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神隠し

 

 コージの家から少し離れて、整備されていない道上を歩きながら、アイリス達は暫くの間、無言のままの状態が続いていた。

 前方を道案内するように歩くリッカの背中を見ながら、アイリスは気になっていたことを思い切ってリッカに訊ねてみることにした。


「ねえ、リッカ」


「はい」


「さっき、コージさんが言っていた言葉の意味を聞いてもいいかしら」


 すると、リッカの肩は一瞬だけだが、小さく震え、そしてこちらに向けて振り向いた表情は先程と同じように強張ったものになっていた。

 唇を一文字に強く結び直して、どう答えるべきか思案しているらしく、視線が少しだけ揺れている。


「……もしかして、島の外の人には聞かれたくはない話だったりするのかしら。もし、そうなら、無理して言わなくても……」


「いいえ」


 無理に詮索することは嫌いであるため、アイリスがやはり話を訊ねるのは断った方が良いだろうかと言葉を続けようとしたが、リッカは急いで首を横に振りつつ、はっきりとした声で答えた。


「違うんです。……ただ、この島の神様は、他で信仰されている神様と比べるとちょっとだけ複雑で……」


「複雑?」


 クロイドの言葉にリッカは強く頷いてから、周りをさっと見渡していく。土の道には自分達しかおらず、他に島人の姿はない。

 リッカはアイリス達に手招きしつつ、道沿いにあった大きな木の下の影に入るようにと誘って来る。


「日差しが暑いので、こちらでお話しましょう」


 どうやら、長くなる上にあまり島人には聞かせたくない話らしい。リッカは周りを注意深く見渡しながら一つ溜息を吐いて、話を切り出した。


「……すみません、さっきコージさんの前で私が変な態度を取ってしまったから、気になったんですよね?」


「……ええ、まぁ。でも、言いたくないことなら、別に良いのよ。ただ、少し気になったから……」


 もしかすると、行方不明のエディク・サラマンに関係がある話かと思ったため、訊ねただけだ。

 それに島の話ならば、リッカ以外の島人からも聞く事は出来るため、無理をさせてまで話を聞こうとは思っていなかった。


「……島の外から来た人には、ちょっと理解しがたい話かもしれませんが、お聞きになりますか?」


 リッカは遠慮がちに、アイリス達を上目遣いで見ながら訊ねて来る。秘密の話ではないが、それでもアイリス達にとっては混乱する可能性がある話であるため、前置きとして確認しておきたいのだろう。


「……リッカが話してくれるというなら、聞くわ」


「……分かりました。では、簡単にですが、お話しますね」


 アイリスの返事を聞いたリッカは一つ息を吐き、そして視線をゆっくりと島の中心である深い森がある方向へと向けた。


「この島の森の奥深く……迷える森と呼ばれている場所にとある神様が祀られているんです」


「神様……」


 オスクリダ島に来る前に、ブレアから軽く聞いていた話の中に、この島の神についての話が出ていたことを思い出し、アイリス達は身を乗り出すように耳を傾けた。


「神様に名前はありません。島人からはずっと神様って呼ばれて、祀られています。その神様は言い伝えで、島人を森の奥へと連れ去っていくらしいのです」


「……どういうことなの?」


「えっと、ですね……。神様に気に入られたり、選ばれた島人が森の奥へと連れて行かれることはとても名誉なことだって言われているんです。そして、連れ去られた人達は神様が住んでいるあちら側の世界で苦しみも悲しみもないまま幸せに暮らしている、という言い伝えがこの島にはあるんです」


 穏やかに説明しつつもリッカはどこか睨むように目を細めて、森を見ていた。彼女は自分の表情が今、どのようなものになっているのか、気付いているのだろうか。


「……何というか、不思議な言い伝えだな」


 クロイドは言葉を選んでいるのか、気難しいことを考えているような顔で小さく呟くと、リッカが同意するように苦笑しながら頷き返す。


「そうですよね。島の外の人からすれば、そう思われるのが普通だと思います」


 一瞬だけ、森を見るリッカの瞳が虚ろに見えたのは気のせいだろうか。


 夏の日差しが足元を遠慮なく照らしては、地面から熱を生んでいく。それでも海から直接、吹き通る風が三人の間に涼しさを運んできてくれていた。


「私達は、このことを『神隠し』と呼んでいます。突然、島人が姿を消すことをそう呼んでいるんです」


「神隠し……」


「嘘みたいに思われますよね。でも……神隠しは本当に起こっているんです」


 森へと視線を向けていたリッカがアイリス達の方へと振り返る。そして、真面目な表情で一言、呟いたのだ。


「私達の両親も約一年前に『神隠し』に遭ったんです」


「……」


 アイリスとクロイドは思わず絶句していた。リッカの表情があまりにも真剣で、嘘偽りなどない事実だと言わんばかりに訴えてきていたからだ。

 だが、リッカの顔には悲壮感は表れていない。ただ、淡々としているようにも見える様子のまま、リッカは言葉を続けた。


「一年前、ある日突然、両親は私達姉弟の前から姿を消しました。他の島人達に話を聞いて回ったり、船に乗って本土の方に渡ったのか調べたりもしました。……迷える森以外の場所を全て探し回っても、それでも両親は見つかりませんでした」


 リッカの言葉はいつの間にか震えており、両拳が握りしめられていた。


「今までにも、神隠しに遭った人は知っている限りでは数人程いました。でも、両親が居なくなってから……その頻度は増え続けました」


「……島人の行方不明者が増えたということか?」


 クロイドの問いにリッカは唇を噛み締めながら強く頷く。


「この島で行方不明者が多数いることは……本当は観光に来た皆さんにはずっと黙っておこうと思ったのです。楽しい雰囲気を壊したくなかったので……」


 申し訳なさそうに薄い笑みを浮かべつつ、リッカは言葉を続ける。


「でも、エディクさんの行方を捜しに来たと聞いて、私……。この事を黙っていてはいけないんじゃないかと思ったんです。もし……もし、お二人が捜しているエディクさんも神隠しに遭ったんだったら、もう……」


 そこで、一度リッカは言葉を切ってから、深く息を肺へと取り込んで、言葉を綴る。


「――神隠しに遭った人が帰ってくることはありません」


 はっきりと、そう告げたのだ。

    


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