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研究

 

「……」


 無理に作られた沈黙が、重くのしかかっては流れていく。だが、アイリスはセプスの言葉と反応を試すように黙ったままでいた。待ち続けて、ゆっくりと返って来たのは深い溜息だった。


「……まさか、そのことまで知っているとは意外でした」


 何かを取り繕うことを諦めたような言葉を一つ零してから、セプスは顏を上げる。


「あなたの言う通り、僕は前任の医者であるクリキさんを知っています。そして、彼が行方不明になった後に、代わりに入るようにここの医者になりました」


 思っていたよりも、セプスの反応は穏やかだった。しかし、そこに流れるのは穏やかさよりも奇妙と思える空気の方が濃く感じられ、アイリスは気を緩めることなく、話の続きに耳を傾ける。


「確かに、僕がこの島で医者をやっていることには理由があります。前任のクリキさんが行方不明に……まあ、この島の言葉で言い換えるならば『神隠し』に遭った時は、失礼だと思われるかもしれませんが僕にとっては都合が良かったんです」


「……」


 セプスは鼻にかけている眼鏡を少し上へと上げてから、小さく息を吐く。そして、全ての感情を瞳に込めるように彼は目を細めた。


「僕は神隠しの正体を知っているんですよ」


「っ!?」


 セプスの発言に大きく動揺した表情を浮かべそうになったアイリスは何とか感情を押さえ込む。彼の言葉は耳を疑うようなものだったからだ。

 クロイドも自分と同じように動揺しかけたらしく、少しだけ身体が前のめりになっていた。


「はっきり言って、この島で信仰されている神は……最初から存在していないのです」


「……どういう意味かお聞きしても?」


 クロイドが低い声色で、相手を刺激しないように注意しながら訊ねる。


「僕は、医者は医者ですが、学者でもあるんです。……この島でとあることを調べるために、医者としてやっているんです。その方が島の人達からは警戒されにくいですからね。ああ、でもちゃんと医師免許も持っているのでその辺りはご心配なく」


「……それで、あなたはこの島で、一体何を調べているんですか」


「……言っても、君達が信じてくれるとは限りませんが、それでも聞きますか?」


 試すような物言いに、アイリスはすかさず首を縦に振っていた。セプスはどこか諦めたように小さく溜息を吐いて、そして視線を少しだけ俯かせる。


「この島で神隠しが頻繁に起こる理由は──森に原因があるんです」


「森に?」


「ええ。まだ、僕の研究は途中なので、結論を述べることは出来ませんが……。森の深い場所にはとある植物が生息しているんです」


 セプスはどこか気まずげに右頬を指先でかきながら、言葉を続ける。彼はずっとそのことを誰にも話さないまま、一人で抱えて来たのかもしれない。


「その植物の成分を僕なりに調べたところ、幻覚作用があることが発覚しました。植物が出す胞子を人間の身体に取り入れることで、幻覚を見てしまう症状が起きるんです」


「……」


 アイリスは医療に関しては詳しくはないが、植物にも様々な種類が存在していることは知っている。

 それに教団では薬草と魔法を使った魔法薬も出回っているため、その類の植物と同じような分類のものだろうと頭の中で察していた。


「幻覚症状としては、そうですね……。あまり、はっきりと言ってしまったら、島の人達に失礼ですが……。──神様が見える、なんてこともあるらしいです」


 眼鏡の縁を少し指先で上げながらセプスは小さく呟く。彼としても、島で深く信仰されている「神様」を根っから否定するのは気が引けるのだろう。


「だから、神隠しは蒸発でも、何でもないんです。幻覚症状が起こることで精神の不安定に陥り、人は心の安定を求めて、『神様』にすがり、誘われるように森の中へと足を踏み入れ……そして──いつの間にか、森の中から出られなくなってしまうんですよ」


 細められた瞳にアイリス達は動けずにいた。セプスの言っている言葉は確かに理解出来るのに、それでも予想していなかった単語を飲み込めずにいたからだ。


「だからこそ、植物が生息している森の中には足を踏み入れないで欲しかったんです。……君達にも、その危険が及ぶ可能性がありましたからね」


 もし、セプスの言っていることが本当ならば、森の中を歩き回った自分達はかなり危うい場所まで立ち入ったのではないだろうかと、思わず背筋に冷たいものが流れた気がした。


 セプスが調べている植物の胞子を身体の中へと取り入れてしまう危険があったのだから、身の毛がよだたないわけがない。


「そして、僕が島の人達に投与している薬ですが……。あれは栄養剤ではなく、実は精神安定剤なんです」


「精神安定剤? どうしてそんなものを……」


 森の中に入らなければ、幻覚症状を見る可能性は低いのではないかとアイリスが首を傾げると、セプスは小さく首を横に振り返した。


「……時折、島の人達の中には幻覚症状を起こす人がいるからです。森の中に入っていなくても、生息している植物の胞子が風で飛んできて、無意識に身体に入ってしまうことがたまにあるんですよ」


 セプスは往診用の鞄の中から、一本の注射器を取り出す。それをアイリス達に見せながら、話の続きを始めた。


「僕はこれ以上、行方不明となる人達が出ないように往診と称して、精神安定剤を打つことにしました。この薬を打つことで、幻覚症状を抑えこもうと思ったのです。……島の人達のためと言えば、聞こえはいいかもしれませんが、結局は僕自身の研究のためでもありますからね。きっと、誰に話しても納得は出来ない話ですよ」


 でも、とセプスは言葉を続ける。その表情はどこか曇って見えていた。


「……僕がこのように精神安定剤をこっそりと打つことは、本当は無駄なことなんじゃないかとたまに思うんです。島の人達は純粋に心から『神様』を信仰している人が多いですから。だから、幻覚症状によって、神様を見ることが出来るなら……むしろ、それこそ本人達にとっては本望なのではと考えたりするんです」


「……」


 苦悶とも言うべきセプスの表情に対して、アイリスとクロイドは何と答えればいいのか分からなかった。


 確かにセプスのやっている行為は島人達の個人的な意思に反しているように思われるだろう。

 それでも彼は島人達が幻覚症状を起こして神隠し、いや自ら行方不明になる者を何とか抑えようと模索していることが見て取れる。


 だからこそ、セプスの行動は何が良い行為で、何を批判するべきなのか、それを告げる言葉をはっきりと述べられないでいた。

    

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