謎の環状
「調査をするにしても、まずは草刈りが先だろうな」
クロイドが溜息交じりに周りを見渡す。アイリス達が立っている場所から巨石が佇んでいる場所までそれほど距離はないにも関わらず、草が伸び切っているため、近づくだけでも手間がかかりそうだ。
「さすがに広範囲の草を刈る暇はないから、巨石の周りだけも刈っておいた方がいいかもしれないわね」
「そうだな」
それまではイト達が率先して草刈りをしてくれていたが、今度はアイリスがする番だと、背中に背負っていた剣を包んでいた布を剥ぎ取ってから、刃を抜く。
クロイドに自分の周りに近づかないようにと注意を促してから、アイリスは早速、草刈りを開始した。
さっと剣を横に一振りすれば、身長ほどに高い草は一瞬にして、ばらばらになり足元へと落ちて来た。その作業に何とも言えない快感のようなものを感じたアイリスは、先程イトとリアンが草刈りを代わらなくて良いと言っていた意味が分かる気がした。
草を刈るたびに、少しずつ視界が開いていく。
巨石がある場所まであと少しだと思っていたが、伸び放題だった草は突然目の前からふっと消えたのだ。
「え?」
辿り着いた巨石が佇む場所の周りは伸びている草が無いほどに広々としていた。おかしいと思ったのは自分だけでなく、クロイドも同じだったようだ。
視界が開けたことは良いことであるにも関わらず、その開け方があまりにも突然で、そして不自然な点が多く見られたからだ。
「どういうことだ……」
視界に入って来たのは、なぎ倒されるように地面の上に折り重なっている草達だった。草は巨石の周りに円を描くように倒れており、まるで何かに踏み固められたように見えた。
「何、これ……」
アイリスは一歩ずつ巨石に向けて近づいて行く。巨石は白いが、それでも上部分にはところどころ深い緑色の苔が生えていた。
野晒しとなったものが、月日が経ったことで、苔が生えて来ることは理解出来る。だが、周りに踏み固められるように倒れている草と同じで疑問の点が一つ、見えてしまったのだ。
巨石の根本となる部分には苔が全く生えておらず、それどころかところどころ擦り切れたような跡が見受けられたからだ。
まるで、この巨石の根本が一度、この場から離れたようにも思えて、アイリス達は頭に疑問を浮かべたまま巨石へと近づいて行く。
「……クロイド、何か気配は感じるかしら」
アイリスは巨石から視線を逸らさないまま、クロイドに訊ねてみる。
だが、クロイドからすぐに返事が返って来ることは無かったため、それを不思議に思ったアイリスがクロイドの方へと振り向くと彼は悩ましいことを考えているような表情で、巨石を睨むように見ていた。
「クロイド?」
「……分からない」
「え?」
「何も、分からないんだ。この巨石がどこかおかしいことは分かっている。何かがあると分かっているのにそれでも……。何も感じ取れないんだ」
悔しがるようにクロイドはそう吐き捨てる。そして、一歩近づいて、巨石へと手を伸ばした。
「クロイド、危ないわ」
「だが、調べるためには触れてみないと……」
そう言ってクロイドは巨石へと近付き、右手で撫でるように触れる。
しかし、クロイドが巨石へと触れた瞬間、予想していなかったことが目の前で起きたのだ。巨石は彼の手を大きな音を立てながら跳ね返したのである。
「っ!?」
「クロイドっ!」
突然のことに驚きを隠せないクロイドの手をアイリスはすぐさま触れて、状態が無事かどうかを確かめる。
「大丈夫? どこか痛むの?」
クロイドの右手は熱を帯びたまま、少々赤くなっていた。その手をさすりつつ、アイリスが心配するように見上げると、彼の眉は大きく中央に寄せられており、その視線は真っすぐと巨石に向けられていた。
「いや、大丈夫だ。放っておけば元に戻るくらいの痛みだ」
「でも……」
アイリスが言葉を紡ぐ前に、クロイドの左手の人差し指が自身の唇に触れられたことで、それ以上の言葉を続けることが出来なくなる。
「心配はありがたいが、今の出来事で分かったことがある」
「……本当に痛みを我慢したりはしていないのね?」
「ああ」
「……それで、何が分かったの」
アイリスはそれ以上、クロイドの心配をすることを断念してから、彼の右手から自身の手を離す。それと同時にクロイドも左手の人差し指をアイリスから離した。
「この石に触れた時、跳ね返されたがその瞬間に魔力を感じたんだ」
「魔力を?」
「推測でしかないが、この石には魔力が込められているようだ。だが、触れなければ外からだと全く感じ取ることは出来ない。……つまり、魔力を察知出来ないように施されているのかもしれない」
「この巨石には魔法がかけられているということ?」
アイリスが訝しげに訊ねるとクロイドは確信が持てない表情のまま曖昧に頷き返す。
「触れたものを跳ね返す魔法と言えば、防御魔法の中にいくつかあったはずだ。もしかすると、防御魔法のどれかがこの巨石を守るようにかけられているのかもしれないな」
クロイドは瞳を細めて、巨石全体を見渡すように端から端へと視線を向けては何かを探す仕草をする。
「しかも、直接触れなければ、魔力が察知出来ないようになっているならば、この魔法を施した使い手は中々厄介そうだな」
「……高度な魔法が使える魔法使いの可能性があるってことね」
「そういうことだ」
仮にクロイドが言っている推測が正しかったとして、巨石を守るように防御の魔法を施した魔法使いは一体どのような目的があって、巨石を守ろうとしているのだろうか。
「防御魔法をかけているということは、この巨石に何かしらの意味があるからよね。……触れられたくはない理由でもあるのかしら」
アイリスは巨石から離れた場所に荷物を一旦下ろして、巨石に触れないように注意しながら周囲を歩いてみる。
やはり、巨石の根本には苔が生えておらず、それどころかひびが入っている部分さえ見受けられた。
……どうして動かないはずの巨石にひびが入っているのかしら。
長年、野晒しでこの場所に佇んでいるため、時間の経過によってひびが入ったのだろうか。
もう一度、周りを見渡せば、巨石の周囲は何かに強く踏みつけられたように半分、土に埋まっている草ばかりだ。
……もし、この巨石に魔法がかけられているとして、その魔法をかけた誰かが草を踏み固めて行ったのかしら。
だが、巨石の周りに草が伸び切っているため、誰かが道を通って来たなら同じように踏み固められているはずだ。そう思って見渡しても、アイリス達が通った道以外に、獣道の痕跡さえ見られなかった。
……何かおかしいわね。
だが、おかしいと思えても、現状を判断するための材料があまりにも少なすぎる。この奇妙な場所と巨石は一体何なのか、自分が持っている知識だけでは答えを見つけることは出来なかった。




