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起床

 

 翌朝、一番に目を覚ましたのはクロイドだった。その次に起きたのはアイリスとイトで、クロイドが朝食の準備を行っている間に、自分達が使っていた寝床を片付けることにした。


「……物音を立てているというのに、この状況下でよく寝ていられますね、彼は」


 自分達が使っていた寝床を片付け終えてから、クロイド達が使っていた布を片付けようとしたのだが、リアンはまだ寝たままだった。

 寝顔は安堵した子どものように緩まっており、いい夢でも見ているのか、口元が笑っているようにも見える。


「朝食が出来るまで、寝かせておいてあげても……」


 昨日は森中を歩き回ってリアンも疲れているのだろう。朝食を食べて、準備をしてからここを出発する予定なので、もう少し寝かせておいても良さそうな気はするが、そうはいかないらしい。


「規則正しい起床から、一日の全てが決まります。つまり……」


 そう言うと、イトはリアンが寝ている寝床の布を両手でぐっと掴んだ。何をするつもりだろうかとアイリスが眺めていると次の瞬間、予想していなかった行動をイトは取ったのである。


「さっさと、起きなさいっ!」


 大声を発しながら、イトは布を引っ張ることにより、リアンを無理矢理に地面の上へと転がして叩き起こしたのである。


「ふぎゃっ!」


 リアンは突然、身体が反転し、更に地面の上へと放り出されたことで、何事かと言わんばかりの表情で飛び起きた。


「な、何っ? 何が起きたの? 敵?」


 敵襲を受けたと勘違いしているのか、その動きは見習うべき点が多くあった。

 まず、無理矢理に起こされたにも関わらず、一瞬にしてリアンは覚醒し、手を素早く地面について立ち上がったことも感心するべき動きの流れだ。


 そして、更に身体を起こしつつも、彼の腰に装備されている短剣を素早く抜いて、状況に応じようとしている点も褒めるべきだろう。

 さすがは魔物討伐課に所属しているだけあって、突然の事態に対応するように身体に動きが染み込んでいるようだ。


「え……?」


 しかし、リアンが視線を向ける先には、先程まで彼が寝ていた布を抱きかかえているイトとその隣に気まずげに立っているアイリスがいるだけだ。

 案の定、リアンは何が起きたのか言わんばかりに、丸い瞳を瞬かせている。


「おはようございます、リアン。朝です」


「……朝?」


 覚醒したはずのリアンは何事も起きていないと状況を再確認したようで、一瞬にして表情は気が抜けたものへと変わっていく。


「そうです。朝です。……今すぐ顔を洗って来なさいっ」


「ひっ! は、はいっ!」


 イトはびしっと指先を川の方へと向けて、リアンに命令する。イトに叱られることが苦手なリアンは肩を大きく震わせて、大急ぎで川に向かって走っていった。


「全く、リアンは寝つきが良過ぎるんですよ。……では、今のうちに布を片付けてしまいましょう」


「……ええ」


 ちらりとイトを見ると、リアンを起こせたことに満足しているらしく、鼻を鳴らしていた。


 二人で協力して、それまで敷かれていた布を折り畳み、寝床として使っていた刈った草や葉っぱは竈の火に投げ入れて火種にすることにした。


 全てを綺麗に片付けているうちにクロイドによって、作られた朝食の良い匂いがその場に漂って来る。材料と調理器具さえあれば、クロイドは何でも作れるのではと思えるほどに、美味しそうな匂いだ。


「おーい、二人とも~。朝食、出来たよ~」


 顔を洗った後はクロイドの手伝いをしていたらしく、リアンがアイリス達に向けて軽く手を振って来る。彼はすっかり眠気が覚めてしまっているらしく、早く朝食を食べたいのかそわそわしているようだ。

 片付けを終えたアイリスとイトは昨夜、座った同じ石の上へと腰掛ける。


「良い匂いね」


「すみません、クロイドさん。昨日から、ずっと料理をしてもらってばかりで……」


 4人もいるのに、食べられるものとしての料理を作ることが出来るのはクロイドとリアンだけだ。

 手伝いをしたくても、余計に時間がかかってしまうことは目に見えているため、適材適所ということで、アイリスは手を出さないことにしていた。


「いや、俺が好きでやっていることだから、気にしないでくれ」


 もはや、クロイドの趣味は料理なのでは、と最近思い始めているアイリスである。だが、彼の料理は美味しいので、食べられる機会があるのは嬉しいことだ。


 クロイドは深みのある皿を手に取り、スープを注いでからリアンへと渡す。今日の朝食は、とうもろこしと玉ねぎが入ったスープのようだ。鍋いっぱいに作ってあるのは、大食いであるリアンの食べっぷりを考慮しているのだろう。


 4人分の皿がそれぞれの手に渡ったところで、朝食を食べ始める。そういえば、野外で朝食を摂るのは初めてだろう。

 夏場だが、この場所は日陰の川辺だ。身体は涼しさを感じているため、口に含める温かいスープは身体をゆっくりと温めていく気がした。


「今日は川沿いに歩いていくんだよな?」


 口に含めたスープを飲み込んでから、リアンが確認するように訊ねて来る。


「水分をいつでも摂れる川沿いの方が、エディクさんが残した痕跡が見つかる可能性はあると思います」


「そうね。川幅はそれほど広くないけれど、向こうの川岸と二手に分かれてから、下っていきましょうか」


 アイリスの意見に同意なのか、三人は同時に頷き返す。


 ……今日こそ、エディクさんに関するものが見つかるといいけれど。


 だが、そこで一つの疑問がふっと心に浮かんでくる。エディクは迷える森へと入ったから出られなくなったのでは、という想定で自分達はこの森へと入った。それならば、自分達はどうなるのだろうか。


 迷っている感覚など、ほとんど無いに等しい。このまま、島人達が住んでいる集落へと戻れば、自分達は「迷った」ことにはならない。


 ……この違和感は一体……。


 この森の全てとまではいかなくても、ほとんどの範囲を歩いて見て回っている。それでも、道に迷うことさえなかった。


 ……それじゃあ、エディクさんは一体どこにいるというの。


 その時、背筋にぞくりと冷たいものがなぞった気がした。

 見つけられないのではない。もう、見つからない状況になっていたら──。


「アイリス?」


 不穏なことを考えてしまっていたアイリスはクロイドの声によって、我に返る。クロイドは食事の手を止めたままのアイリスを不審に思ったらしい。


「あ……。少し、考えごとをしていたみたい」


「……そうか。あまり、一人で抱え込むなよ?」


「ええ」


 アイリスが返事をすると、クロイドはまだ何か言いたそうな表情をしていたが、視線を戻して食事を摂る手を進める。

 自分の目で確かめるまで、悪い方向へと想像することは止めておいた方がいいだろう。アイリスは他の三人に溜息を隠しつつ、温かなスープを再び口へと含めた。

  

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