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守り鈴

 

「……私、小さい頃は兄か姉が欲しかったんです」


 ランプの灯りをじっと見つめながら、リッカはどこか懐かしそうに呟く。


「あ、もちろん、ライカのことは大好きですよ。可愛いし、私の大事な弟です。でも……」


 すっと目を細めて、リッカはランプの炎の先に何かを映して見ているようだった。


「頼れる誰かが欲しいって、たまに思うんです」


「……」


「姉として真っすぐ立たなきゃ、ライカには示しがつかないと思っているのですが、やっぱり……頼れる人が近くにいないのはちょっぴり怖いです」


 そう言って、リッカはどこか自嘲気味に笑ったのだ。


 ……私はブレアさんが保護者になってくれたし、頼れる人は他にもいたけれど、リッカ達は……。


 リッカ達姉弟はたった二人きりで、この先も生きて行かなければならないのだ。未来がどうなるか分からないまま日々を生きるのは不安に違いない。


「それでも、やっぱり頼られる良い姉でいたいと思ってしまうんですよねぇ」


 自嘲的な笑みから、ふっと穏やかなものへと変えて、リッカは微笑んだ。


「……あなたは良いお姉さんだと思うわ。ライカのことを良く見ているし、気配りも上手いし」


「そうでしょうか?」


「ええ。……でも、私は……あなたみたいにしっかり者で優しい妹がいれば良いのに、と思えるくらいに良いお姉さんよ」


「……」


 アイリスの言葉にリッカは目を瞬かせ、そしてゆっくりと目元と口を緩めた。


「ふふっ……。ありがとうございます。私もアイリスさんみたいなお姉さん、欲しかったです」


「あら……」


 二人で顔を見合わせて、そして寝ている者達に聞こえないように小さく笑い合った。ひとしきり笑ったあと、リッカが落ちついたのか、小さな溜息を一つ零す。


「はー……。こんな話を誰かに話したのは初めてです。すっきりしました」


 リッカは目元をさっと手の甲で拭ってから、アイリスの方へと身体の向きを変える。


「話を聞いて下さり、ありがとうございました」


「……ただ、聞いただけよ。特に大したことを言ったわけでもないし」


「いえ、聞いて下さる方がいるだけで、十分に救われるものですよ」


 にこりと笑って、リッカは台の上に広げられている裁縫道具へと視線を向ける。そして、何かを作っていたのか、指先に乗る程の小さな布製の小物を手に取った。


「本当は明日お渡しするつもりだったんですが、アイリスさんだけに、先にお渡ししておきますね」


「え?」


 そう言って手渡されたのは深い赤色の布で作られた小袋だった。手に載せられた瞬間、小袋から微かな音が響く。


 大きさは親指よりも小さく、形は三角錐となっており、その先には首飾りにするのか長い紐が付けられていた。その紐もただの紐ではないようで、細い糸を編み込むようにしながら作られた芸術品のようなものだった。


「これは?」


「守り鈴と呼ばれているお守りで、小袋の中に鈴が入っているんです。この島に伝わる風習の一つで、子どもが7歳になるまでお守りとして首から下げておくんですよ」


 そう言って、リッカは服の中にしまっていたのか、首に下げられている同じ三角錐の小袋を取り出して、アイリスに見せて来る。


「母親が着ていた古着を使って、生まれた子どもに最初に作るものなんです。だからまぁ……私にとって、このお守りは形見みたいなものでして、この歳になっても下げたままにしているんです」


 そう言って、リッカはどこか困ったように笑みを浮かべて、見せてくれたお守りを再び服の中へと戻した。

 リッカは平然としているが、それでもアイリスの心が大きく揺らいだことを彼女は気付いていないだろう。


「この守り鈴があれば、悪い事を跳ね返してくれると言われています。あくまで風習なので、気休め程度にしかならないかもしれませんが、皆さんにお渡ししておきたくって……」


「だから、一人で人数分のお守りを作ってくれたの?」


 アイリスがそう訊ねるとリッカは気恥ずかしそうに首を竦めつつ、歳相応にはにかんでくれた。


「年上の人達にお守りを渡すなんて、ちょっと子どもっぽいですよね……」


「ううん、そんなことないわ」


 アイリスはお守りを持っていない方の手をリッカの手の上へとそっと重ねる。


「だって、このお守りはリッカの優しい気持ちが具現化したものでしょう? 気遣ってくれて、凄く嬉しいわ」


 にこりと微笑みながらアイリスがお礼を言うと、リッカは更に頬を赤く染めて、そして嬉しそうに破顔した。


「そう言って頂けて、嬉しい限りです。……でも、お守りの効果は期待しないで下さいね? ただ気持ちを込めて作っただけのものなので……」


 申し訳なさそうにリッカはそう言っているが、人の気持ちが込められているだけで、十分に勇気づけられるものだとアイリスは知っている。


「ありがとう、リッカ」


「いいえ。……あ。すみません、つい話し込んでしまいましたね。明日の出発、早いのに……」


「ううん、リッカと話せて楽しかったわ。……でも明日は体力が必要になるから、もう休まないといけないわね」


「……明日、皆さんがいないとなると、ライカが不貞腐れてしまいそうです。あの子、皆さんのこと、凄く好きみたいで……」


「ふふっ……。それは嬉しいけれど、少しだけ申し訳ないわね」


 アイリスがくすりと笑うとリッカもそれにつられて小さく苦笑を返してくる。


 リッカには森に行くと伝えているが、ライカには何も伝えていない。明日、森へ出発することをリッカに伝えた際に、ライカにも伝えようとしていたところ、リッカから止められたのだ。


 その理由としては、アイリス達が森に行くと聞けば、ライカが付いていくと言い張るに違いないとリッカが言ったためである。なので、ライカには悪いが彼が起きる前の早朝にアイリス達はスウェン家を出発することに決めたのである。


「出来るだけ用事を早く済ませて帰って来るわ」


「あ、無理しないで下さいね? ……森の中は似たような道ばかりなので、迷子になってしまっては大変ですから」


「ええ、注意しながら進むわ」


 リッカに対して頷きつつ、アイリスはすっと立ち上がる。


「それじゃあ、私は先に休ませてもらうけれど……」


「私はもう少し起きているので、どうぞお気になさらず。カップは流し台のところに置いておいて下さい。洗い物する時に後でまとめて洗うので。……お休みなさい、アイリスさん」


 どうやらリッカは残りのお守りを仕上げるために、まだ起きたままでいるようだ。


「お休みなさい。あなたも疲れないうちに休んでね」


「はい」


 カップを流し台のところに置いてから、アイリスはリッカに背を向けて、部屋に向かって歩き出す。


「……」


 手の中にあるお守りが揺れたのか、澄んだ音が小さく響く。とても丁寧に作られているお守りを優しく包み込み、アイリスは一つ深い呼吸をしてから、寝るために部屋の中へと戻った。


   

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