小さな背中
島人達にエディクの布を見せて、動揺するか反応を見て回ったが、誰も関わっていないのか、激しい動揺を見せる人物は一人としていなかった。
そのことに少し肩を落としつつも、やはり島人がエディクに関わっていないことに安堵してしまう自分もいて、甘いことを心に浮かべたアイリスは小さく首を振って考えを打ち消していた。
もうすぐ昼間近となる時間だったため、アイリス達は聞き込みを一時的に切り上げてから、スウェン家へと戻ることにした。
「あ、二人ともお帰りなさいませ」
スウェン家の扉を開けてみれば、調理場でリッカが昼食の準備を始めていた。
「お外、暑かったですよね。今、飲み物を用意しますね」
リッカは料理に使うための食材を切る手を止めてから、カップを二つ用意し始める。
「ただいま、リッカ」
「あの三人はまだ戻って来ていないようだな」
スウェン家の入口の扉を閉めてから、アイリス達はリッカから受け取った水の入ったカップを手に取って、あおるように水を飲み干す。
程よい冷たさが喉から身体全体へと染み込んでいき、火照っていた身体をゆっくりと冷やしていく。
「ええ、まだ帰って来ていないですね。もしかすると、ライカのわがままに付き合って、どこかで遊んで下さっているのかもしれませんね」
「ふふっ……。リアンなら快く承諾しそうね」
空になったカップを片付けるため、アイリスが洗い場に近づくと、昼食を作っているリッカの手元がよく見えたため、何気なく観察することにした。
リッカは野菜をかなり細目に、そして長く切っている。そのような料理を見た事がないアイリスは思い切って料理名を訊ねることにした。
「……何を作っているの?」
「あ、これですか?」
リッカは小さく笑いつつも、野菜を切る手を止めることはない。
「野菜を細く切ったものを麺に見立てるんです。それに少し調味料を混ぜてから味付けをして、食べるんですよ。今日は気温が暑いので、さっぱりしたものが喜ばれるかなぁと思って」
「……なるほど、そういう料理もあるんだな」
いつの間にかアイリスの背後からクロイドがリッカの手元を覗き込んでいた。彼としてはかなり興味深い料理方法らしく、感心するように頷いている。
「夏の野菜は生で食べられるものが多いですからね。でも、今回は一度、湯通ししてから、野菜を柔らかくして、そして水で冷やしたいと思います」
リッカの凄いところは、手際の良さはもちろんだが、やはり料理を美味しく食べて貰いたいという気遣いが細かい作業に込められているところだろう。
手間がかかるから、凄いというわけではない。ただ、リッカは料理を作ることを何よりも楽しんでおり、そして食べてもらえることに喜びを感じているようだった。
……今、リッカに昨日の話の続きを訊ねるのは無粋だわ。
せっかく、楽しく料理をしているリッカの気分を悪いものにしたくはないため、アイリスは言葉を押さえ込んでから、笑みを浮かべた。
「手伝うわ。お皿を並べておけばいいかしら」
「ありがとうございます。それじゃあ、そこの棚にあるお皿を……」
リッカがそう言いかけた時、スウェン家の入口の扉が開かれ、汗をかいたリアン達が流れ込むように入って来た。
「はぁ~……。外は暑いなぁ。家の中の方が涼しい……」
「ただいま、戻りました」
リアンに続いてイトとライカも家の中へと入って来る。三人はアイリス達以上に暑そうな様子だが、何かあったのだろうか。
アイリスは別のカップを三人分用意して、水を入れてからリアン達へと手渡した。リアン達も喉が渇いていたらしく、アイリスから水が入ったカップを受け取ると、一気に身体の中へと流し込んでいた。
「おかえりなさい、ライカ」
「姉さん、ただいまー! あのね、聞いてよ! リアンさんとイトさんってば、凄いんだよ!」
「あら、何かあったの?」
ライカが少し興奮したように両腕を上下に振りながら、言葉を捲くし立てる。
「さっきね、道を歩いていたらヨキさんが倒れていたんだ」
「まぁ……。ヨキさん、具合が悪かったの?」
「うん、そうみたい。それと、近くにいたシュンリさんも倒れていて……」
「二人とも、熱中症かしら。今日は随分と暑いから……」
リッカは少しだけ眉を寄せつつも、昼食の準備を進めていく。
「多分、そうじゃないかな。それで、どうしようかと思っていたらね、リアンさん達が背中に抱えて二人を診療所まで運んで行ったんだよ! ヨキさん達、リアンさん達よりも身体が大きいのに! 軽々と!」
リアン達が想像以上に力があることに驚いたらしく、ライカは鼻を鳴らしながら言葉を続ける。
「凄いよね! ひょいっと持ち上げたんだよ!」
「え、ええ……。そうね、凄いわね」
ライカの口調に押されているのか、リッカは少し戸惑うような表情で答えていた。
「二人とも、無事だといいわね」
「うん。……でも、今日は診療所にたくさん人がいたよ。やっぱり皆、この暑さにやられているんじゃないかなぁ」
「……そう」
リッカは小さく息を吐いてから、そして、ぱっと顔を上げる。
「それじゃあ、熱中症にならないように冷たくて美味しい昼食を準備しておくから、その間に軽く汗でも流していらっしゃい」
「あ、それならリアンさんも行こうよー! 水浴び! 浴室で水浴びしよう!」
「ははっ。仕方ないなぁ~」
誘われたリアンは満更でもなさそうな表情で、ライカに腕を引っ張られていく。
その途中でリアンはクロイドに手を伸ばしかけていたが、クロイドはすかさずリアンの手を軽く叩き落として、伸ばされた腕から逃げていた。
「ライカ、着替えの服はちゃんと持っていくのよ」
「はーい!」
ライカは元気よく返事をしつつ、リアンとともに部屋から立ち去って行った。
「他の皆さんも、暑かったら汗を流して来て下さって、構いませんので。井戸水は冷たくて気持ち良いですよ」
「ええ、そうさせてもらいます」
そう答えたのはイトだ。表情は涼しげに見えるが、やはり人を抱えたまま診療所が建っている緩い坂を登るのは大変だったに違いない。
ちらりと視線をイトと交えると、彼女は小さく首を振った。どうやらイト達による聞き込みも上手くはいかなかったようだ。
……進展はないまま、次は何を捜し続ければいいのかしら。
弱音を吐いてはいられないと分かっているのに、それでも焦らずにはいられない。
エディクはただ単に行方不明になっただけだとは思えないため、何かしら、誰かしらが関わっていることは、残されていた証拠を見れば明らかだ。
アイリスはすっと視線をリッカへと向ける。料理の下ごしらえをしているリッカの背中は真っすぐなのに、それでも誰かに寄りかかられるにはあまりにも小さく見えた。




