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動揺の種類

 

 結局、土壌が見える開けた場所を捜索した結果、見つかったのは魔除けの模様が描かれた布と、千切れた衣服が二着だけだった。

 それらに付着している土を川の水で綺麗に洗い流してみれば、服だと分かる状態へと何とか見て取れるようになった。


 クロイド曰く、この布には土の匂いだけが染み込んでいるため、識別出来る程の匂いは付いていないらしい。つまり、この布と服が土壌に埋まってから、それなりの月日が経っていることを示していた。


 立っている木から少し間隔を空けた木の枝に持って来ていた糸を張り、そこに洗い終わった布と服を干すことにした。夏場である上に風通しが良い場所なので、すぐに乾くだろう。

 アイリス達はその間に、状況を再確認するために話し合うことにした。


「これらの服をエディクさんが着ていたかどうかを確かめる際には、言葉に気を付けないといけませんね。……どのようなことが起きたのかは分かりませんが、エディクさんに直接関わった人もいると思うので」


「うわっ、それってつまり……。俺達がエディクさんに関わった人を捜しているって、相手に受け取られるってことだろう?」


「更なる口封じのための次の被害が出かねない……。まるで、どこかの推理小説のような展開ですね」


「怖い……」


 さすがに犯人を追い詰めるなど、物語のような状況を作りたいわけではない。ただ、自分達が知りたいのはエディク・サラマンの行方だ。そして、彼の身に何が起きて、どうなったかが知りたいのだ。


「もし、エディクさんの身に何かが起きていたとして、彼は……どうして、そうなってしまったんだと思う?」


 リアンの疑問に三人は黙り込み、小さく唸る。

 それでもお互いに言葉に気を付けているため、決してエディクが「死んだ」とは言わなかった。もちろん、自分達の知らない場所で生きている可能性もあるため、その一言を使いたくはなかった。


「エディクさんはこの島に観光客の一人として来ている。彼が教団に属していることは誰も知らないだろうし、教団のことを大っぴらに話しているとも思えない」


 クロイドの言葉にアイリスも小さく頷き返す。


「しかも、この場所は集落から少し離れているから、何が起きても誰かが見に来るような場所じゃないだろうし」


「誰からも知られないまま、姿を消すことが出来る上に、それを神隠しのせいにも出来ますからね。この場所はあまりにも都合が良過ぎる場所だと思えます」


 そう言って、イトは開けた場所を見渡す。この場所からはエディクが身に着けていた物は見つかったが、本人自体は見つかっていないため、アイリス達はそのことに関しては安堵していた。


「ねえ、イト。何でそんなに怖いことをさらっと言えるんだよ……」


「私は推測で物を述べているだけです。それに自分の意見を言わないと、お互いに気付かないこともあるでしょう?」


 さらりとリアンに答えつつ、イトは無表情のまま思案する顔へと戻る。


「……それなら、エディクさんに危害を加えた理由って何だろうな」


「……人が突発的に他人に対して手をかける理由は様々だと思うわ。でも……」


 アイリスは自身が持っている情報を頭の中で整理しながら、一つ息を吐いてから答える。


「エディクさんが、この島で祀られている神様の秘密を知ったから、なんてことは考えられないかしら」


「……有り得そうだな」


 渋い顔をしたまま、クロイドが同意するように頷いてくれる。

 島人達にとって信仰の対象である「神様」について何かを知ったとすれば、信仰している者からすればあまり良い気分になるようなことではないだろう。


 そして、エディクはオスクリダ島には、神隠しと迷える森について調べに来ている。何かを得てしまったことで、彼が危険な目に遭うことは十分に考えられた。


「神様に限らず、誰かにとっての秘密を知ってしまった時に、口封じとして手にかけられることも頭に入れておきましょう」


「うーん……。島の人って温厚な人達ばかりだから、あまり疑いたくは無いんだけれどなぁ」


 リアンの言う通り、人を疑うことには様々な労力が必要となる。そして、人を疑う場合にはこちら側にもそれなりの危険が伴うものだ。


「こういう時に、心を読める魔法があったら便利なんだけれどなぁ」


「魔物討伐課で扱う人はほとんどいませんからね。そのような魔法を扱えるのは対人専門の魔的審査課くらいでしょう」


 確かに心を読める魔法があれば、直接相手を刺激しないまま情報を抜き出すことが出来るだろう。しかし、この手の魔法はかなりの上級の分類となっており、扱うのが桁違いで難しいのだ。


「人の心は難しいからなぁ。何が相手にとっての不快に感じる部分か分からないし」


「……まあ、それは同意ですね。こちらは非礼だと思っていなくても、相手にとって嫌な気分にさせてしまう態度や言葉というものは常に溢れているものですし」


 イトの言葉にアイリスは思い当る節があることを思い出す。


 ……そういえば、少し前までの私も、こちらは悪くないのに相手が勝手に機嫌を損ねる場合が多いって、思っていたわね。知らずのうちに、私の態度や言葉が相手を傷付けていたのかもしれないわ。


 そう思えるようになったのは今の自分に、心にゆとりがあるからだろう。だが、自分の心が分かるのは自分だけだ。

 言葉で訊ねてみなくては、心の中まで読んで相手に感情を察することなど出来るわけがない。


 だからこそ、「言葉」には気を付けなければならないだろう。だが、気をつけるべき点はどこだけではない。アイリスはぱっと顔を上げて三人を見渡す。


「エディクさんが身に着けていたものを島人達に見せた時に、相手の表情が動くかをしっかりと見極めておいて欲しいの」


「動揺の種類を確認しろということか」


「ええ。……エディクさんの身を心配している動揺か、もしくは──何故、証拠となるものが私達の手に握られているのか」


「……」


「相手に動揺が見える場合はこの二つに分けられると思うの」


「つまり、後者の動揺を見せた人間を洗い出せばいいということだな」


「あとは相手の言葉にも注意して耳を傾けておいてね。……私達がここで見たものを言葉に出さないまま、相手を誘導して本人しか知らない情報を吐かせる、なんてことも出来るなら上等ね」


「物語の探偵みたいだな……」


「リアンはすぐ顔に出てしまうと思うので、島人に話を聞く時は私が話を進めますよ」


 リアンに比べて、イトは表情筋が死んでいるのではと思えるほどに常に無表情なので、相手から顔色を窺われても簡単にやり過ごせるはずだ。


 だが、島人から警戒されにくい性格をしているのはリアンの方だと思うので、お互いにお互いの性格を補っているのだろう。

  

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