尋ね歩く
翌朝、リッカによって作られた朝食を食べ終えたアイリス達はイト達と二手に分かれて、それぞれのやるべき任務を開始することにした。
「それじゃあ、俺とイトで今日は島の東側を見回りしてくるから。多分、お昼には一度、戻って来ると思うし」
「お先に失礼します」
「ええ、気をつけてね」
リアンとイトはそれぞれの自前の武器である両手剣と長剣を布で巻いて、外から見えないようにしたものを背中に背負ってから、スウェン家を出発した。
二人の後ろ姿を見送っていると、家の中からリッカが少々慌てながら飛び出て来る。
「すみません、昼食の下ごしらえを簡単に済ませておこうと思ったのですが、つい時間がかかってしまいました」
「慌てなくてもいいのよ。島内の案内を頼んでしまったのはこちらなのだし……」
むしろ、リッカに色んなことをやってもらってばかりで、申し訳なささえ感じている。もっと、気楽にして欲しいのだが、リッカはついついアイリス達を気遣ってしまうようだ。
「それではさっそく、島内をご案内しますね」
「宜しくね」
アイリスとクロイドは、リッカの後ろを歩きつつ、再び島内の様子をよく見ようと周りを見渡してみる。
……森から吹く風はただ、爽やかにしか感じられないわ。
クロイドに視線を向けて、何か感じられるかどうか訊ねてみるが、彼は首を小さく横に振って、何も無いと答えるだけだ。
「……あら、そう言えばライカは? 朝食の時に見かけてから、姿を見ていないけれど」
歩きつつも、アイリスは何気ない話題をリッカへと振ってみる。すると、リッカは小さく苦笑しながら、人差し指をとある方向へと向けた。
彼女が指さした場所は海だ。一体、そこに何があるのだろうか。
「ライカは釣りに行っているんです。昼食の材料を人数分、釣って来るんだって気合が入っていましたよ」
「まぁ……。一人で大丈夫なの?」
「釣りをしている場所は船着き場なので、漁師の大人達が近くにいますし、それに友達も一緒らしいので、大丈夫ですよ」
ライカは泳げますから、と呟きつつリッカは視線を再び前方へと戻す。いつの間にか、足だけは進んでいたらしく、視線の先に古びた一軒家が見えてきた。
「こちらが、コージさんという方の家です。アイリスさん達がお捜しのエディクさんとよくお喋りしていましたよ」
リッカは一軒家の扉を軽く叩いてから、遠慮なく開いた。
「おはようございますー」
張りのある声で挨拶をすると、家の中から足音が聞こえてきて、やがて家の奥から人影が歩いてきた。
「おお、リッカちゃん。おはよう」
家の入口に現れたのは白髪に白髭の60代くらいの男性だった。見た目のわりには足腰は強いらしく、よろけることなく、真っすぐと進んでいる。
「おはようございます、コージさん。昨日はライカがお世話になったようで……。あと、野菜まで頂き、ありがとうございました。凄く美味しかったです」
コージと呼ばれる男性に向けて、リッカは丁寧に腰を折りつつお礼を告げる。本当に挨拶も性格もしっかりした子だなとアイリスは密かに感心していた。
「いやいや、いつも世話になっているのはこっちの方だ。一人だとどうしても畑仕事がやり辛くてなぁ」
「いつでもお手伝いしますよ。……あの、それでコージさんに一つお話がありまして」
「ん? 何かね?」
コージはふと視線をリッカの後ろへと向けて来る。どうやらやっとアイリス達の存在に気付いたようだ。
「おお? 見かけない顔だなぁ、お客さんかい?」
「はい。島の外から観光で来られたアイリスさんとクロイドさんです」
リッカに紹介された二人はコージに向けて頭を軽く下げつつ挨拶をした。
「初めまして。突然、お訪ねして、申し訳ありません。実は……コージさんに少し聞きたいことがありまして」
「お? わしにか?」
見知らぬ者が突然訪ねて来て、話があると言われれば、一体何事だろうかと思われても仕方がないだろう。
アイリスは出来るだけ、不審に思われないように穏やかな表情を浮かべつつ、コージにエディク・サラマンについて尋ねてみた。
「一ヵ月程前に、この島に訪れたエディク・サラマンという方をご存じですか?」
「エディク・サラマン? おお、もちろん知っているぞ。よく一緒に茶を飲んでいたからな」
コージは頷きつつ、同意するように答えてくれる。
「あの、もし宜しければエディクさんについてのお話を伺いたいのです。……一ヵ月程前に連絡を取って以降、行方が分からなくなっていまして……」
「何と……。彼が行方不明だと? ……いや、だが別れの挨拶がないまま姿が見えなくなったなぁと確かに思っていたが……」
「……つまり、突然エディクさんがいなくなったと」
クロイドの問いにコージは首を縦に振った。
「自由を好む人だったからなぁ……。だが、真面目な人だし、挨拶無しに突然いなくなるのは少し変だと思っていたのだが……」
小さく唸り始めるコージは不思議そうな表情のまま、視線をとある方向へと向ける。
「そういえば、エディクさんは先生のところに寝泊まりしておったな」
「先生?」
アイリスが首を傾げながら訊ねると、ここまで案内してくれたリッカがコージの話に付け足すように、言葉を続けた。
「この島唯一の診療所に勤めている医者の方のことです。皆、名前じゃなく先生って呼んでいるんです」
「ああ、なるほど……」
「それでエディクさんは、この島に滞在中は診療所の先生の家に寝泊まりしていたということですか?」
「うむ。先生もエディクさんもお互いに歳が近いからか、仲良くしておったからなぁ。もしかするとエディクさんが突然、姿を消したことについて詳しく聞けるかもしれないぞ」
しかし、コージはふっと表情を和らげて、そのまま言葉を呟いていく。
「だが、エディクさんは良い人だったからなぁ……。もしかすると、島の神様に気に入られて、連れて行って貰ったのかもしれないな」
「え?」
どういうことかとアイリスとクロイドが首を傾げると、慌てるようにリッカによって二人は腕を後方へと引っ張られてしまう。
「わっ……」
しかし、アイリスがどうしたのかと訊ねるよりも早く、リッカが一歩後ろへと下がりながら、早口に言い切った。
「あの、コージさん。お話、ありがとうございました。お二人を診療所までお届けしてから、また後で畑仕事の手伝いに来ますので」
「おお、悪いなぁ。まぁ、暑いから無理せずにゆっくりで構わないからな」
「はい。ありがとうございました」
何となく、リッカはこれ以上、アイリス達がこの場に居ることを嫌がっているのではと、そんな気がしたため、アイリスもとりあえず彼女に合わせておくことにした。
「お話、ありがとうございました。失礼します」
アイリスとクロイドは同時にコージに向けて頭を下げつつ、腕を引っ張るリッカの方へと下がっていく。
アイリス達がリッカの様子に合わせてくれることに、彼女は安堵しているらしい。リッカの表情はどこか強張りつつも短めに溜息を吐いたことをアイリスは見逃さなかった。




