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昼食

 

 昼食を食べつつ、昼からはどうするかを話し合うためにアイリスは地図を芝生の上へと広げ始める。すると、隣に腰を落ち着けたクロイドがアイリスの手元の地図を覗き込むように近付いて来た。


「……単純に距離と時間による計算からすれば、今はこの辺りの位置だろうな」


 クロイドがすっと指差した場所が気になるのか、食事に夢中だったリアンとイトも地図を覗き込んでくる。


「あと少しで島の半分ってところか」


 地図を覗き込みつつも、昼食を摂る手は止めないようで、リアンはもぐもぐと芋と卵を混ぜて焼いた料理を食べながら、納得するように何度か頷く。


「今のところ、森の中を迷っている感覚はないですが、やはり神が祀られている場所まで行ってみないと分からないでしょうね」


「まあ、神が祀られている場所がどんな場所なのかも、よく分かっていないけれどな……」


 クロイドの言う通り、森の奥には神が祀られている場所があるらしいが、それでも祀られている場所を知っている島人は全くいないため、一番重要な情報であるにも関わらず、聞き込みをしても期待するような成果は得られなかった。


 自分達が目指している場所がどのようなところなのかも分からないまま進んでいる状態が続いているが、本当に神が祀られている場所がこの先にあるのだろうかとさえ思ってしまう。


「でも、色々考えても仕方がないし、悩むより一歩でも先に進んで、実際に自分の目で見た方が早いだろうよ」


 残っていた一欠けらをごくりと飲み込んで、リアンは太陽のように明るく笑う。


「大丈夫! 俺とイトもいるし、色々手伝うから!」


 にっこりと笑っているリアンを見て、彼の隣に座っているイトはどこか呆れたように深い溜息を吐く。


「……リアン、お二人の手伝いをしたいという気持ちは分かりますが、私達に任せられた任務として島の北側の見回りが残っていることもちゃんと頭に入れておいて下さいね」


「もちろん!」


「……」


 笑顔で答えるリアンをイトはどこか胡散臭そうな瞳で見ている。ここ数日で分かったことだが、リアンは一つのことに集中していると、それ以外に気を向けることを忘れてしまう性質(たち)らしい。


 ちらりと黙ったままのクロイドの方へと視線を向けると、彼は昼食を摂りながら真剣な眼差しで地図をじっと見つめては、指先で足跡を辿るように地図の上を歩かせて、距離を測っているようだ。

 恐らく、距離からどのくらいの時間があれば目的地となる場所に行けるのか計算しているのだろう。


「……神様って、一体どこにいるのかしら」


「……よく言うだろう。それぞれ、人の心の中だって」


 計算が終わったのか、クロイドが顔を上げて、少し困ったような表情で答える。


「見えないのに信じるって、何だか不思議な感覚だわ」


「それなら、人との絆だって同じようなものだろう。どちらかが一方的に想っていることだってよくある話だ」


「あら、私はあなたとの絆はしっかりと見えているわよ? こうやって、隣にいるだけで十分じゃないかしら」


 アイリスがそう答えるとクロイドは目を見開き、そして数度瞬かせてから、小さく息を吐いた。


「……君もそういう事をさらりと言う癖を直した方がいいぞ」


「え?」


「後ろを見てみろ」


 クロイドに言われた通りにアイリスが後ろを振り返ると、そこには目を見開いたまま固まっているイトと、手に持っていたはずの昼食を膝の上へと落としたリアンがいた。

 そこでアイリスは同じ場所にイト達が居たことを思い出し、自分がうっかり呟いてしまった言葉に対して赤面し始める。


「あっ……。えっと……」


 狼狽しながら、2人に聞かれてしまった言葉の意味について、どのように説明しようかと迷っているうちに、隣のイトが物凄く真面目な表情で数度頷き返してきた。


「なるほど、理解しました」


「何をよ!」


「いえ、アイリスさん達の仲が良いのは重々承知していたのですが、まさかそういう関係だったとは……」


 イトは昼食を食べる手を一時的に止めて、感慨深そうにアイリスとクロイドを交互に見やっては頷いている。

 クロイドの方はというと、気まずそうに頭を掻いているが、それでも満更でもないらしく、頬を少し緩めながら、赤面しているアイリスを見ていた。


「まあ、そういうことだ」


「ちょっと、クロイド!」


 イトとクロイドの間ではその言葉だけで意思疎通が出来ているらしい。クロイドの返事に対して、イトは納得するように真顔で頷き返している。


「えっ、えっ? どういうこと?」


 その一方で、リアンの方はというとアイリスがクロイドに対して言った言葉の意味が理解出来ていないらしく、首を傾げながら、迫るような表情で一歩近寄って来る。


「先程の言葉の意味が分からないとは……。リアンもまだまだお子様ですね」


「辛辣!」


 わざとらしく肩を竦めるイトは教える気はないらしく、再び昼食を食べる手を進め始めた。しかし、納得がいかないリアンはアイリスとクロイドを交互に見やって、どういう意味かと瞳で訊ねて来る。


「えっと、その……」


 アイリスがどう答えようかと困っている時だ。

 リアンの口が突然、野菜で包まれている魚料理によって塞がれたのである。


「ふごっ……」


 助け船を出してくれたのは、イトだ。イトが問答無用で料理をリアンの口の中へと詰め込もうとしていた。


「はい、そこまで。さっさと昼食を食べて下さい。時間は限られていますし、この後もたくさん歩くんですからね」


「んぐぅ……」


 一度口に入れたものは絶対に飲み込みたいらしく、リアンは無理矢理に押し込まれた料理を食べようともぐもぐと口を動かし始める。


 リアンが料理を自分で手に取って食べ始めた事を確認するとイトはリアンに向けて突っ込んでいた手をそっと離してから、呆れたような長い溜息を吐く。

 そして、アイリスにだけ聞こえるようにこっそりと耳打ちしてきた。


「……リアンは一つのことに集中するとすぐに他のことを忘れてしまうので、暫くは大丈夫でしょう」


「ありがとう、イト……」


「いえ」


 どうやらイトに気遣われたようだ。


 確かにこのままリアンに詰め寄られれば、自分とクロイドが仕事上の相棒でもあり、恋人関係でもあることも伝えなければならなかっただろう。

 別に隠しているわけではないが、わざわざそのように伝えるのは気恥ずかしいのだ。


「んぐぐ……。ふぐっ……」


「食べながら、喋らないで下さい」


 リアンが何か言葉を発しようとしていたが、イトによってすぐさま注意されてしまう。リアンはすでに頭の中は料理のことでいっぱいになっているらしく、食べることに集中しているようだ。


 話題が逸れたことで、アイリスは安堵しつつ、再び昼食に手を付け始める。


 ちらりとクロイドの方に視線を向けると、彼はリスのように口いっぱいに料理を頬張って食べているリアンを見て、口元を隠しながら苦笑していた。


 だが、視線が一瞬だけアイリスの方へと向けられたため、数秒間だけ見つめ合うことになってしまう。


「っ……」


 お互いの視線が重なったクロイドは瞳を穏やかに細め、そして口元を緩めて笑いかけてきたため、アイリスは紅潮しそうになる頬を見られないようにと、すぐに視線を外す。


 ……本当、こういう時、すぐにからかうんだから。


 つい言葉を零してしまった自分が一番悪いと分かっているが、それでも照れずにはいられないものだ。

 恥ずかしさによって顔が緩みそうになっていたアイリスは昼食を食べる間、仕方なくクロイドにそっぽを向いたまま過ごすしかなかった。

   

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