行き詰まり
巨石がある場所を拠点にアイリスとクロイドは周囲に何かエディクによる痕跡が残っていないか探し回った。
もしこの場所にエディクが来ていたならば、足跡だけでなく焚火の跡など、生活する上で残した痕跡が見つかるかもしれないと思ったからだ。
しかし、周囲は伸び放題の草が生えている以外には、鬱蒼と木々がどこまでも立ち並んでいるだけで、人間が残したような痕跡は一切見つけることは出来なかった。
念のためにクロイドの嗅覚にも頼って、自分達以外の匂いが周辺に残っていないか調べてもらったが、さすがにそれなりの月日が経っているため、匂いは残っていなかったようだ。
「……結局、エディクさんがこの場所に来たのか分からず、か」
あらかた周囲の痕跡を探し終わって、アイリス達は休憩を取るために木陰の中へと入った。クロイドが木にもたれつつ、小さく溜息を吐いている。
普段なら、探し物をする際に「魔力探知結晶」を使えば、一発で探し物が見つかるのだが、周辺には微塵も魔力を感じられなかったようで、全く使い物にならなかった。
エディクは教団に属しているため、魔法使いでもある。彼の魔力を魔力探知結晶で追うために、何度か試してみたが、やはり反応はなかった。
……もしくは、巨石と同じように魔力を察知出来ないようにエディクさん自身に魔法が施されているのかしら。
だが、魔物がいないこの島で魔力を察知出来ないようにしていても無意味では、という答えが自分の中で返って来る。
考えていても仕方がない。それでも考えなければエディクの足取りは掴めないままだ。
「……エディクさん、この島のどこにいるんだろうな」
「……」
ぽつりと零したクロイドの言葉が、日が傾きつつある空へと消えていく。
見つけたいのに見つけられない。何とももどかしい気持ちに、アイリスは唇を噛んでいた。
エディクは本当に森の奥へと入ったのだろうか、音信不通となった彼の身に何が起きたというのか。そればかりが頭を巡っては、自問自答を繰り返していく。
……本当に神様が居て、そしてエディクさんをここではないどこかへと連れて行ってしまったと言うの?
不確かなことに疑問を寄せても、答えが返って来るわけではないと分かっている。だが、エディクの痕跡を見つけられないことに焦りが混じり、見つけることは絶望的ではとさえ思えてしまうのだ。
「……大丈夫か、アイリス」
自分が悩ましい顔をしていることに気付いたクロイドが心配そうな表情をこちらに向けて来る。
「……一人の人間を見つけることがこんなにも難しいことだって思わなかったの。あなたの鋭い感覚と私の魔力探知結晶があれば、魔力を持っている人を探すことは容易いと思っていて……」
知らずのうちに自分達を過剰評価し過ぎていたのかもしれない。アイリスは右手で顔を覆いつつ、何度目か分からない溜息を吐く。
「でも、エディクさんの行方を捜せば捜す程、迷路に迷い込んだような気分になるわ。出口がない場所をずっと彷徨っている、そんな気分よ」
「……」
愚痴をこぼすのは性に合わないと分かっているが、あまりにも痕跡が見つけられない自分自身に呆れてしまう。だが、打開策を見つけられないまま、言葉だけを吐いても意味はないのだ。
「……森は広いから、ここではないどこかに痕跡が残っている可能性もあると思うけれど……見つけられるかしら」
イト達は定期船のこともあり、一週間の滞在となっているが、自分達は任務に割り当てられた日数ははっきりとは指定されていない。
島に滞在する期間が延びても、エディクに関することを捜したい気ではいるが、どのくらいの延長日数が許されるだろうか。
「まだ森の中を隅々まで見たわけじゃないからな。もう少し、諦めずに粘ってみよう」
「……そうね」
クロイドの励ましに、アイリスは困ったような表情で頷き返す。とりあえず、休憩を終えて、捜索の作業を再開するために、アイリスはもたれていた木から身体を起こした。
その時、アイリスとクロイドを呼ぶ声が遠くから響いてきたのである。
「──おーい、アイリス~! クロイド~!」
自分達の名前を呼ぶ、伸びる声の主は明らかにリアンだ。どうやら、島の北側の見回りを終えて戻って来たようだ。
「早かったな」
クロイドも意外だと思っているらしく、リアン達がいる方向から自分達の姿を見つけてもらうために、右手を空へと伸ばして軽く手を振る。
「ここだ」
周りは草が伸び切っているので、刈っていない草によって視界は狭まり、それぞれの身体が隠れてしまうのだ。
やはり、この場所も広範囲による草刈りをした方がいいと思うのだが、巨石がすぐ傍にある以上、積極的に草刈りをしてもいいものかと躊躇っていた。
「あ、居た」
イトよりも身長が高いリアンが、手を振るクロイドの姿を見つけたらしく、すぐに返事が返って来る。
しばらくすれば、草むらを手で分けるようにしながら、リアンとイトがアイリス達のもとへと戻って来た。
「二人とも、帰って来るのが早かったな。見回りはもう終わったのか?」
「ええ、無事に。……見回りしながら、エディクさんが残した痕跡がないか捜しましたが、残念ながら見つかりませんでした」
リアンの後ろに付いて来ていたイトが、少々申し訳なさそうに首を竦めながら答える。
「ううん、捜してくれてありがとう。あと、見回りお疲れ様」
「見回りの方は順調に終わりました。前年の報告書通り、やはりこの島には魔物が生息していないようですね」
「まぁ、だからこそ、この島には支部が置かれていないんだろうけど。ふぅ、疲れたぁ……」
リアンは木陰に入ると、鞘に収められている両手剣を木に立て掛けてから地面の上へと足を広げて座り込む。余程、疲れているのか、水筒に入っている水をあおる様に飲んでいた。
「ぶっはー……。……でも、魔物はいないと分かっていても、集中しながら歩くのって、中々体力が削がれるなぁ」
「小動物は生息しているようでしたね。大きい動物はいないようでした」
「そういえば、島の人達は森に棲んでいる動物は狩って、食べたりしないのかな? それだけでも、十分なたんぱく質になると思うけれど……」
「島には動物を飼っている人はいないようでしたね。放牧などの行いが根付いていないのかもしれないので、恐らく森に棲んでいるのは野生の動物でしょう」
「あ、もしくは神聖な森に棲んでいる動物は狩って、食べたら駄目だって決まっているのかもね」
「ああ、それも有り得そうですね」
イトも喉が渇いていたらしく、リアンと話しつつも水筒の蓋を開けてから、斜めに傾けながら数回に渡って、水を飲んでいた。
一時期とは言え、不慣れな森の中で離れて行動していたため、二人の身を心配していたがどうやら何ともなさそうだ。アイリスはリアン達に気付かれないようにこっそりと安堵の溜息を吐いた。




