入浴
「ふぅ……。ごちそうさまでしたっ」
お腹いっぱいになったのか、ライカが先程よりも少しだけ膨れたお腹を右手で撫でつつ満足そうに椅子にもたれている。
他の皆も丁度、食べ終わったらしく、台の上に置かれていた料理は全て完食されていた。
だが、残りの料理を全て食べたのはリアンであり、恐らくこの場にいる誰よりも量を食べたのは間違いないだろう。一体、彼の細い身体のどこに料理が入っていったのか気になるところだ。
「だが、材料を全部使って良かったのか?」
皆が食べ終わった食器を片付けつつ、台の上を濡らした布で拭き始めるリッカへとクロイドが訊ねる。
「はい。生ものは早めに使わなきゃいけないですし、この時期はすぐ野菜が収穫出来る上に、その量が凄く多いので、使わないとどんどん材料だけが溜まっていってしまうんです。だから、全部の材料を使って貰えてむしろ助かりました」
にこりと答えるリッカの表情は無理しているような様子は感じられないため、彼女が言った言葉は本音なのだろう。
確かに、毎日のように材料を使っても、リッカとライカの二人暮らしならば消費出来る量は決まっているに違いない。
「でも、明日の朝食は私が作りますので! 絶対にっ!」
リッカは台を拭き終わると、両拳を軽く構えつつ気合を入れるように鼻を鳴らしていた。どうやら、まだ彼女のお持て成ししたいという精神は途切れていなかったようだ。
「……ふぁ」
椅子の上に座っていたライカが大きな口を開けつつ、欠伸を一つする。やはり、お腹いっぱいになると子どもは眠くなってしまうらしい。
「ライカ……。寝る前に汗を流さないと駄目よ?」
「うん……。でも、眠くって……」
窓の外は先程よりも薄暗くなっており、室内はランプの灯りによって明るく照らされている。恐らく、ご飯を食べたあとは寝る前の準備をして、すぐに就寝するのだろう。
「もう……。私が片付けするまで、待っていられる?」
「……んー」
返事を返しつつも、ライカは目を擦りながら、再び大きな欠伸をした。
「それなら、俺がライカを入浴させようか?」
半分、寝たままだと危ないし、と言ってリアンが眠そうにしているライカの頭を軽くぽんぽんと撫でている。
「えっ! リアンさんと一緒に入浴できるんですかっ」
すると、それまで眠そうに目を擦っていたライカの瞳がぱっちりと開き、本当かと問うように輝かせ始める。
「おう! 背中を洗ってやるぞ!」
「じゃあ、僕もリアンさんの背中を洗いますっ!」
リアンと一緒に入浴できることが余程嬉しいのか、ライカの眠気はすっかり覚めてしまったらしい。
「それで良いかな、リッカ。ライカのことはちゃんと俺が責任を持って、見ているからさ」
「え、ええ……。ですが、宜しいのですか?」
リッカは食器を片付けていた手を止めて、遠慮がちにリアンに首を傾げている。
「うん。一緒に入る方が楽しいだろうし」
「……では、お願い致します」
リッカはリアンに向けて丁寧に頭を下げる。ライカがすっかりリアンに懐いているため、任せるつもりらしい。
「そうだ、クロイドも一緒に行こうぜ!」
「……は?」
食器を流し台へと運び終わり、さっそく皿洗いを始めようとしていたクロイドは少し間抜けな声を上げつつ、リアンの方へと振り返る。
「一緒に、汗を流しに行こうぜ!」
「え、いや……。俺は一人で……」
クロイドは全力で遠慮したいと表情に出ていたが、リアンが無理矢理、クロイドの右腕を掴み、引きずり始める。
「まあ、まあ、固いこと言うなよ~」
「いや、だから……。それに浴室には3人は入らないんじゃ……」
「浴室、それなりに広いので大丈夫です!」
クロイドの左腕をライカが掴み、問題ないと言わんばかりの表情で即答する。クロイドはどこか泣きそうな顔でアイリスの方へと振り返った。
「アイリス……」
「えっと……」
助け船を出すべきか、それとも出さないままにするかで迷っているうちにクロイドは、リアンとライカによって息ぴったりに引っ張られていく。
「あー……。い、行ってらっしゃい?」
「……」
クロイドも先日、温泉に浸かるという体験をした際に魔具調査課の先輩と一緒にお湯に入っていたので、誰かと一緒に入浴することに関しては耐性が付いているはずだ。
アイリスが右手をひらひらと振りながら見送ると、クロイドにしては珍しく少々不満そうな顔を浮かべたまま、扉の向こうに連れて行かれていた。
「……あの、クロイドさんは大丈夫でしょうか……?」
その様子を見ていたリッカが遠慮がちに聞いてきたため、アイリスは苦笑しながら言葉を返す。
「多分、大丈夫よ。照れているだけだと思うし……」
普段から大人びているクロイドは、同じ年頃の友人がほとんどいないため、積極的に構って来るリアンにどう対応すればいいのか戸惑っているだけだろう。
「それなら、良いのですが……」
リッカが少し安堵するように小さく呟いて、さっそく皿を洗おうとしていたため、アイリスが手伝おうと椅子から腰を上げた時だ。
「――おい、やめろっ」
扉越しだが、はっきりとクロイドが叫んだ声が聞こえて、その場にいる女子三人は浴室がある方へと視線を動かす。
「――おお~! 良い筋肉を持っているな、クロイド!」
「だから、自分で脱ぐと言って……。おい、リアンっ!」
「リアンさんも、逞しい身体つきです。お二人みたいになるには何を食べれば良いんですか?」
ライカの声も聞こえるが、三人の声はここまで筒抜けである。思っているよりも壁が薄いらしく、廊下の先にある浴室からかなり声が響いて来る。
「ふふんっ! いっぱい食べて、たくさん寝ることが大事だぞ!」
「なるほど~」
響いて来る声に最初に頭を抱えたのは椅子に座って食後のお茶を飲んでいたイトである。
「……全く、人様の家で騒ぐなど……。リアンにはあとで私が説教しておきましょう」
「いえ、その……ライカも楽しんでいるようですし……」
リッカがイトを宥めようとしていた時だ。
「――ああ、もう! リアン! やめろって!!」
浴室から一際大きいクロイドの叫びが聞こえて、女子三人は驚きによってびくりと肩を震わせる。一体、浴室で彼らは何をはしゃいでいるのだろうか。
しかし、クロイドの今の叫び方は焦りと恥ずかしさが混じったような声に聞こえたが、本当に大丈夫か心配になってくる。
すると、アイリスの気持ちを察したのか、イトが黒い瞳を細めて、怒気がこもった声でぼそりと呟く。
「……やはり後で、リアンには説教が必要みたいですね」
「……程々にしてあげてね」
リアンもつい楽しくてはしゃいでいるのだろう。だが、イトの表情を見る限り、リアンが叱られるのは決定事項のようだとアイリスは困ったような顔で苦笑するしかなかった。




