉を理解するのに時間がかかっていた。


 ……神様は本当にいるの? それなら、昼間にセプスさんが言っていたことは……。


 どれが真実で、誰の言葉を信じればいいのか。

 だが、その答えは自分の目の前にあった。リッカが、泣きそうな顔をしている。それだけで信じるべき言葉がどちらなのか、気付いていた。


「あの神様を殺すことなんて、絶対に出来ません。誰にも……。だから、私は逃げたいんです。ライカを……たった一人になった家族を守るために」


「……」


 気迫のこもった表情でリッカは言い放つ。

 普段の彼女を見ている側としては、これほど荒々しい言葉を使い、そして顰めた表情でいる姿を見たことがなかったので、何と言葉をかければいいのか分からなくなっていた。


 アイリスがリッカにかける言葉を思い悩んでいると、リッカははっと我に返ったように、気まずげな表情へと変えてから、すぐに椅子から立ち上がった。


「……すみません、八つ当たりのような言い方をしてしまいました。少し、頭を冷やしてきます」


「え……。いや、でも……」


「そんなに遠くへ行かないので大丈夫です。家の外で、空気を吸い直してくるだけですから」


 早口にそう言い置いてから、リッカはアイリスに背を向けて、扉から飛び出すように出て行った。横顔が見えた時、彼女の表情は再び泣きそうな程に歪まれていた。

 

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