判明
その日の午前中、アイリス達は船着き場で仕事をしている漁師たちに話しかけてはエディク・サラマンについて、彼らが知っていることを訊ねた。
漁師たちに聞き込みをしても、誰一人として突如姿を消したエディクの行方を知る者はいなかったが、たった一つだけはっきりと分かったことがある。
それはエディク・サラマンがこのオスクリダ島から出ていないという事実だった。
どの漁師たちも彼を漁船に乗せていないと言い切り、セプスが言っていた数週間前に姿を消した以降、エディクを目にしていないと言っていた。
更にエディクが姿を消した日の二日前程に、オスクリダ島とナルシス港を繋ぐ定期船が来たため、定期船による渡航も有り得ないことが判明した。
「エディクさんがこの島へ訪れた際には定期船に乗って来たらしいわ。船を操縦する技術は持っていなかったと思うし、自力で島から出た可能性はまずないでしょうね」
「……エディクさんが島から出ていないと分かった以上、やはり森の中に入った選択肢しか残らないな」
「そうね……」
アイリスとクロイドは昼食を食べるために一度、スウェン家へと戻り、アイリスとイトが借りている部屋で持参していたオスクリダ島の地図を広げながら睨めっこをしていた。
この島の面積は、離島にしては狭い方らしい。島の外周一周くらいの距離ならば、1、2日かければ歩いて回り切れる程の距離であるため、見回りをする分にはやりやすいだろう。
だが、外周と言っても、砂浜が続いているわけではない。地図上には道らしい道がなくなっている場所もあれば、崖となっている場所もあるため、道のりとしては大変な場所も多いようだ。
その上、島の中心である森はかなり複雑な獣道ばかりで、地元民である島人達も森の入口辺りに野草を採集しに行くことはあっても、深い場所まで歩くことはないらしい。
島人の中には迷える森を神聖視している者もおり、神が住まう領域にむやみやたらに近付くべきではないと考える者もいたため、島人達が自らの意思で森の奥深くに足を踏み入れることはほとんどないと言っていた。
「もし、森の中心に行くならば、それ相応の準備が必要だな。早朝にここを出発したとして、森の中を詳しく調査するなら野宿だってあり得るだろうし」
「野宿……。そうよね、森の中には誰も住んでいないから、食料もないでしょうね」
「保存食を用意しておけば良かったな……。仕方ないが保存が利く食べ物を作るか、リッカに頼んで用意してもらうしかないな」
この島に魔物はいないらしいが、それでも野生の動物は住んでいるため、野宿をする場合はクロイドに結界を張ってもらう方法しか身を守る術がないだろう。
念のために持参してきていた武器も帯剣した方が良さそうだ。
「とりあえず、さっそく準備をしてから、明日か明後日辺りに──」
クロイドと森へ調査しに行く日程を決めようとしていた時だ。部屋の扉を数度、叩く音が聞こえたため、アイリスは急いで地図を折り畳んで、鞄の中へと仕舞った。
扉の向こう側に立っているのが、リッカかライカだった場合、任務の詳細を知られるわけにはいかないからだ。
「失礼します」
だが、扉の向こうから一言告げて入って来たのはアイリス達の任務内容を知っているイトだった。
島の東側へとリアンと一緒に見回りに行っていたらしいが、時間がすでに昼であるため、丁度帰って来たようだ。彼女もこの部屋の借り主の一人であるため、部屋に用事があるらしく訪れたのだろう。
「イトか……」
クロイドが強張っていた肩を少し下ろしつつ、安堵したように呟くのを見て、イトは目を細めながら小さく頷く。
「おや、お邪魔でしたか」
冗談ではなく、淡々とした声でそう言いつつイトは部屋に入ると、こちらを気遣ってなのか、声が外に漏れないように扉をしっかりと閉めた。
「任務の話をしていただけよ。……そっちはどうだったの?」
イトは背中に背負っていた長剣を布で巻いたものを壁に立て掛けると、短く息を吐きながら窓の外へと視線を向ける。
彼女は暑い日差しの下を歩いて来ていたはずだが、イトの表情はどこか涼しげに見えるため、それほど暑さを感じていないらしい。
「島の東側を見回りしてきましたが、やはり魔物はいませんでした。足跡を見つけることはあっても、野生の動物のものばかりで、魔力さえ感じませんでしたね」
「そう……」
「午後からは西側を見回るつもりです。……そちらの任務の進み具合はどうですか」
イトは自然とアイリスの隣へと腰掛けつつ、首を傾げながら訊ねて来る。
「進んでいるかは分からないけれど、とりあえずはっきりと分かったことは、エディクさんはこの島から出ていないってことね」
「……そうですか」
イトは無表情のまま、腕を組んで小さく唸る。何か思案しているのだろうか。そして、発する言葉が決まったのか、彼女はゆっくりと顔を上げて、アイリスの方へと視線を向けて来る。
「あまり期待させるような情報を得ることは出来ないと思いますが、私達も見回りの際にはエディク・サラマンという方が何か痕跡を残していないか調べてみようと思います」
「それは有難いけれど、どうやって調べるつもりなの?」
「リアンが魔力を使った際の痕跡を辿る魔法を知っているので、それを使って調べてみようかと思っています。……大した成果は上げられないと思いますが」
どこか申し訳なさそうに呟くイトに対して、アイリスは頬を緩めながら、首を小さく横に振った。
「ううん、調べてもらえるだけで、十分よ。気遣ってくれてありがとう、イト」
「……」
照れているのか、イトは眉を中央に寄せてから気まずげな表情へと変えて、突然ふいっと視線を逸らす。
「……そういえば、昼食の準備が整ったとリッカが言っていました」
話題を逸らしつつ、イトはアイリス達から視線を逸らしたまま、何事もなかったように立ち上がる。
「あら、そうなの。それじゃあ、頂きに行こうかしら」
アイリスがクロイドに目配せすると、彼は頷き返して同様に腰を上げる。
部屋の扉を開けた向こう側に続く廊下の奥からは、焼き魚の香ばしい匂いがゆっくりと漂ってきていた。
「そういえば、ライカが釣りに行っていたんだったな」
「大量に釣ってきていましたよ。井戸の傍に置かれていた水桶の中を見たら、数えるのが面倒になる程の魚が入っていました。どうやら、夕飯の分も残るくらいの釣果だったらしいです」
アイリスがちらりと視線を向けるとクロイドが口元に手を当てつつ、何かを考えるような表情で黙り込む。
恐らくだが、夕食は魚を使って何を作ろうかと献立を練っているに違いない。




