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帰宅

 

「このまま集落に戻っても時間は夕方になるからな。聞き込みするのは明日に回した方がいいだろう」


 そう言いつつクロイドは立ち上がり、干している布と服の乾き具合を見に行ったようだ。そろそろこの場所を出発しなければ、明るい時間に森を抜けることが出来なくなってしまう。


「あ、エディクさんについての話はリッカとライカにも聞いた方がいいかな?」


 ふと思い浮かんだらしく、立ち上がる中腰のままリアンは訊ねて来る。


「あの二人がこの件に関わっていることはまず、ないでしょうね」


 すかさず言葉を返したのはイトだ。地面に座っていたため、彼女は服に付着した土を手で払い落しながら立ち上がる。


「そうね、ここに来た初日にリッカにエディクさんのことを訊ねてみたけれど、彼が行方不明になっていることさえ、知らなかったようだし」


 イトに同意しつつ、アイリスも服を叩きながら立ち上がった。


「ライカに関してはまだ子どもですし、エディクさんに干渉している可能性は低いでしょうね。……まあ、子どもだからと言って全ての子どもが油断する分類には入りませんが」


 会話しつつも、ここを出立するための準備を各々で整え始める。荷物を整理しながらも、アイリスは森の中を調査した結果を頭の中でまとめ始めた。


 ……結局、森の中で見つけられたのは、素性が分からない巨石とエディクさんが身に着けていたものくらいね。


 それでも、何も手掛かりがない状態から見つけられたので、成果は上々と言ってもいいだろう。あとはこれらを用いて、エディクの身に何が起きたか、そして彼は今どこにいるのかを調べなければならない。


