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奇妙な点


「……アイリス、セプスさんについて、どう思う?」


 隣に座っているクロイドが低い声で訊ねて来る。彼の眉は少しだけ中央に寄せられており、表情は気難しいことを考える時と同じになっていた。恐らく、イトの話を聞いて、色々と思うところがあったに違いない。


「セプスさんと会った時、怪しいと思える点はなかったわ。だけど、イトの話を聞いたあとじゃ、疑問しか浮かばないわね。本人が何者であるか疑うにしろ、どうしてこの島で医者をやっているのかについて聞くにはちょっと言葉を工夫しなきゃいけないかも」


 正直に言えば聞きづらい話ではあるが、相手に不審を与えないようにしつつ、言葉に気を付けながら訊ねるしかないだろう。


「……本人に訊ねてみるつもりですか」


 イトの静かな問いかけにアイリスは頷きながら答える。


「直接訊ねてみる方が疑問を解決するには一番早いもの。怪しまれる可能性はあるけれど、それは向こうだって同じだろうし。……まあ、さすがに教団に関することは発言しないわよ」


 教団の存在は一般人に知られてはいけない規則となっている。セプスは魔力を持っていないならば、普通の一般人なのだろう。

 教団内で魔力無し(ウィザウト)として所属しているのは自分だけだ。自分以外の魔力無し(ウィザウト)が教団に所属している話など聞いたことが無かった。


「医者がいなくなった途端に、次の医者が突然やって来る……。そんな偶然、普通あるかなぁ」


 のんびりとリアンは呟きつつ、いつの間にか空になっていた皿に、鍋の中に入っているスープを注ぎ足していく。彼は、見た目は細いが着痩せしているらしく、しかも大食いのようだ。


「島の人からすれば、新しい医者がすぐに駐在してくれるのはありがたいかもしれないけれど、何だか奇妙だね」


「そうだな。……偶然なのかそれとも、この島で医者になるための機会を狙っていたのか分からない以上、医者とは言え、セプス・アヴァールのことを根本的に信用しない方がいいかもしれない」


「医者になるための機会……」


 クロイドが呟いた言葉に、アイリスは何か引っかかるものを感じてしまう。


 オスクリダ島は首都ロディアートからかなり離れている離島だ。しかも、電気もガスも通っておらず、島の最寄りとされる港まで船で数時間はかかる少々不便な島でもある。


 不便は不便だが、それでも住んでいる島人達は明るく朗らかな人達ばかりで、彼らに悲壮は見えなかった。誰しもが幸せそうに日々を過ごしているように思えたからだ。

 島の料理は魚介が豊富で、海も綺麗だし、街中に比べれば空気が澄んでいるようにも感じる。島や島人達に魅力を感じて、島に移住してきたということなら、まだ理解は出来る。


 だが、疑問に思ってしまうのはやはり、セプスが医者としてこの島に来た時期だ。前任である医者が行方不明となり、後任の医者としてやってきたにしては、かなり都合が良過ぎると思ったからだ。


 ……おかしいけれど、はっきりと言い切れない部分が多すぎるわ。


 エディクの捜索とは関係ないかもしれないが、やはり気になるものは気になるので、明日以降になると思うが診療所へと赴いて、セプスから直接話を聞いた方が良いだろう。

 アイリスは皿に残っていたスープを全て飲み干してから、一つ息を吐いた。


「この島には……奇妙だと思える点が多いな……」


 隣に座っているクロイドが薄暗くなった空を見上げながらぽつりと呟く。



 人を攫う神と、その神を信仰する島人達。

 入ったら二度と戻れないと言われている迷える森と、防御魔法がかけられた巨石。

 巨石の外周と同じ大きさに踏み固められた跡地。

 痕跡が見つけられないエディクの行方。

 そして、行方不明となった前任の医者の後をすぐに引き継いだセプス・アヴァールと、彼が島人達に投与している栄養剤。


 一つ一つ、考えても答えが出ないものばかりで、その全てがおかしいという言葉で括ることは出来ない。何かの意味や理由が隠れていると分かっているが、それを見つけることは出来ないのだ。


「まあ、そんなに思い詰めなくてもいいと思うよ」


 スープの二杯目を食べていたリアンがのんびりとした声で告げる。


「疑問が多いのは分かるけれど、悩んでいても仕方がないし、とりあえず前に進むしかないからね」


 彼はそう言いつつ、三杯目となるスープのおかわりをしていた。余程、お腹が空いていたらしい。


「俺達の任務はもう終わったから、あとはアイリス達の任務の手伝いに専念出来るし、何かあれば全力で二人を助けるからさ。だから、もう少しだけ肩の荷を下ろして、皆で協力してやっていこうよ」


 そんなリアンのおっとりとした言葉に悩める表情をしていたクロイドはふっと短く息を吐いた。


「確かに根を詰めたままだと、視野を広く見渡すことを忘れてしまうな」


「そうそう。だから、今は……お腹を満たして、汗を流して、ゆっくりと寝ることが大事だよ。そうすれば、きっと明日は新しい自分になって、違うものが見つかるかもしれないからね」


 リアンの言うことは傍から聞けば、のん気だと思われるかもしれないが、それでも大事なことを彼は言っている。

 休むべき時に休んで、そして考えるべき時に考えて動く、ということを意味しているのだと察していた。


 ……明日、一つ先に進むために。


 今夜はしっかりと身体を休めて、明日のためにまた頑張ろう。リアンに諭されたことで静かに決意したアイリスはお腹を満たすために二杯目のスープをおかわりすることにした。


「リアンの言うことの意味は分かるのですが、あなたが言うとどんな言葉も全てのん気に聞えてしまうんですよね……」


 小さな溜息を吐きつつ、イトも二杯目のスープをおかわりし始める。表情からは読み取れないが、彼女もリアンの言葉に同意しているらしい。


「なっ……。何でだよっ!」


「あなたの成せる(わざ)というやつですね。人徳ですよ、人徳」


「イト……。それ、褒めているの? ……もうっ、やけ食いしてやる!」


「食べ物を無理に飲み込むと身体に悪いので、ゆっくりと咀嚼してから食べて下さいね。喉に詰まったら、腹を殴って助けてあげます」


「……ゆっくり食べます」


 まるで昔からの付き合いのようなイトとリアンのやり取りを見て、アイリスは小さく笑ってしまう。

 イトはアイリスとクロイドの仲が良いと言っていたが、それはイトとリアンの関係も同じようなものだろうと密かに、そして和やかに思っていた。


 恐らく、今回の任務がクロイドと二人だけだったならば、自分は迷いに迷って、悩み続けていただろう。そして、更にクロイドを気遣わせてしまったに違いない。


 だが、今ここには頼れる相棒と厚意で積極的に手伝ってくれるイトとリアンがいる。決して、一人で悩む必要はないのだと教えてくれている気がして、アイリスの心は少しだけ気が楽になっていた。

   

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