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出発

 

 翌朝、一番に起きたのは昨夜遅くまで起きていたはずのリッカだった。

 朝食を作るためにわざわざ早起きしてくれたらしく、アイリス達が揃って起きて来た頃にはすでに食事をする台の上には食欲がそそられる朝食が並べられていた。


 魚を煮込んだものと、野菜のスープ、そして卵をトマトと一緒に炒めたものが用意されており、朝から一人でこの人数分の朝食を作ってくれたリッカには感謝しかない。


「おお、美味しそう……。わざわざ、早起きしてもらって悪いな、リッカ」


 リアンが涎を垂らしてしまいそうな表情で椅子の上に座って、どの料理から手を付けようかと悩んでいるようだ。


「いいえ。私は食事を用意するくらいしか出来ませんから。温かいうちにどうぞ召し上がって下さい。まだライカはぐっすり寝ていますが、いつ起きて来るか分かりませんし」


「あ、そうだったね。それじゃあ、さっそくいただきまーすっ!」


「いただきます」


 リアンの抑え気味の掛け声に合わせて、アイリス達も用意された朝食に手を付け始める。出来立ての朝食は胃に優しい味付けとなっており、口に含めるたびに安堵の溜息が出そうだった。


「あ、忘れるところでした」


 リッカはすぐに調理場の方へと振り返り、そして何か布の包みを手にすると、それを台の上へとそっと載せた。


「あの、これ……勝手にですが、昼食も作っておいたんです。もし宜しければ、皆さんで召し上がって下さい」


「え、昼食も?」


 アイリスが食事を進める手を止めてから、思わずリッカを見ると彼女は穏やかな笑みを浮かべて頷き返した。


「味を付けた魚を野菜の菜っ葉で包み込んで蒸したものです。あとはすり潰した芋と卵を混ぜて形作ったものを油で焼いてみました」


 布の包みの中には二種類の料理が入っているらしく、まさか昼食まで用意されているとは思っていなかったアイリス達は目を丸くしたままリッカを見つめる。


 リッカの表情には疲れなどは一切見られず、むしろ楽しさが溢れ出るように満面の笑みを浮かべたままだ。


「……ありがとうございます、リッカ」


 最初にお礼を口にしたのは意外にもイトだった。彼女はお礼を言いつつ、リッカに向けて頭を深く下げている。


「朝食だけでなく、昼食まで用意して頂き、なんとお礼を言えばいいか……」


「い、いえっ! どうか気にしないで下さい。私が皆さんに食べて貰いたくて、作っただけなので」


 リッカは頬を赤らめながら、気恥ずかしそうに右手を横に振った。


「どちらも日持ちしないものなので、今日中に食べることをお勧めします。あ、それと森に流れている川の水は綺麗だとは思いますが、そのまま飲むとお腹を壊す可能性があるので、一度沸騰させたものを飲むようにして下さい。それと、この水筒には飲み水を入れておきましたので……」


 リッカは人数分の木製の水筒まで用意してくれていたらしい。確かに暑い中をずっと歩くには手軽に水分補給が出来るものが必要だと思っていたので、水筒が用意されているのはかなり助かる。


「何から何まで用意してもらって、申し訳ないな……」


「森は広いですからね。行くからには念には念を入れて、用意しておいた方がいいと思いまして」


 リッカはそう言うものの、本心ではアイリス達に森に入って欲しくはないのだろう。

 そんな気配を感じながら、アイリスは色々と気遣ってくれるリッカに心の中でお礼を繰り返しつつ、食事を進める手を早めた。




・・・・・・・・・・・・・・・



 必要なものを確認し、荷物も整理し終えたアイリス達4人はライカが起きる前にスウェン家を出発することにした。

 見送りはしなくても良いと言ったのだが、リッカは結局、森の入口までアイリス達に付いて来ていた。


 アイリス達の首にはリッカによって作られたお守りが下げられている。彼女の気遣いには感服するばかりだ。

 案の定、お守りを貰ったリアンは嬉しさではしゃぎそうになっていたため、それを戒めるためにイトによって何度目か分からない肘鉄を貰っていたが。


「ここまで、ありがとう、リッカ。……ライカには悪いけれど、上手く言っておいてくれるかしら」


「はい、お任せを」


 森に入る前にそれぞれの荷物を背負ったアイリス達は一列に並んでリッカの方へと振り返る。


「それじゃあ、行って来るよ」


「皆さん、どうかお気をつけて」


 リッカの言葉にアイリス達は深く頷き返してから、森の方へを踵を返す。

 今の時間、早朝とは言っても夏場であるため、すでに空は明るくなっているので、森の中に続いている道ははっきりと見える。


 先に足を進めたのはリアンだ。森の中が興味深いのか、きょろきょろと見渡しながら先頭を進み始める。その次にイトが続き、クロイドも前へと進んでいったため、最後尾になったアイリスは三人の背中を見るようにしながら歩き始めた。


「……」


 何となく、視線が感じられたアイリスは歩きながら、ふっと背後を振り返ってみる。そこにはアイリス達を心配そうな表情で見つめ続けているリッカがいた。

 リッカの視線が少しずつ、遠いものとなっていく。


 ……大丈夫。私達は、戻って来るわ。


 迷える森には神隠しによって人を攫う神が住んでいると言われている。リッカの両親も神隠しによって、行方が分からなくなってしまったため、森の奥を調査しに行く自分達までいなくなってしまわないか心配なのだろう。


 足を進めれば、木々によってリッカの姿はやがて見えなくなってしまう。それでも、最後に見えた彼女の表情はそれまでの明るさが無くなってしまったように悲しいものとなっていた。


    


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