 荷物を背負い、それぞれの準備が整ったことを確認してから、アイリス達はその場を出発した。


 土壌がむき出しになっているこの開けた場所で何かが起きたはずだ。それを知るためには、この場所とエディクに関わった者を見つけ出さなければならない。


 人を疑うことはあまり得意ではないが、出来るだけ相手に怪しまれないように話を聞きだすしかないだろう。


 ……そういえば、エディクさんと一番関わっていたのは診療所のセプスさんだわ。


 セプス・アヴァールには色々と聞かなければならないことがあるため、詳しい話を聞くのは明日に回すつもりだ。

 このまま、森を抜けたとしても集落に着くのは夕方過ぎてしまう。相手に失礼がないように時間には考慮するべきだ。


 草が茂った中をかき分けながらアイリスはセプスに対して、どのように訊ねるか頭の中で考えつつ歩いていた。




・・・・・・・・・・・・・・




 集落に戻って来たのは日がすっかり落ちた時間帯だった。昨日、森へと入った場所とは全く別の出口に出てしまったが、少し道を歩けば集落に繋がる道へと繋がっていた。


 何となく見かけた道だと思っていたが、どうやら診療所の近くの場所が森の出口になっていたようだ。

 少し視線を丘の上へと見上げると白い壁の診療所が夕暮れの中に佇んでいたが、窓から灯りは零れていないため、診療所はすでに閉まっているようだった。


 あとは知っている道を辿って、スウェン家に向かえばいいだけだ。


 スウェン家に向かう道中、森の中から出て来たアイリス達の姿を島人の誰かに見られないか不安だったが、日が落ちていることもあり、島人達は家へと帰っているようだ。

 そのことに安堵しつつも、アイリスは晴れない心のままで足を進めていく。


「お腹空いたなぁ」


「我慢して下さい。それにあと少しでスウェン家ですよ」


 先を歩くリアンとイトも声にあまり覇気がないようだ。やはりこの2日間でかなりの距離を歩き回ったので、身体が疲れているのだろう。


「……アイリス、大丈夫か?」


「平気よ」


 隣を歩いていたクロイドが少しだけ顔を窺うようにしながら訊ねてきたため、アイリスはすぐに笑みを作ってから言葉を返す。


「……無理は良くないぞ」


 そう言って、クロイドはアイリスが肩に掛けていた荷物を一つ、片手でひょいっと奪い取るように持って行った。


「あ……」


 あまりにも自然な流れだったため、アイリスは何か言葉を告げる機会を逃してしまう。


「だ、駄目よ……。皆、それぞれ自分の荷物をちゃんと持っているのに」


「すぐそこまでだ」


 そう言って、クロイドはアイリスが抱えていた荷物を抱え直して、さっさと前に進んでいってしまう。


「……もう」


 クロイドの優しさに対してお礼さえも言えないまま、あっという間に丘の上に佇んでいるスウェン家へと到着してしまい、家の扉の前に辿り着いてから荷物は無言で返された。


「……ありがとう、クロイド」


「いや、気にするな」


 ふとした時に見せるクロイドの優しさにはもちろん感謝しているが、同時に申し訳なさも感じてしまうため、アイリスは少しだけ肩を竦めつつ、小さく笑みを零していた。


「昨日の朝に出発したのに、随分と昔にこの家を出た感覚がするなぁ」


「リッカはともかく、ライカには黙って出てきてしまったので、機嫌を損ねていないといいのですが……」


 前方を歩いていた二人がそのように会話していた時だ。スウェン家の入口である扉がいきなり大きく開け放たれたのである。


「──あっ! やっと帰って来たーっ!」


 そう言って、家の中から飛び出して来たのはライカだ。ライカはそのまま駆け抜けて来ると、扉の前にいたリアンの胸に突撃するように突っ込んできたのである。


「うおっ……」


 リアンはライカを受け止めたが、荷物の重さによって重心が後ろへと傾き、そのまま後ろへと尻餅をついた。


「もうっ、皆さん酷いですよ! 僕に黙って……どこかに行っちゃうなんて!」


 ライカは頬を大きく膨らませながら、リアンの胸板を小さく作った拳で軽く叩き始める。


「凄く心配していたんですよ! それに森の中に行くなら、僕も一緒に連れていって欲しかったのに!」


「あー……。ごめん、ライカ。ごめんってば」


 リアンは宥めるようにライカの頭をぽんっと優しく撫でる。すると、今度は家の中からリッカが飛び出てきた。


「あっ……。皆さん、お帰りだったんですね。無事で良かったです……」


 アイリス達の帰宅を知ったリッカは、最初は驚いたものの、すぐに安堵したような穏やかな笑みを浮かべる。

 森の中へ行くと彼女に告げた時、かなり心配しているようだったので、自分達が無事に帰って来て心底安堵したのだろう。


「ほら、ライカ……。そのくらいにしておかないと、リアンさんが困っているわ。それに皆さん、帰って来たばかりでお疲れなのよ?」


「だって……」


 リッカに咎められたライカは口を尖らせながら、リアンの上からそっと退いた。


「いや、俺達もライカには秘密で出て行っちゃったし……。ごめんな、ライカ」


「……森の中を歩いてきたお土産話を聞かせて下さるなら、許します!」


 上目遣いでライカは訴えるように見て来たため、アイリス達も苦笑しながら了承するしかなかった。


「皆さん、夕食の準備は出来ていますが、もう食べられますか? それとも汗を先に流されますか?」


「お腹が空いているので、先に夕食からで!」


 リッカの申し出に真っ先に答えたのはもちろんリアンである。大食いである上に、彼は消化が早く燃費が悪いらしい。


「それでは夕食を頂きながら、お土産話でもしましょうか」


 アイリスの言葉に賛成なのか、目の前に立っているライカの表情がぱぁっと明るいものへと変わる。

 やはり、ライカには何も言わずに森へと入っていたので、心配していたと同時に森の中に対して興味も抱いていたのだろう。


 リッカ達とクロイド達に続いて、アイリスもスウェン家の中へと入ろうとした時だ。


「……?」


 何となく、先程辿って来た道に漂っている夕闇の奥から視線を感じた気がしたため、アイリスは後ろを振り返る。


 しかし、そこには人の影どころか気配さえ感じられなかった。きっと、身体が疲れているからだろうと、アイリスは気にすることなく視線をもとに戻し、スウェン家の入口の扉をそっと閉めた。

    

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