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疑問


「前回の報告書を書いたチームが、この島に滞在する際に宿として世話になったのが、前任の医者でした。クリキさんは教団に所属していることもあり、定期巡回しにきたチームによくしてくれたらしいです」


 ぽつり、ぽつりとイトが秘密を話すように言葉を呟いていく。恐らく、彼女が心の中で疑問を繰り返して、やっとの思いで三人に告げることを決心した話なのだろう。


「クリキさんは診療所の裏手にある家に、定期巡回に来たチームを滞在させてくれたこともあり、報告書には彼のことについて事細かく書かれていました」


 静かにイトが呟く言葉をその場に居る三人は一言も漏らすことがないように聞き入っていた。


「クリキさん以外にも、その家には家族が住んでいたそうです。クリキさんとその妻、そして娘と息子……」


 そこでイトは顏を上げて、アイリス達の方へと視線を向けて来る。


「アイリスさん。この島の人達の中に、『クリキ・カール』という名前の方はいましたか?」


「っ……」


 イトからそう訊ねられた時、アイリスは思わず息を飲み込んでいた。

 この島でエディクの捜索をするために、ほとんどの島人と顔を合わせて聞き込みをしていたが、その人達の中に「クリキ」も「カール」という名前も一切出て来なかったからだ。


「……いなかったんですね」


 アイリスの強張った表情から、「クリキ・カール」という人物とその家族に接触をしていないことを察したイトが静かに呟く。

 アイリスの隣に座っているクロイドもどこか薄暗い中でも分かる程に、青ざめている表情が見えた。


「一年前にこの島に居たはずの一家四人がいなくなったということか?」


 リアンは首を傾げつつ、何とかイトの話を理解しているような表情で訊ねる。


「そういうことです。……昨日、セプスさんに会った後、巡回をするついでに、カール家について何か知らないかと島の人達に聞いてみましたが、皆が口を揃えて言っていました。……一年程前に突然いなくなったと」


「……」


 つまり、前任の医者とその家族は約一年前に行方不明となったということだろう。この島の言葉で言い換えるならば、「神隠し」に遭ったという表現が正しいのかもしれない。


「ですが、カール家の人間が突然、姿を消してからすぐにセプスという医者が診療所に勤める新しい医者としてやって来たそうです」


「島の人が医者の後任を島外の人に頼んだんじゃないのか?」


 特に変な話でもないのではと疑問を抱えたまま、リアンが訊ねるとイトはすぐに首を振った。


「いいえ。……島の人達はセプスさんが、善意でオスクリダ島へと来たと言っていました。……前任の医者が突然いなくなってから誰かの頼みもないまま、すぐに新しい医者として島に来るなんて、何だか奇妙だと思えたんです」


 だから、前任の医者のことを事前に知っていたイトはセプスと初対面で挨拶をした時に、微妙な反応をしていたのだとアイリスは心の中で納得した。


「それにクリキさんは教団に所属していた魔法使いでもありました。戦闘能力はなかったとは言え、数か月に一度の頻度で教団に、島の状況報告を書いた報告書を提出していたそうです」


「……そんな情報、よく知っているなぁ」


「あなたが事前に現地の情報をしっかりと調べていないだけですよ、リアン。本を読むのは好きなのに、報告書を読むのが嫌いだなんて、他の人に笑われてしまいますよ」


「うっ……。お、俺の話は別にいいから、とりあえず、イトの話の続きを聞かせてよ!」


 リアンの反論に溜息を吐きつつ、イトは言葉を続ける。


「一応、クリキさんが教団に提出していた報告書も読んできましたが、当たり障りのない平穏とした日常だけが綴られていました。当時はそれ程、『神隠し』は起こっていなかったようですね。……ですが、前回の定期巡回が終わった辺りからクリキさんの報告書は突然途切れていました」


「え?」


「……魔物討伐課の奴は提出される報告書が突然、途切れたことに違和感を抱かなかったのか?」


 クロイドが眉を寄せながらイトに訊ねると、彼女はそう責められても仕方がないと言わんばかりに申し訳なさそうに肩を竦めつつ頷いた。


「元々、オスクリダ島は平和な島だったので、魔物討伐課もそれほど目にかけていなかったのが本音です。提出されていた報告書も、うちの課の人間からしてみれば、そういえばそんな島があったな、くらいにしか認識されていなかったのでしょうね」


「一年に一度の定期巡回を覚えていただけでも、幸いだったというべきかしら……」


「明らかにうちの課の失態なので、もっと文句を言って下さっても構いませんよ」


 アイリスが気遣いながらそう言うと、イトは長い溜息を吐きつつ、彼女が所属している課について悪態を吐いた。

 アイリスとしては元所属していた課でもあるため、そこは言葉を控えておくことにしておいた。


「ですが、この話で重要なのは報告書についてではありません」


 イトはスープを全部飲み干してから、ひと呼吸して、話を続ける。


「教団出身の医者が行方不明になったことに気付かなかったのは完全にうちの課の落ち度ですが……。医者の後任がこちらに知らせも無しに決まることなんて、本来ならばそう簡単に有り得ることでありません」


「あっ……」


 そこで、アイリスも気付いてしまった。思わず呟いてしまった声に同意するようにイトが真顔のまま軽く頷く。


「恐らく、セプス・アヴァールという人物は、教団がこの島に派遣した人間ではありません。もし、彼が教団に属しているならば、私達が魔力を持っているとすぐに気付いたはずです」


「……確かに彼と対面した時も、それらしい反応はなかったな。魔力も持っていなかったようだった」


 クロイドが付け加えてそう告げる。クロイドの言う通り、セプスに最初に会った時、彼は自分達を見て、こう言ったのだ。──観光客か、と。


 もし、教団から定期巡回にやって来ると知っていて、そして彼自身が魔力を持っているならば、あのようなことを訊ねはしないはずだ。

 つまり、セプス・アヴァールという人間は魔力を持たない普通の一般人であることを意味していた。


「え、それじゃあ、どうしてセプスさんはこの島の診療所で医者をやっているんだ?」


「だから、私もその事を疑問に思って、こうやって話しているんです」


 イトは彼女が抱いていた疑問を全て話し終わったらしく、深く息を吐いていた。


 アイリスも言われなければ気付かなかったであろう事実に、何と答えればいいのか迷ってしまう。生まれたのはセプスに対する疑問とそして微かな不信感であった。

    


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