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先入観

 

 時間はすでに昼頃だろうか。アイリス達は不自然に開けた場所で、人工的に掘り返された土の中に何かエディクに関する証拠が他に残っていないか捜していた。


 この場所は日陰ではなく、直射日光が当たってしまうため、途中で休憩を挟みながら四人は腕まくりをした手で土を掘っていた。


「──おい、来てくれ!」


 叫んだのはリアンだ。アイリスは土に入れていた手を抜いてから、リアンの方へと顔を向ける。数メートル先でリアンが頭上に掲げていたのは、土で汚れた古い布だった。


 だが、今度見つけた布はアイリスが見つけたものとは全くの別物で、はっきりと「服」だったことが分かる布の切れ端のようだ。


「見てくれよ、この布……。破け方が不自然に見えないか?」


 リアンは平らな地面の上に土の中から見つけた布の切れ端を置いてから、腕を組みつつ呟く。


「まるで、無理に破られたような痕に見えますね」


 イトの言う通り、破れた服は伸び切った上に、引き千切れたように途中で切れていた。


 ……服は引っ張られたように、伸び切っている。繊維もかなりほつれているし、まるで身体の大きさに合わなくなった服みたい。


「さすがにエディクさんの服装までは分からないからな……」


 顔ははっきりと覚えていても、どんな服を着るかは個人の意識の範囲であるため、自分達には想像がつかないものだ。


「でも、これを島の人達に見せれば、エディクさんがこの服を着ていたか覚えているかもしれないよ」


「リアンにしては良いことを言いますね」


「俺にしてはって、どういうことだよっ。俺だってやる時はやるんだからね!」


「そうですね、たまにですがやる時はやりますからね。……とりあえず、この服だったものと、魔除けの模様が描かれたものに付着している土を水で落として、綺麗にした方がいいでしょう」


 リアンを軽くあしらいつつ、イトはアイリスの方へと視線を向けて来る。

 その提案に了承の意味を込めて頷き返すと、イトは服の切れ端と魔除けの模様が描かれた布を持って、すぐにこの場所の近くに流れている川に向けて小走りで駆けて行った。


「……クロイド、あの服と布に匂いは残っていたかしら?」


「人らしい匂いはほとんど分からなかった。この場所からも、特定の匂いはしないな」


 それを聞いて、アイリスは気付かれないように静かに溜息を吐く。もしもの場合に備えて、身構えていたが、どうやらエディクの身はここには埋まって居なさそうだと密かに安堵した。


「だが、一つだけ嗅ぎ分けられた匂いがある」


 そう言って、クロイドは軽く周りを見渡した。この場には盛り返された土があるだけで、頭に残る程、印象深いものは何も無い。


「何かが錆びたような匂い……。血の匂いが微かにした」


「っ!」


「何と言えばいいのか……。血の匂いが土に染み込んでいるような感じなんだ」


「それは……」


 アイリスはそこまで呟き、口を閉ざす。彼の嗅覚を疑っているわけではない。

 だが、血の匂いを嗅いだというクロイドの言葉により、やはりエディクの身に何か起きたのではという確証に一歩近づいてしまった気がした。


「──あっ! また、服の切れ端みたいなものが出て来たよ!」


 土を手で掘り返していたリアンがまたもや次の証拠となるものを探し当てる。彼の手には先程の服とは少し材質が違う布が握られていた。


「さっきの服とは少し、違うみたい。……ズボンの切れ端のようにも見えるけれど」


「でも、見つかるのは服の切れ端ばかりだね。何というか……奇妙としか言いようがないけれど、服が千切れて飛び散っているみたいだ」


 リアンが今、ズボンのようなものの切れ端を見つけた場所は先程、服を見つけた場所から少しだけ離れている。服は服なのだが、どうして一カ所ではなく、離れた場所から見つかるのだろうか。


「服の千切れ方がおかしいと思わないか。何か獣に引っかかれたような千切れ方でもないし……」


「確かに、千切れている部分以外に引っ掻いた痕は見当たらないわね」


 奇妙さが、新たな奇妙を呼んでくる。確実に一歩は近づいているはずなのに、それでも背中に冷や汗が流れるのは何故だろうか。


 ……きっと、エディクさんはもう……。


 この服をエディクが着ていたならば、彼に何かしらの事態が起きたことが予測出来る。

 最初は森の獣に襲われたのかと思ったが、この森に肉食の動物はいないと聞いている。棲んでいるのは草食の小動物だけのはずだ。


 ……魔物の可能性もあるかと思ったけれど、イト達が見回しても存在は確認出来なかったと言っていたわ。それにエディクさんは教団の魔法使いに属している人だから、魔物の対処も分かるはず。


 この場所で、エディクの身に何かが起きたのだ。だが、場所と残された痕跡からでは、何が起きたのか想像さえ出来ない。あまりにも情報不足だ。


「この場所に島人達が来る可能性はあるだろうか」


 難しい顔をしていたクロイドがふと顔を上げてから、周りを軽く見渡す。


「……それは島人達がこの場所でエディクさんに……その、彼の身が危うくなるようなことをした可能性があるという意味かしら?」


「まあ、そう受け取ってもらっても構わない。俺も島人達が人に暴力をふるような人達ではないと頭で分かっているが、時として先入観は自身の身を危険に晒すからな。考えるくらいなら、良いだろう」


「そうね……」


 確かにクロイドの言う通りだ。先入観を抱いたまま、物事を進めれば、予測していなかった事態が起きた際に、頭だけでなく感情の切り替えも出来なくなってしまうだろう。

 アイリスは島人達に失礼だと思いつつも、クロイドが立てる可能性も視野に入れておくことにした。


「とりあえず、エディクさんが身に着けていたものだと思われる服が見つかったわけだけれど、これからどうしようか。このまま集落に戻るのも構わないけれど」


 話のやり取りが終わったのを見計らって、リアンが声を掛けて来る。視界の端には布を川の水で洗って、綺麗な状態へと戻してくれたイトがこちらに向けて歩いて来ていた。


「エディクさんがここに居たという痕跡は見つけられたし、あとは……。彼に何が起きたのかを調べないと。もちろん、これが一番難しい調べものだと思うけれどね」


「少なくとも、誰かが関わっていることは確かだろうな」


「ええ? 怖いなぁ……。それってつまり、島の誰かを疑わなきゃいけないってことだろう? 俺、人を疑うこと、苦手なんだけれど……」


「リアンはすぐに顔に出ますからね。……ですが、随分と事件性の匂いがしますね」


 戻って来たイトがどこか困ったような表情で小さく呟く。アイリス達もエディクが何者かによって殺されている可能性があるのは頭に浮かんでいたが、それを口にすることは決してなかった。


 もちろん、事実を受け止める覚悟はしているが、自分の目で確かめるまで悪い方向に考えるべきではないだろう。

 アイリスはイトが手にしている魔除けの模様が描かれた布を一瞥してから、再び開けた場所を見渡した。


 ……一体、この場所で何が起きたというの。


 そう問いかけても、応えるものはいない。ここは集落から少し離れた森の奥で、人目がないに等しい場所だ。

 それでも誰かに知られないまま、人目を忍んだ行為を行うことは容易だろう。だからこそ、この場所でエディクの身に起きたことから目を逸らすわけにはいかなかった。

  

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