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呟き

  

 クロイドとリアン、そしてライカの三人が入浴している間に、アイリスとイトはリッカによって淹れられたお茶を飲みながら、お喋りに興じていた。


 お喋りと言っても、喋るのはアイリスとリッカだけで、イトは専ら聞くことに専念していた。

 イトはどうやら話下手らしく、話題を振られた時だけ答えてくれるが、会話を聞いていることは楽しいらしく、時折、穏やかな表情で相槌を打ってくれていた。


「……そういえば、一つ聞いてもいいかしら」


「何でしょうか?」


 今回、アイリスとクロイドがこのオスクリダ島へ訪れた理由としては、エディク・サラマンという男性を探すためだ。

 リッカも島人であるため、もしかすると彼を知っているかもしれないため、思い切って訊ねることにした。


「一ヵ月程前に、この島にエディク・サラマンという男性が訪れなかったかしら」


「一ヵ月前……」


 リッカは口元に手を当てつつ、何かを思い出すような素振りをする。


「ああ、思い出しました。そういえば、一ヵ月前くらいにそのような名前の人が島に来ましたよ」


「本当っ?」


「はい。その人は観光でこの島に来たみたいです。……そういえば、いつの間にか姿を見かけなくなったので、お帰りになられたのかと思っていましたが……。その方がどうかしたんですか?」


 リッカはきょとんとした表情で首を傾げている。


「実は今回、オスクリダ島に来たのは観光だけが目的じゃないの。……一ヵ月前にこのエディク・サラマンという人からの連絡が途絶えて以降、足取りが掴めなくてね。だから、彼の知り合いに頼まれて行方を探しに来たのよ」


 詳しい内容は話せないが、人を探すためにはある程度の情報の共有が必要であるため、アイリスは言葉を選びつつ、リッカに訊ねた。


「えっ……? その方、行方不明なんですか?」


 意外だと言わんばかりの表情でリッカが目を丸くしつつ、口元に再び手を当てる。親しくは無くても、顔見知り程度の間柄にはなっているはずだ。

 途端に、リッカの表情が申し訳なさそうなものへと変わった。


「そうなの。……リッカ、何か彼について知らないかしら。どんなことでもいいの。このオスクリダ島で何をしていたとか、どこに行っていたとか……」


 アイリスの問いにリッカは眉を中央に寄せつつ、小さく唸る。


「うーん……。私もエディクさんとは世間話を少し話した程度ですし……。あ、でも島の大人達とよくお喋りしていたので、他の島人に聞いてみた方が良いと思います。明日、もし宜しければ、島人達のところにご案内しますよ」


「いいの? 忙しくはないの?」


「はい。この時期は学校もお休みですし、毎日他の島人達の手伝いに行っているので、そのついでで良ければ」


 そういえば、オスクリダ島には小さいが学校があるらしく、リッカとライカを含めた数人の子ども達が歳の差に関係なく通っていると言っていた。


「それなら、お言葉に甘えようかしら。さすがに島の外から来た人間が突然、行方不明の人を探しているって言ったら不審がられそうだし」


「ふふっ……。大丈夫ですよ。島の人達は気さくな人ばかりですから、お客さんを無下に扱うようなことはしませんし」


 軽やかに笑っていたリッカだが、しかし突然、表情を真顔に変えて、小さく呟く。


「でも、行方不明、か……。――まるで神隠しだわ」


「え?」


 呟かれた言葉に反応したのはアイリスだけではなかった。イトもはっきりとリッカが呟いた言葉を耳に入れていたらしく、飲んでいたお茶から顔を上げる。


「ねえ、今……」


 何と言ったのか、訊ねようとしていた時だ。


 入浴中だった男子三人が浴室から出て来たのか、廊下に声が響いて来たことで話は中断され、リッカの意識は浴室がある方へと向けられてしまう。


「――あ! 姉さーんっ! 着替えを持って来るのを忘れちゃったから、部屋から取って来てー!」


 ライカのリッカを呼ぶ声が廊下に響き、それを聞いたリッカは溜息交じりに椅子から立ち上がる。


「もう、ライカってば……。いつもお風呂に入る時は着替えを持っていくのを忘れないようにと言っているのに。……すみません、少し失礼しますね」


 それでも弟に頼られることを嬉しいと思っているのか、リッカは苦笑しながら部屋から出て行った。

 だが、同じく入浴を終えたのか、リッカとすれ違うようにクロイドが部屋へと入って来る。


「……もう、嫌だ」


 開口一番にそう言って、うんざりした表情で髪を濡らしたままクロイドが深い溜息を吐いた。

 彼の首にはタオルがかかっているが、余程全力で浴室から出て来たらしく、髪から滴り落ちる雫さえ拭き取る暇がなかったらしい。


「……すみません、クロイドさん。うちのリアンが……」


 イトが椅子から立ち上がり、丁寧に頭を下げようとするが、クロイドはそれを右手で制して首を横に振った。


「いや、別にリアンが嫌いというわけじゃなくてな……。何というか、歳が近い奴との交流が今まで無かったから、どう接すればいいのか少し戸惑っているだけだ」


 もう一つ、息を吐いてからクロイドは濡れている黒髪をタオルで拭き始める。


「まぁ、リアンが良い奴なのは確かだな」


「……あまり認めたくはないですが、良い人間ではありますね」


 イトは少しだけ口を尖らせつつ、クロイドに同意する。そんな二人を見て、アイリスは二人に気付かれないように小さく噴き出すように笑った。


「――あっ!! ……ごめん、イト~! 俺の荷物から着替えの下着を持って来てくれないかー? 忘れちゃった!」


 浴室から廊下に向けてリアンの声が真っすぐと届いてきた瞬間、イトの額にすっと青筋が浮かぶのが見えた。


「……やはり、前言撤回します」


 遥か地の底から這いあがってくるような低い声でイトは呟くと、そのままアイリス達に背を向けて、リアンが借りているライカの部屋へと入っていった。


「……」


 何となく、このあとリアンが怒られることが予想出来ているアイリスとクロイドはお互いに顔を見合わせて、そして困ったような表情を浮かべつつ苦笑するしかなかった。


   

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