草刈り
森の中に入ってどのくらいの時間が過ぎただろうか。暑い時期とは言え、背の高い木々によって足元には大きな日陰が出来ていることもあってか、それほど暑さを感じないままアイリス達は進んでいた。
野道を歩くことに慣れていても、名前の分からぬ背丈の低い緑の茂みが多い森の中では、足元に注意していなければ、すぐに木の根本に足を引っかけてしまうことが多々あった。
それでも、4人はそれぞれが運動神経が良いため、足が木の根元に引っかかることはあっても、すぐに体勢を立て直し、転ぶことなく順調に進んでいた。
「それにしても、ここまで緑が深い場所に来るのは初めてだな」
いつの間にか隣を歩いていたクロイドが左右と前方を見渡しては、感心か呆れか分からない溜息を吐く。
「そうね……。念のために長袖を着ていて良かったわ。半袖なんか着ていたら、草木でかぶれそうだもの」
4人が通っている道は、道らしい道ではなく、動物が通った跡だと思われる獣道だ。しかも、森の奥には島人達は訪れないため、草が伸び放題な場所もところどころ見受けられた。
だが、ちらりと前方を見やると、リアンとイトがそれぞれの武器を手にして、まるで鎌で草を刈るように伸び切った草達を遠慮なく薙ぎ払いながら進んでいる。
今はそれぞれの任務事情を知っている4人しかその場にいないので、剣を持っていても驚く人も咎める人もいない。そのため、リアンとイトは率先して、草刈りをしながら前へと進んでいた。
「魔法で一気に広範囲の草を刈ることが出来たら楽なんだけれどなぁ~」
「リアンの場合、立っている木々まで倒しそうなので狭い場所での魔法は禁止です。私達だって巻き込まれかねませんからね」
「分かっているよ」
それでも、二人は大剣と長剣に風の魔法を纏っているらしく、剣を一振りして草に触れるだけで、一瞬にして伸び放題だった草は膝下までの高さになっていく。
「2人とも、ありがとう。そろそろ、先頭を歩く順番を変わりましょうか?」
アイリスが背中越しにリアンとイトに訊ねると、彼らは剣を横に薙ぎつつ、返事を返してくる。
「いえ、そこまで重労働ではないので大丈夫ですよ」
「それに草を一掃する作業って、結構楽しいし」
どうやらリアンの方は半分、遊び感覚で草を刈っているらしい。確かに草を刈る機会なんて多くはないだろうが、それにしてはリアンはかなり楽しんでいるようだ。
「何て言うんだろう……。爽快感があって、無双している気分になる」
「そ、そう……」
楽しそうに笑いながらリアンがそう言ったため、アイリスはそれ以上交代を申し出ることは止めておいた。人の楽しみを無理してまで取り上げようとは思わないので一旦は引いておき、2人が疲れた時に再び申し出ればいいだろう。
「……方角的にはこっちで合っているはずだが、何せ目印らしい目印が見えないまま手探りで歩いている状態だからな……」
クロイドがリッカから借りて来た方位磁石で方角を確認しつつ、唸るように溜息を吐く。
「このまま、島の北側に出ないといいけれど……。……何か感じる?」
「いや、何も。小動物の気配はたまに感じるが、俺達が音を立てるだけで逃げていくみたいだ」
クロイドは感覚が優れているため、周りに木々しか立っていなくても、その中から匂いと音を抜き出しているようだ。
アイリスは小さく溜息を吐きつつ、再び前方を見る。リアン達が二人がかりで草を刈っているが、それでも草が刈られる前の獣道には人が通ったような形跡は見受けられない。
この道ではない別の道から通った可能性もあるため、落ち込むにはまだ早いだろう。
「──あ」
すると、先を進んでいたリアンが小さな声を上げて、立ち止まる。
「どうしたの?」
「いや、もう少し先に進んだ場所に開けた場所があるみたいなんだ」
ほら、と言ってリアンが指差した方向に視線を向けると、それまでは木々によって狭まっていた視界の奥に太陽の光が地面へと降り注ぐ場所が見えた。
「お腹の空き具合としても、そろそろお昼だと思うし、あの場所で一度、休憩を取らないか?」
「確かにここまでは歩きっぱなしでしたからね」
「そうね、それが良いと思うわ」
リアンの提案に他の3人も同時に頷き合う。
そのまま、足を進めればリアンが言っていた通りの開けた場所へと出た。部屋一つ分くらいの場所を囲むように木々が周りを囲んでいる。
何かの跡地なのか、その場所には何もなかったため、今まで鬱蒼とした森の中を歩いてきた身としては、この開けている場所がどこか不自然にも思えた。
それでもアイリス以外の3人はあまり気にしていないようなので、自分の気にしすぎかととりあえず忘れることにする。
剣を鎌代わりに使っていたリアンとイトは腰に差している鞘へと剣を収めてから、芝生のようになっている草達の上へと腰掛ける。
「ふぅー……。思ったよりも歩いたなぁ。せめて、島の半分くらいの場所まで来ているといいけれど」
「それなら、私達は噂の迷える森の中にすでに入っていることになっていますよ」
「え、俺達、迷っているのか?」
「……あなたと会話をすると頭が痛くなりそうです」
盛大に溜息を吐いて、悩ましい表情をしているイトの隣にアイリスは苦笑しながら腰掛ける。
「とりあえず、昼食にしましょうか。リッカがせっかく作ってくれたものだから、傷んでしまう前に食べないと」
「そうだな」
アイリスは自身が背負って来ていた荷物の中から、細く切った木を編み込んで作られた箱のような物を取り出して蓋を開ける。
「んー……。冷めているのに良い匂いだな」
食べる前からすでにリアンは食べた後のことを考えているのか涎が出そうな表情で、昼食が取り出されるのを今かと待っている。
リッカが作ってくれた昼食を布の上へと広げてから、取り出した料理を一つずつ配っていく。
どんな時でも食べやすいようにとリッカによって工夫が施されており、更に手が汚れないようにと、一つひとつ丁寧に包み紙によって包まれていた。
「それじゃあ、いただきますっ!」
「いただきます」
リアンは我慢出来なかったのか、配られた料理に、一番に手を伸ばして、さっそく包み紙を剥がしてから食べ始める。
アイリスも魚料理か芋料理、どちらから食べようかと迷ったあげく、魚料理の方から食べることにした。
リッカが作ってくれた料理を一口、食べればあっという間に口いっぱいに魚の旨味が広がっていく。
味付けした魚を野菜で包んで蒸したものだと言っていたが、魚の味が野菜にも染み込んでおり、互いに美味しさを協調し合っていた。
……程よい塩分が、疲れに効くわね……。
そういうことも考慮して作られているとすれば、リッカの気遣いは大したものだろう。色々と彼女を見習わなければと思いつつ、アイリスは昼食を食べる手を進めた。




