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安堵する温度

 

 水浴びを男女分かれて終えた後、アイリス達は明日の準備を整えてから、眠ることにした。

 動物除けに焚火をしているが、クロイドが念のために寝る場所を囲むように防御の結界を張ってくれているため、野外とは言え、心置きなく眠ることが出来そうだ。


 ただ、一つのことを除いては。


 ……この状況で、すぐに眠れという方が無理だわ。


 就寝することになり、アイリス達は先程、イトと共に作っておいた寝床で横になることにした。

 しかし、今、この場にいるのは男女四人で、しかも仕切りが無い場所にいる。横に並んで寝ている順番としてはイト、アイリス、クロイド、リアンとなっていた。


 イトはどうしてもリアンの隣は嫌だと言い張ったため、アイリスとクロイドが真ん中で眠ることになったのだ。

 その一方で、リアンはイトの隣で寝たいと小さく駄々をこねていたが結局は頑なに拒むイトに根負けしてこの並び順で眠ることになったのである。


 ……クロイドと同じ部屋で寝たことは何度もあるけれど……。


 そう思いつつ、横になっているアイリスは左側へとゆっくりと視線を向ける。50センチ程先には、同じように横になっているクロイドがいた。


 アイリスが身じろぎしたことを感じ取ったのか、クロイドが少し動く。そしてお互いの目が合った瞬間、思わず引き攣った声が出そうになったのをアイリスは何とか押し留めた。


「……寝る時はあっちを向いてちょうだい」


「リアンの方をか?」


 クロイドの瞳は真っすぐと自分だけを映している気がして、何となく気恥ずかしく感じてしまうのだ。それに自分の知らない間に、寝顔を見られたくはない。


「……だって、こんなに近いと……」


 緊張して、眠れなくなるではないかという言葉を噤み、アイリスはクロイドから視線を逸らした。

 仰向けの状態になれば、視界に映るのは宵の色に点々と瞬いている光達だった。


 ……灯りが少ない場所だから、星がよく見えるわ。


 確か、星の一つ一つに名前があったはずだ。今、自分が見ている星にも名前があったが、何という名前だっただろうか。そんなことを考えつつ、アイリスは安堵のような溜息を吐く。


 隣に寝ているイトはすでに眠っているのか、軽やかな寝息を立てている。クロイドの向こう側で寝ているリアンも静かなままだ。


 耳を澄ませば、聞こえて来るのは森の木々の間を吹き抜けていく風の音だ。どこか遠くからは鳥か何かの動物が低く鳴いているような鳴き声も混ざり合って聞こえて来る。

 それでも、この場は静かだった。


 ……静けさに飲み込まれてしまいそう。


 自分達が寝ている場所から少し遠くを眺めてみれば、何も見えない闇だけがそこに漂っている。

 意識を手放してしまえば、あの闇に吸い込まれてしまいそうな気がして、アイリスは自身の肩を抱くようにしながら、身じろぎする。


 お腹の上にはイトと一緒に使っている布が布団代わりに敷いてあるため、身体が寒いわけではない。それでも、何故か夜の闇というものを恐れてしまい、身体中に寒気がしたのだ。


「……アイリス?」


 寝ている二人を起こさないように気遣っているのか、隣のクロイドが小さな声で囁いて来る。優しい声はしっかりと耳の奥に響いていた。


「眠れないのか?」


「……」


 眠れないと言いたくても言えなかったのは、心の中に浮かんだクロイドに対しての気恥ずかしさと、自分の心の未熟さを覚られないためだ。

 それでも、クロイドのことなので、自分が抱いている気持ちなど、すでに知っているのだろう。


 そう思っているうちに、布団の上へと投げ出していた左手にクロイドが彼の右手をそっと添えて来る。


「っ……」


 驚いたわけではない。ただ、感じた温もりを本当は自分が求めていたことを自覚してしまっただけだ。


 だが、その気持ちを自覚してしまう方が恥ずかしく思えてしまい、アイリスが言葉を飲み込んだままでいると、クロイドが小さく笑った気配がした。


「……大丈夫だ」


 そう言って、クロイドは繋いだ手の甲を彼の指先でゆっくりとなぞっていく。

 細く、滑らかなクロイドの指が自分の手を捕らえたまま、離すことは無い。それでも、伝わって来る温度に安堵してしまう自分がいた。


「君一人じゃない。俺も、イトもリアンもいる。……大丈夫だ」


 何について励ましてくれているのか、聞かなくても感じ取れていた。密かに抱く、様々な不安をクロイドは解きほぐすように、何度も何度も手の甲に指先を滑らせてくる。


「大丈夫だ。だから……今は、しっかりと休息を摂ろう」


「……うん」


 アイリスが返事を返すと、クロイドは添えた手を今度はしっかりと離さないように包み込んできた。


 包み込まれたことで伝わる温度を感じ取れば、心の中に生まれた不安は少しずつ風に攫われる砂のように消え去っていく。ぽつりと生まれたのは嬉しさと気恥ずかしさ、そして安堵だ。


「……今夜だけだから」


「……」


 クロイドの言葉にアイリスは答えないまま、彼の手を握り返す。それがクロイドへの答えだ。

 今夜、一晩だけ手を繋いだまま寝たいというクロイドの要望は、本来ならば自分が望んでいることだ。それを彼が口にしたということは、アイリスに気遣っていることは安易に読み取れた。


 胸の中にある全ての悩める出来事が消え去るわけではない。明日、やらなければならないことに対して、不安がないと言えば嘘になるが、それでもこのひと時だけは安らかな気分でいれる気がした。


「クロイド」


「……何だ」


 アイリスは空を見上げていた視線を少しだけ左へと向ける。視線に捉えたのは、星を映す黒い瞳。自分だけを穏やかな表情で見つめている優しい瞳だった。

 アイリスは口元を少しだけ和らげて、小さく微笑む。


「……おやすみなさい」


 静かに呟けば、重ねている彼の手が一瞬だけ震えた気がした。クロイドは目を少しだけ細めて、そして頷き返す。


「ああ、おやすみ。……良い夢を」


 心地よい声を耳の奥で受け止めて、アイリスはゆっくりと瞼を閉じていく。左手はしっかりとクロイドの手と繋がれたままだ。


 ……温かさを感じて、簡単に安心するなんて。


 心の中でそう呟いている間に、身体と脳が急激に重さを意識したような感覚に囚われる。自分は今から眠るのだと、理解する前にアイリスは意識を手放していた。

   


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