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違う味

 

「お、皆揃ったな」


 先に昼食の席に着いていたリアンが、部屋に入って来たアイリス達三人の顔を見て、ぱぁっと笑顔になる。どうやら自分達を待っていてくれたらしい。


 食事をする部屋には作り立ての料理の匂いで溢れていた。大きな台の上に並べられている料理が視界に入ったアイリスは思わず喉の奥が鳴りそうになった。

 魚を油で揚げたものはたまに食べることがあるが、大きな鍋の中に野菜と一緒に煮込まれたこの丸い物体は一体何だろうか。


 食欲を掻き立てる美味しそうな匂いに負けたのか、途端にアイリスのお腹から小さな音が鳴り響く。

 イトはいつの間にかリアンの隣に座っていたため、聞こえなかったようだが、すぐ近くに居たクロイドはどうだっただろうか。彼は確か耳が良いはずだ。


 気まずげにちらりとクロイドの方を見ると、どうやらアイリスの腹の虫が鳴いた音が聞こえたらしく、彼は口元に手を当てつつ、そっぽを向いていた。

 クロイドの反応から、腹の虫が鳴いた音が彼に聞こえたことは確実だろう。


「……」


 頬が紅潮するほどまでではないが、聞かれたことが恥ずかしく思ったアイリスはすっと目を細める。


 そして、クロイドの脇腹に向けて軽く小突くと、彼はすぐに忍び笑いをやめて、わざとらしく真面目な表情を作っていた。

 アイリスの腹の虫が鳴いたことは周りには覚られないようにしてくれたことだけは感謝しなければならないだろう。


「どうぞ、座って下さい。……ライカがたくさん魚を釣って来たので、つみれのスープにしてみました」


 リッカが人数分の深みのある皿に、鍋の中に入っている料理──スープのようなものを注ぎながら、それぞれの席の前へと置いていく。皿に注がれた料理からはふわりと小さな湯気が立っていた。


「つみれ?」


 初めて聞く言葉にアイリスは首を傾げつつも、席へと座る。

 目の前に置かれた皿の中には野菜と一緒に煮込まれた、丸い形状の何かが数個入っていた。恐らく、この丸い形状のものをつみれと呼ぶのだろう。


「ああ、魚の身をすり潰して、丸めたやつか」


 一方で、料理に詳しいクロイドは知っていたらしく、リッカの話に頷きつつ、感心そうに皿の中身を眺めていた。


「だが、これを人数分、作るのは大変だったんじゃないか? 色々と細かい作業だってあるだろうし」


 料理の作業工程を知っている故にクロイドがそう訊ねるとリッカは小さく笑って首を振った。


「いえ、それ程では……。この島の名物料理の一つなので、是非皆さんに食べて欲しくて、気合を入れて頑張っちゃいました」


 にこりと笑みを浮かべながらリッカがそう言うと、彼女の隣の席に座っているライカが柔らかそうな頬をぷっくりと膨らませる。


「もうっ! 僕だって、頑張って魚を釣って来たんだからねー!」


「ふふっ、そうね。ライカが頑張ったおかげで、作ることが出来たわ」


 頬を膨らませて抗議をするライカの頭を軽く撫でるように叩きつつリッカが褒めると、そのことに満足したのか、ライカは口元をにんまりと緩めて嬉しそうに頷いていた。


「それじゃあ、美味しそうな昼食を作ってくれた二人に感謝しながら食べないとな!」


 すでに涎が出そうな程に口元が緩んでいるリアンの言葉に、ライカは更にご機嫌な表情を浮かべてスプーンを手に取る。すでに食べる準備は出来ているらしい。


「いただきまーす!」


「いただきます」


 ライカに続いて、他の皆も料理を食べ始める。アイリスもスプーンを手に取り、リッカが作った魚のつみれが入った料理に手を付けた。


 スプーンでつみれを掬って、アイリスはそれを一口で口の中へと運ぶ。咀嚼した瞬間、魚と野菜の味がゆっくりと口の中いっぱいに広がっていき、その美味しさに思わず停止してしまう。

 噛み応えは肉のようだが、味は魚だ。しかもそれほど油っぽくないため、あと10個くらいは余裕で食べられそうなさっぱりとした味である。


 アイリスの表情が緩んでいたのか、真正面に座っているリッカがこちらを見て、嬉しそうにくすりと笑っていた。


「ふふっ。美味しそうに食べて頂けて、何よりです」


「……そんなに表情が緩んでいたかしら」


 確かに、美味しいものを食べる際にはいつも表情が緩んでしまう自覚はあるが、こうやって目の前で直接、表情を観察されると何だか気恥ずかしい気もしてくる。


「はい。凄く幸せそうに見えました」


「……リッカは料理上手なのね。この料理、初めて食べたけれど凄く美味しいわ」


 リッカは14歳だと言っていたが、その歳でここまで美味しい料理を作れるのならば、かなりの腕前だろう。


 そう思うと、ほとんど料理が出来ない自分が少しだけ情けなく思ってしまうが、人にはそれぞれ得手不得手があるものだと思い込むことにした。

 今はとりあえず料理が出来ない自分を忘れて、目の前の食事を味わうべきだろう。


「それなら良かったです。……この魚のつみれのスープは魚が大量に獲れた時や、大事なお客さんが来た時、もしくはお祝いの席で出される料理なんです。でも、それぞれの家ごとに味付けが違うらしいので、食べ比べしてみると面白いかもしれませんね」


 そう言って、リッカは楽しげに微笑んでいたが、この時アイリスは何となく気付いてしまったことがあった。


 ……家ごとに違う味なら……きっと、このスープの味はリッカが以前、誰かから教えて貰った味なんだわ。


 リッカが作って来た料理は、彼女自身が学んだものが多いだろうが、それでも中には恐らく他の誰かから教えてもらった料理だってあるのだろう。


 その他の誰かはきっと、彼女にとって近しい者に違いない。それが誰なのかは聞かなくても簡単に想像は出来た。


「……どうしましたか、アイリスさん?」


 食事の手が止まっていたアイリスの顔を窺うようにリッカが首を傾げて来る。はっと我に返ったアイリスは慌てる素振りを見せないように注意しつつ、魚の揚げ物を一口食べた。


「……この魚の揚げ物もさっぱりしていて凄く美味しいわ」


「ふふっ。ありがとうございます」


 嬉しそうに笑うリッカにつられて、アイリスもふっと笑みを零す。


 きっと、気付いてはいけないのだろう。リッカは彼女自身が抱えるものを表に出さないようにしながら、過ごしている。

 それは恐らく、リッカにとって血の繋がった弟でもあるライカに覚られないようにするためでもあるのだ。


 彼女は子どもだが、自分が思っているよりも、根が強い人なのだろう。だから、全てを隠して、笑みだけを見せるのだ。


 まだ、リッカと出会って一日しか経っていないというのに、アイリスの心は任務を背負う責任とリッカ達姉弟を気掛かりに想う気持ちで揺れていた。


    

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