東洋の神
「……もしかして、移民が関係しているのだろうか」
だが、それまで黙っていたクロイドが口に手を当てながら、何かを思案するようにぽつりと呟く。
「え? どういうこと?」
「数百年前に海に面した国々による大航海時代があっただろう。その際に東洋のいくつかの国と外交をしていたらしいが、移民も一緒に渡航してきたらしいんだ」
今度はクロイドの方へと三人の視線が集まる。クロイドは少し気まずげな表情を浮かべながら、話の続きを始めた。
「渡航してきたこの移民達は大陸のたくさんの国へと散らばり、それぞれの国の文化を受け入れて生活をしていたと聞いている。だが、もし……その移民の中に、イトの言っている東洋の国の人間もいたとすれば……」
「東洋の国からの移民がこのオスクリダ島に来ていて、独自の神を祀っていても、おかしい話ではないということですね」
クロイドの話に付け加えるように答えつつも、言葉を肯定しているのかイトが真面目な表情で頷いていた。
「クロイドさんの話を聞いて、やっと納得しました。道理で、この島の人達の名前がどこか東洋の国に住んでいる人間寄りの名前ばかりだと思いました」
「え、そうなのか?」
リアンが小さく驚きの声を上げるとイトは盛大に肩を竦めつつ、そうだと言わんばかりに溜息を吐く。
「リアンは知っていますが、私の名前の『イト』は本来ならば苗字です。……私、ユキ・イトウって名前なんです」
「えっ……」
イトによる突然の告白に驚いていると、場の空気を読んでいるのか読んでいないのか分からないリアンがふわりとした表情でイトに向けて笑顔を見せる。
「イトはねー。ユキって名前が自分に似合わないからって、イトって名乗っているんだよ。ユキは東洋の国では雪って言葉と同じなんだって。可愛い名前なのに、勿体ないよねー」
イトが説明するよりも早く、リアンが穏やかな表情でイトの名前の説明をすると、彼に名前が可愛いと言われたことが恥ずかしかったのか、イトは少々顔を下へと向けつつ、リアンの横腹へと再び肘鉄を食い込ませていた。
気を取り直すようにイトは一つ咳払いをしてから、話の続きを進める。
「……小さい頃に父に教えてもらった東洋の言葉ですが、例えば……『リッカ』という名前には夏の季節が始まる名前の文字か、雪の異称の文字が当てはめられます。『ライカ』は来年の夏、という意味です」
まるで異国の言葉の授業のようにイトはリッカ達姉弟の名前について簡単に説明してくれた。
「見回りの際に島人の名前を何気なく聞いてみたのですが、やはり皆さん、東洋寄りの名前の方が多く見受けられました。もし、クロイドさんの話のように、この島へと東洋の国の人間が移民としてやってきているのなら、はっきりとしない神様の存在や神隠しについて類似点があることにも納得がいきますね」
イトの推測に対して、アイリスが感心するように頷いていると、クロイドが更に首を傾げつつ、イトへと訊ねた。
「東洋の国の人間が移民として、オスクリダ島にやってきている可能性があるのは分かったが、それでも自国の神をわざわざ他国へと運ぶことなんてできるのか?」
「それは……何というか、難しい話ですがやはり考え方の問題ではないでしょうか」
イトも腕を組みつつ、言いにくいことを考えるように眉間に皺を寄せながら、唸るように呟く。
「先程、申し上げた通り、東洋の国は多神教で、全てのあらゆるものに神が宿るという独特な考え方を持っている人間が多くいる国です。もし、その考え方も一緒にオスクリダ島へと持ってきているのならば、森の奥深くに祀られている神も──」
そこでイトは口を閉ざした。
「つまり、この島の神様は人によって作られた神様の可能性があるってことか」
イトが言い辛かった言葉をリアンは特に気にすることなく、さらりと告げる。そんなリアンを感心しているのか、呆れているのか分からない表情で眺めつつ、イトは同意するように頷いた。
「まあ、私は信仰心が薄い人間なので、神が居てもいなくても特に気にしないのですが……。それよりも、重要なことがあります」
「それは?」
「……もし、人によって作られた神がこの島で祀られているとするのならば……何故、神隠しが起きるのか、ということです」
「っ!」
この島に伝わる全ての言い伝えを覆すような言葉に、アイリスははっと口を押えた。
元々、この島に存在している神ではなく、人によって作られ、崇められた神であるならば、信仰が神に向いていたとしても、実在している確証なんてどこにもないと気付いてしまったからだ。
だからこそ、実在しているか分からない神による「神隠し」が何故、頻繁に起きるのか理由が全く見えなかった。
「神というものは元々、神以外の者がそう認識したことで生まれる存在だと私は思っています」
「確かに宗教というものは……誰かによって、神として崇められた者を祀ることで始まるものだからな」
イトの言葉に同意するように複雑な表情をしたままクロイドが頷く。やはり、国の歴史を深く知っている者としては色々と考えさせられる話に違いない。
もちろん、この話を熱心に神を信仰している者に聞かせるようなものではないため、この場限りの発言となるだろう。
「神が全てに宿るという考え方があるのも、それを信仰する人がいるのも理解は出来ます。そのことに対して、異議なんてありません。ですが……人によって作られた、実在しているか分からない神が神隠しを起こすなんて、少しだけおかしいと思いませんか」
「……」
イトの核心を突いたような言葉に、三人は同時に黙り込んだ。ここで話されていることは全て推測の領域を出ないものだが、それでも──作られた神は、何のために人を攫うのだろうか。
誰もがそう思ったに違いない。だが、その答えが出ないまま4人は黙り込んだ。




