東洋の国
アイリスとクロイドは、リッカに昼食の片付けをやってもらっている間にイト達を借りている部屋へと呼び出し、島の中央に位置している森に明日、調査に入ることを告げた。
「明日か。随分と急だな」
「まあ、この島に滞在する時間は限られていますからね、仕方ないでしょう」
リアンの言葉に返したのはイトだ。しかし、彼女の瞳は床の上に広げられている地図に真っすぐと向けられている。
「明日の早朝に出発するつもりなんですよね?」
「ええ、そうよ」
「ふむ……」
何かを思案するように口元に右拳を添えつつ、イトは顔をリアンの方へとふっと向ける。
「リアン、昼からの見回りについてですが……。西側の見回りが終わり次第、島の北側に行くための準備を整えるのはいかがでしょうか」
「ん?」
「明日、早朝に出発されるアイリスさん達に同行して、森を抜けて北側に行くことを提案します」
「……ああ、なるほど!」
そこでリアンは自分の手を軽くぽんっと叩いて、納得するように頷く。
「イトはアイリス達が森の深い場所に行くのが心配だから、付いて行きたいんだね!」
「っ……」
リアンの言葉が図星だと言わんばかりに、イトは絶句している。
「え?」
「あのね、イトはね……。島の北側を見回りに行くついでにアイリス達の任務に同行して、森を一緒に歩くって言っているんだ。魔物はいないかもしれないけれど、何かがいる可能性はあるからね。4人で行けば結構、安全だろうし」
本当にリアンの言う通りの意味なのだろうかとイトの方を見ると、彼女は視線どころか身体ごと反対方向に向けて、表情を見られないように防御に徹しているようだ。
どうやら、イトは言葉足らずなところがあるが、それでも優しい性格をしているらしい。
「だが、いいのか? 野宿をする可能性だってあるし、それに……」
「迷える森と呼ばれている場所もあるのよ?」
クロイドの途切れた言葉に付け足すようにアイリスが言葉を続けると、リアンは大きく頷き返してくる。
「うん。もちろん、迷える森のことは知っているよ。確か、一度入ったら戻れなくなるって言われている場所だろう?」
「……一年前に定期巡回しに来たチームが残していた報告書を読みましたが、森の中を見回りしても迷うことなく出る事が出来たと書いてありましたよ」
ちらりとこちらに顔を向けつつ、イトが静かに呟く。
「うーん……。多分、迷わないなら、迷える森じゃないのよ、きっと」
「え、どういう意味だ?」
アイリスの答えにリアンは盛大に首を傾げる。確かに言葉にすると、どのように説明すればいいのか分からなくなってしまいそうだ。
「迷える森は、迷って二度と出られないから、そう言われているんでしょう? でも、森から出て来ることが出来れば、迷ったことにはならないもの」
「……何だか難しいなぁ」
全く意味が分からないと言わんばかりにリアンが小さく唸る。
「この島の人達は神隠しに遭うと、迷える森の奥深くに連れて行かれると聞きましたが、もしかしてその話と繋がっているのでしょうか」
静かに訊ねて来るイトに対して、アイリスは一度口を噤んでから、小さく頷いた。
「私はそう思っているわ。……多分、迷える森は……神隠しに遭わない限り、辿り着けない場所なんじゃないかしら」
「……神だけが通る道」
ぽつりと怪訝な表情でイトが呟く。その場に居るイト以外の三人は一斉に彼女へと視線を向けた。
集中的に視線が向けられていることに気付いたイトは、はっと我に返るとどこか気まずそうに眉を寄せつつ、一つ咳払いをする。
「いえ、失礼しました。ただ、少し思い出したことがあっただけです」
「思い出したこと? 何でもいいわ。教えてくれる?」
「……役に立つかは分かりませんよ」
「それでも構わないわ。聞いてみないと分からないもの」
アイリスが穏やかな表情で、話すように促すとイトは少しだけ視線を迷わせながら言葉を紡ぎ始めた。
「……私に東洋の国の血が入っているのはご存じですか」
イトから紡がれる言葉にアイリスはこくりと頷く。クロイドも以前、ミレットに教えてもらったので、イトに東洋の国の血が流れていることは知っているようだ。
「私の父が東洋の国の人で、昔……その国のことをよく教えて貰っていました。その時に、聞いたことがあるのです」
言葉を選びながら、イトは何かを思い出しているのか、小さく呟く。
「その国は多神教で、多くの神が信仰されています。物事の考え方として、全ての物に神が宿るという独特の考えを持っていたらしいです」
「物に、宿る……」
「日常的に扱っている物や自然、様々なものに神が宿るという考え方なので、一神教であるこの国では理解しがたいかもしれませんね」
イトはそう呟くがアイリスにとっては、興味がある信仰の仕方と考え方だと思っている。一方で、リアンの方はイトからすでに東洋の国の話を聞いているのか、あまり興味はなさそうだ。
「この多神教の国には、神だけが通る道というものがあるらしいんです」
先程、イトが何か意味ありげに呟いた言葉へと戻って来ると、リアンは少々身を乗り出すように話に耳を傾け始める。
「ですが、その道がどこにあるのか、普通の人は見つけることは出来ないと言われています。ですが──本当に稀に、神しか通れない道に人間が紛れ込む時があるらしいのです」
まるでおとぎ話の秘密を明かすようにイトは真面目な顔をしたまま、言葉を紡いでいく。アイリスの隣に座っているクロイドもかなり興味があるのか、イトの話に聞き入っているようだ。
「この神だけが通る道に踏み入れてしまった人間は、『神の所有物』として数えられ、二度とその領域から出ることは叶わなくなると言われています。これが……東洋の国に伝わる『神隠し』についての話です」
話を終えたイトは一つ、呼吸を吐いてからアイリスの方へと視線を向ける。
「このオスクリダ島について調べている際に、少しだけ既視感を覚えたのですが、どうやら東洋の国の『神隠し』が何となく似ているように思ったのです」
「似ているどころか、一緒じゃないか……」
目を見開きつつ、リアンは驚いたように言葉を零す。
「だって、イトの話の『神だけが通る道』って、オスクリダ島の『迷える森』と同じようなものだろう? それに行方不明になった人が二度と戻って来ないことだって……」
リアンはそう呟きつつ、自身の口を両手で抑えていた。そして、ちらりとアイリス達を気遣うように視線を向けて来る。
恐らく、アイリス達が捜しにきたエディク・サラマンの姿を二度と見つけることは出来ないと告げてしまったことに対して、失言したと思っているのだろう。
案の定、イトによってリアンの横腹に肘鉄が入った。
「……全く、まだ見つからないと決まったわけではありませんよ、リアン」
「うぐぐ……。……ごめん。アイリス、クロイド」
イトによって横腹を攻撃されたリアンは涙目になりつつ、アイリス達に詫びを入れて来るが、アイリスは小さく首を横に振った。
「ううん、大丈夫よ。気にしないで」
「うん……」
リアンは真っすぐで素直な性格であることが災いしているのか、よく口から本音が出てしまうらしい。それでも嫌な気分にならないのは彼の純粋な性格ゆえだろう。




