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「あっ! そういえば……。ねえ、地図はあるかな」
水を飲み終わったリアンは何かを思い出したのか、座ったままの状態でアイリス達を見上げて来る。
「あるわ。ちょっと待ってね……」
アイリスは踵を返し、すぐ傍にあった荷物の中から島の地図を取り出して、リアンへと渡した。
リアンは地図を地面の上へと広げてから、近くにあった手頃な石を数個と数枚の葉っぱを手に取ると、何かを示すように指標として石を置いていく。
「えーっと、多分、この辺りが今の場所で……」
クロイドも地図上に石を置き始めるリアンの方へと振り返り、覗き込むようにしながら視線を向けている。
「リアン、それは……?」
「歩数を数えながら、大体の距離を測って来たんだ。この場所から島の北側までの距離を測っておけば、島の広さが分かるかもしれないと思って」
「え……」
「便利だけれど、かなり集中力がいるから、普段はやらないんだけどね」
そう言って、リアンは荷物の中から手帳を取り出して、万年筆で文字を細かく書いていく。正確な歩数と歩いた時間から距離を導いているらしい。
だが、歩数によって距離を導くなど、並大抵の集中力では出来ないだろうとアイリスとクロイドが目を瞬かせていると、イトがどこか感心したように相槌を打つ。
「ああ、だから見回りの最中、いつも以上に静かだったんですね。道端で何か拾い食いでもして、具合が悪いのかと思っていました」
「イトの中の俺って、一体どんな印象なんだよ!」
「聞きたいんですか?」
「それはそれで、何となく怖いから、嫌だっ!」
半分泣きそうな表情でイトに言い返してから、リアンは計算が終わったのか顔を上げて、再び地図に視線を向ける。
「おおよその距離と位置確認だから、あてになるか分からないけれど……」
リアンは最初に島の中央に置いた石を指さした。
「この石を置いてある場所が今、俺達が居る場所。距離的には島の真ん中に位置しているみたいだ。それでこっちの南側が、集落があった場所で、俺達が見回りをした場所はここ」
集落がある場所にはその辺りに落ちていた葉っぱが置かれており、リアンとイトが見回りをした場所には数個の石と10枚以上の葉っぱが並べられていた。
リアンはこの地図と石達を使って何を話すつもりなのだろうかと、アイリス達も身体を前かがみにしながら集中して話しを聞いてみる。
「俺とイトは見回りした際にエディクさんが残した痕跡がないか、森付近も調べてみたんだよね」
「あまり深い場所には入っていませんが、出来る範囲では調べていました」
リアンの言葉に付け足すようにイトが頷きながら答えた。地図上に載せる葉っぱの数はリアンによって、少しずつ増えていく。
「よし、大体こんなものかな」
やるべきことを終えたのかリアンは手を軽く叩くように、付着した土を払いながら満足気にそう言った。
「それで、リアン……。この石と葉っぱが載せられた地図は一体、何を示しているんですか」
「これはね、俺達が通った道や知っている場所は葉っぱを置いているんだ。そして、目立つものや印象深いものは石を置いて表してみたんだ」
地図の上にはたくさんの石と葉っぱが置かれており、その中でも島の周囲を囲むように葉っぱがぐるりと円を描いて置かれている。それは恐らく、リアン達が見回りをした際に通った場所だからだろう。
「……」
アイリスは地図をよく見てみる。地図で確認すれば、意外と捜し歩いた範囲は広かったようだ。
「それならば、付け足しておこう」
アイリスの隣にいたクロイドがその辺りに落ちていた葉っぱを拾ってから、巨石を示す石の周りを囲むように置いていく。
「巨石の周辺は調べ終わったが、エディクさんに繋がるようなものは見つからなかった」
「そうか……。でも、改めて確認すると、島の半分くらいの範囲は調べ終わっているようだな」
アイリスとクロイドが捜し歩いた場所と、リアンとイトが見回りをしながら捜し歩いた場所を合わせれば、島の範囲の半分は確認し終わっているようだ。
「あ、そういえば……」
イトがその辺りに生えていた細い草を手に取ると、地図の上へと弧を描くようにそっと置いた。その場所は今、自分達が居る場所から少し北西辺りにあった。
「見回りの際に、見つけたのですがここから北西辺りに川が流れていましたよ。周辺に何か痕跡がないか捜してみましたが、私が見た範囲では見つけられませんでした。ですが……」
ふっとイトは顏を上げて、真面目な表情でアイリス達を見渡す。
「人は常に水を必要とする生き物です。もしかすると、森に入ったエディクさんは川沿いを歩いた可能性があるかもしれません」
「うーん……。それなら川沿いを調査するのは帰り道にした方がいいかもしれないわね」
「そうだな。とりあえず、今日はこの地図に印を付けていない場所を重点的に捜してみるか」
地図上でまだ自分達が足を踏み入れていない場所は北東の辺りと北西に位置している川沿い、そして集落に近い南側だ。
森の入口となる上に、集落に比較的に近い場所であるため、島の南側はあまり深く捜し歩いてはいなかった。帰り道に川沿いを歩いてから、南側も注意深く調べておいた方が良いだろう。
「よし、決まりだな!」
「まずは北東から、調べるんですね。……荷物はこの場所に置いておきますか?」
エディクの行方を捜すことに集中出来るため、リアンは気合が入っているようだ。イトも積極的のようなので、二人には自分達の任務を手伝ってもらっていることに感謝しかない。
「そうね。身軽の方が良いでしょうし……。それに今日は森の中で一晩を過ごすことになりそうだから、川の傍まで移動しておきたいのよね。水がある方が何かと便利だし」
自分達が今から調べに行こうとしている場所は北東だが、川が流れている場所は現在地から北西に位置している場所だ。荷物も目立つ場所に置いておいてから、北東に向かった方が歩きやすいだろう。
「魔具は念のために装備しておいてくれ。あと、水筒も持っておいた方が良いだろう」
クロイドの提案に三人は同時に頷き返す。木々によって大きな影が出来ているとは言え、喉は渇くものだ。必要最低限の荷物を持っておくべきだろう。
リアンとイトは背中に背負っていた荷物をアイリス達が木の根元に置いていた荷物の場所の隣へと置いてから、それぞれの武器を手に取る。
イトはベルトに長剣を差して、リアンは両手剣が収まっている鞘が繋いでいる革製のベルトを肩に斜めに掛けてから立ち上がった。
「よし、準備万端!」
「行きましょうか」
二人とも、やる気があるのはありがたいことだが、つい先ほど島の北側の見回りを終えて帰って来たばかりである。十分な休憩をしないまま歩いて大丈夫だろうか。
「今、戻って来たばかりでしょう? 少し、休んだら……」
「ううん。俺は平気。体力だけには自信があるからね!」
「私も大丈夫です。それに早く北東の範囲を調べなければ、すぐに夕方になってしまいますからね。夜の森はかなり深いので、無闇に移動すると危険ですし」
確かにイトの言う通りだろう。夜の森はかなり暗く、しかも獣道しかないため、歩くには危険だ。協力して早めに北東の範囲を調べ上げてから、一晩過ごす場所として川沿いへと向かった方がいいだろう。
アイリスも腰のベルトに長剣を差して、念のために魔力探知結晶を首から下げる。立ち上がったクロイドはすでに魔具である黒い手袋をはめていた。どうやら四人とも、準備が整っているようだ。
「それじゃあ、お互いに周囲に気を付けながら、出発しましょうか」
アイリス達は地図と方位磁石で北東への道を確認しながら、エディクを捜索するべく、再び歩き始めた。




