言葉の囮
翌日、朝食を食べ終えてからアイリス達はエディクに関する情報を更に収集するべく、二組に分かれて、集落の家々を訊ねることにした。
だが、ここで一つの問題が起きてしまう。何と、ライカがアイリス達にぴったりとくっ付いて来て、離れようとはしないのだ。
リッカが何度咎めても、ライカは付いていく、の一点張りで聞き分けようとはしなかった。
リッカ曰く、ライカはアイリス達が二日も居なかったことを大変寂しく思っており、また置いてけぼりされると思っているのでは、とこっそり教えてくれた。
それならば、自分達と一緒に島を回るかと提案してくれたのはリアンだ。
アイリス達はセプス・アヴァールに話を聞かなくてはいけないので、リアンが気を利かせてライカによる目を逸らす役を買ってくれたらしい。
イトも仕方ないと思いつつも、了承してくれたので、二人がライカと行動してくれるようだ。
ライカの方も一緒に居られるならば、どこでも良いと思っているらしく、陽気な表情でリアン達と一緒に家を出発していた。
そのおかげもあってか、アイリスとクロイドの二人は静かに、そして順調に聞き込みを進めることが出来ていた。
「……思っているよりも、島の人達の中で動揺が見られる人はいなかったわね」
「そうだな。エディクさんの布を見ても、どの人も大きな反応は示さなかったし……」
島人達にエディクが身に着けていた魔除けの模様が描かれた布を見せても、見たことがあると答えてくれる人は多くいたものの、こちらが待っているような反応を示す人はいなかった。
動揺を隠すことが上手い人もいるだろうか、どの島人も素の反応を見せているような手応えばかりだ。
「セプスさんには色々と訊ねなければならないことがあるから、より慎重にいかないとな」
「ええ。……行きましょう」
アイリスは一つ深呼吸してから、セプスが勤める診療所の扉を軽く叩く。
叩いてから数秒後に返事が返って来たため、扉を開くと椅子の上に座っていたセプスが顔を上げて、それから首を傾げた。
「おや、お二人さん。おはようございます」
「おはようございます、セプスさん」
セプスは特に不審がるような様子を示さないまま、診療所の中に入るように促してくる。
「どうしましたか。どこか具合でも?」
「いえ、そういうわけではなく。……セプスさんにまた、お話がありまして」
「僕に? 何でしょうか? ああ、どうぞその長椅子に腰かけて下さい」
こちらを探るような視線ではないはずなのに、眼鏡の下から見えた瞳はゆっくりと細められていく。アイリスは思わず、ごくりと唾を飲み込んでいた。何故、自分は緊張しているのだろうか。
まるで蛇に睨まれている小動物のような気分に陥ってしまう。
「それで、僕に話って何でしょうか」
気さくな声でセプスは口元を緩めて、言葉をかけてくる。その声にはっと我に返ったアイリスはここへ訪れた目的を思い出し、一枚の布を荷物の中から取り出した。
「セプスさん、この布に見覚えはありませんか」
「ん?」
アイリスがセプスの目の前でエディクが持っていた布を広げて見せると、彼は数度目を瞬かせていた。
「おや、これは……。確か、エディクさんが頭に被っていた頭巾だね?」
反応は至って普通だ。表情に大きな変化は見られない。
「でも、この頭巾、一体どこで……」
訝しげにセプスは首を少し捻りながら、言葉を零す。この時、どう答えれば彼が動揺を見せるのか、アイリスは気付いていた。
「森の中で拾ったんです」
「え?」
「森の中で、拾いました」
「……」
アイリスの予想通り、セプスは目を大きく開いて、凝視してくる。だが、この反応は拾ったことに対する驚きではないと分かっている。彼が反応したのはアイリスが発した、森という場所に対してだ。
「森に……入ったのか。まさか、迷える森に……」
だが、驚きの表情を隠すように、セプスの表情はすぐに険しいものとなる。
「先日、君達には忠告したはずだ。迷える森には入らないようにと──」
「私達はエディクさんを捜しにこの島を訪れました。彼の行方を捜すには、迷える森と呼ばれている場所へ入る必要があったのです」
「だが……」
「森の中を捜しまわりましたが、エディクさんの持ち物らしきものを見つけただけで、本人を見つけたわけではありません。……彼の行方は未だ掴めていないのです」
何か、言葉を続けようとしたらしいがセプスはそこで言葉を濁す。顔は険しいままで、言葉を選んでいるのか、黙ったままだ。
「ですが、今日お訪ねしたのは、エディクさんの事だけを話しに来たのではありません」
問題はこの先の質問だ。慎重に言葉を選ばなければ、何かが起きてしまうとアイリスもクロイドも分かっていた。セプスに気付かれないように何度か深呼吸をしてから、アイリスは言葉を発した。
「──クリキ・カールという人物をご存じですか」
「……」
一瞬だけ、セプスの眉が動いた。この反応の仕方は彼がクリキ・カールという人物を知っている証拠だろう。やはり、セプスがこの診療所で医者をしている理由には何か秘密が隠されているらしい。
「この方は以前、オスクリダ島の……この診療所で医者として勤めていた方でした。しかし、一年程前に彼の家族と共に行方不明となっています」
どのように反応を返してくるのか、クロイドはじっとセプスを見つめているようだ。アイリスはそのまま話を続けていく。
「クリキさんは、とある組織からこの島へと遣わされた医者でした。一年前まで、その組織との繋がりは確かにあったのに、最近は全く連絡がなかったことから奇妙に思われていたんです」
組織という言葉に隠した教団側が、クリキ・カールが行方不明になっていることを知らなかったと事実は伝えなかった。
だが、教団がクリキ・カールと繋がりが取れていないことを認識しているという言葉は、誘導するための囮だ。
セプスによる言葉を待つために、アイリスは慎重に切り札を並べるように言葉を選んで行く。
「そして、一年程前からあなたがこの島の医者になったそうですね。……でも、組織側にあなたが医者になったという情報は渡って来ていない。それにも関わらず、セプスさんはいつの間にかこの島の医者として勤めていた──」
一度、言葉を切ってから呼吸を整える。訊ねるこの先に待っている言葉は、一体どのような真実が隠されているのか。
セプスのことを訊ねるのはエディクとは関係ないかもしれないが、必ずしも絶対とは言い切れない。
「それだけではなく、クリキさんが駐在していた一年前には島の人達に栄養剤は投与されていなかったらしいです」
訊ねるのが怖いかと聞かれれば、少しだけ怖く感じていた。だが、感情を覚られないように無表情でいることを努めつつ、アイリスは聞きたかったことを問いただすように訊ねる。
「セプスさん。あなたは……どのような目的があって、この島で医者をしているのですか」
一度、聞いてしまえば、後戻りは出来ないと分かっている。もし、セプスが逆上するような行動を取る素振りを見せるならば、反撃に出る覚悟さえ出来ていた。




