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注射

 

 暫くの間、アイリス達5人の間に沈黙が流れる。それを壊すようにかなり深い溜息を吐いたのは当事者であるリッカだった。


「……良かった」


 ぼそりと呟きつつ、リッカは揺れそうになる身体を支えるために左手を大きな台へと添えてから、もう一度溜息を吐く。


「……何というか、随分と心配性な医者だな」


 それまで黙っていたクロイドが、去っていったセプスによって閉じられた扉を見つめつつ、どこか呆れたように呟く。


「そう、ですね……。ちょっと、いえ……かなり心配性なお医者さんでして」


 どこか疲れ切ったような表情でリッカは薄く笑うが、それでもその表情の裏には危機が去ったと思わせるような安堵感があった。


「すみません、皆さんに何だか……助けてもらってしまって」


「いや、それは別に構わないんだけれど……」


「私もリッカが拒んでいるように見えたので、つい反論してしまいましたが、追い返して良かったのでしょうか」


 イトの表情は元の無表情へと戻っており、リッカに対して申し訳なく思っているのか小さく首を傾げて訊ねていた。


「……ええ、良かったんです。むしろ、往診を受けずに済んでほっとしています」


 気苦労を隠すように、リッカは穏やかな笑みを表情に映す。


「実は、ちょっと……。注射が苦手になってしまいまして」


「注射が?」


「あー……。でも、その気持ち、分かるかも。俺も小さい頃は身体にとって大事な注射でも、凄く怖く見えたから……」


 リアンが腕を組んでリッカに同意するように何度も頷くと、彼の隣へと戻って来たイトが呆れたような表情を浮かべて鼻を鳴らしていた。


「そう言って、先日の健康診断の際、採血する時に注射を怖がっていたのはどこの誰ですか」


「うっ……。男女別だったのに、何でイトが知っているんだよ……」


「さて、どうしてでしょう」


 リアンが恥ずかしそうに頬を赤らめると、イトは満足げな表情で、口角を少しだけ上げているように見えた。


「子どもっぽい理由で先生の往診を断るのは申し訳なく思ったのですが……。でも、私もライカも今のところは健康なので、もう栄養剤を投与されなくても大丈夫だと思いまして」


「まあ、自分の身体の具合を自覚するのは結局、自分しかいないもの。あなたが受けたくないのなら、無理してまで往診を受ける必要はないと思うわ」


 アイリスがリッカを肯定する言葉をかけると、彼女はそう言ってもらえて良かったと言わんばかりに再び安堵の表情を浮かべてから頷いていた。


「ありがとうございます……」


 リッカは胸を撫でおろしつつ、もう一度深い息を吐いていた。


「ですが、先程の医者は……」


 セプスが去っていった扉を見ながらイトが一言呟くが、すぐに口を噤んでしまう。


「いえ、何でもないです。それよりも、リッカに先程の話をしないと」


 イトは呟いた言葉の意味を誰かに訊ねられるよりも前に、さっと話題を変えて、リッカの方へと振り向く。


「え? 何でしょうか?」


 途端に話題の矛先が向けられたリッカはきょとんとした表情で瞳を瞬かせる。

 リッカに話をするのは任務を任されている自分達が進めた方がいいだろうとアイリスが一歩前へと出て、さっそく先程4人で話し合った内容を伝えることにした。


「リッカ、昨日の夜に話したことを覚えているかしら。……私達がエディク・サラマンさんをこの島に捜しに来たことを」


「あ……。はい、覚えていますが……」


「その件で、私達……。明日の早朝に森に入って、エディクさんの行方を捜してみようと思うの」


「っ!」


 一瞬にして、リッカの表情が青白いものへと変わった。特に変な話はしていないはずだが、リッカの表情の変わり方は明らかに異常で、まるで何かに恐れているように見えた。


「森に……入られるのですか。あそこには、迷える森が……」


 か細くなった声でリッカが訊ねる言葉にアイリスは肯定の意味を込めて頷き返した。


「エディクさんが森によく入っていたという話を聞いたの。島からは出ていないようだし、捜し場所とすれば残るのは森の中だけだもの」


「ですがっ……」


 途端にリッカが恐れを抱いた表情のままでアイリスに向かって声を上げる。まさか、リッカが声を荒げるとは思っていなかったのか、その場に居る者達は目を丸くしてリッカに視線を向けていた。


「森に……あの場所に行くことは……おすすめ出来ません。危険なこともあるかもしれません」


 リッカは胸辺りに手を添えつつ、何かを抑えるように言葉を零す。アイリス達を心配しているのか、彼女の瞳はどこか濡れているように見えた。


「それでも……行かれるのですか」


 彼女がそう訊ねて来るのは、恐らくアイリスの顔に行かない選択肢はないと書いてあるからだろう。アイリスはリッカの問いかけにゆっくりと頷き、言葉を紡ぐ。


「大丈夫よ。私達、こう見えて自分の身を守るくらいの(すべ)は持っているの」


「……」


 リッカは縋るような瞳でアイリス達を見回して、そして一つ溜息を吐いた。


「……分かりました。ですが、森の中には川が流れていても食料となるものが揃っているわけではありません」


 決意したようにリッカの瞳に強い覇気のようなものが宿る。


「明日までに保存が利く食料を用意いたします。……この季節なので、せいぜい2、3日しか持ちませんが……」


「ううん、十分よ」


「あとは……鍋なども持って行かれますか? 火打石を使えるようであれば、そちらもご用意します。そうすれば、調理が出来ますから……」


 リッカは思案するように、指を内側に折りながら、森の中に入る際には何が必要なのかを呟いていく。


「そんなに用意してもらってもいいの? あなたも使うものでしょう?」


「鍋も火打石も予備があるので構いませんよ。あとは……木製の食器と水筒と……」


 不安そうだった表情から一変して、リッカはしっかり者の表情へと戻る。準備に関しては、リッカに任せておけば必要なものが全て揃いそうだが、任せっぱなしには出来ないだろう。


「……イトとリアンはとりあえず、見回りに行ってくれて構わないわ」


 アイリスはリッカに聞えないように声量を落として、イトとリアンへと耳打ちする。


「必要なものの準備は私達でやっておくから」


「……では、お言葉に甘えて」


「そうだな。それじゃあ、さくっと行って来るよ」


 イトとリアンはお互いに顔を見合わせて、小さく頷き合うとすぐさま見回りに行く準備をするために、一度部屋へと戻っていった。


 とりあえず、アイリスとクロイドも自身の準備を整えつつ、リッカが用意してくれるものを整理した方が良いだろうとさっそく行動に移すことにした。


  

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