大盛り
全員が座ったことを確認してから、リッカがその場に居る者の顔を見渡していく。席に座った6人の前にはそれぞれの食器が置かれており、いつでも食べる準備は出来ていた。
「それでは頂きましょうか」
「いただきますっ!」
我慢出来なかったのか、ライカが大きな声でそう言った後、すぐに料理が盛った皿に手を付け始めるのを見て、彼の隣に座っているリッカは溜息交じり小さく睨んでいた。
「もうっ、ライカってば……。お客さんが先でしょうが」
「んぐっ……」
さっそく、料理を食べ始めているライカは頬に料理をいっぱい詰め込んだ後に、注意された意味に気付き、ぴたりと動きを止めていた。
「別にそれほど気にしなくても……。それに俺達の後に料理を食べるのを待っていたら、せっかくの温かい料理が冷めちゃうよ?」
そう言いつつ、リアンはリッカの皿を横からひょいっと取り上げると、並べられている料理を少しずつ小皿に盛っていき、そして再びリッカの前へと皿を置いた。
「はい、リッカも食べて、食べて~。俺、味見したけど、凄く美味しかったから!」
「え、あの……」
「子どもは遠慮しないっ! ……あ、ライカ、おかわりする?」
「しますっ!」
元気よく返事をしたライカの皿は既に空になっており、手を伸ばしてきたリアンにその皿を渡すとリアンはリッカの皿に盛った時と同じようにライカの皿にもたくさんの料理を盛り始める。
「ありがとうございます、リアンさんっ」
「おう、たくさん食べろよ~。ほら、イトも皿を貸してごらん」
ライカに料理を盛った皿を渡した後、リアンはイトの方へと掌を差し出してくる。
「絶対、嫌です。あなたに料理を盛ってもらったら、大盛りにするに決まっています。自分の分は自分で盛りますので」
「ええ? だって、イトは細いからもっとたくさん食べて欲しいんだもん」
「それが余計なお世話だと言っているのです」
リアンとイトのやり取りをどこか呆けた表情で見ていたリッカだったが、はっと我に返るとスプーンを手に取って、盛られた料理を口へと運び始めていた。
「……美味しい」
ぽつりとリッカが呟いた言葉に、彼女の隣に座っているライカがにっこりと笑う。
「美味しいね、姉さん! どんな料理も凄く、美味しいけれど……でも、皆で食べると、やっぱり美味しいね!」
ライカがリッカに向けて言った言葉に対して、彼女は少しだけ眉を寄せて困ったように笑みを返していた。
「うん、そうだね……。皆で、食べると……美味しいね」
ライカと同じ言葉を呟きつつ、リッカはもう一口、料理を口へと含める。そして、せき止めていたものが切れたように、リッカは皿ごと持って、食べ始めた。
「……」
一瞬だけ見えたのは、リッカの目元に薄っすらと浮かんでいた雫だった。彼女の茶色の瞳は何故か濡れているように見えたのだ。
だが、アイリスがリッカを静かに眺めているうちに、彼女はあっという間に皿に載っていた分の料理を食べ終えてしまう。
「おっ、リッカもおかわりする?」
それに気付いたリアンが、イトから皿を受け取ることを諦めて、リッカの方へと視線を向けて来る。
「お、お願いしますっ!」
リッカは遠慮がちに、だがはっきりとした声で返事をしてからリアンへと空になった皿を渡していた。
「よし、いい食いっぷりだ! 大盛りに盛ってやるからな!」
リアンがご機嫌な表情で、受け取ったリッカの皿に大盛りの料理を載せ始めると、イトからすぐに小言が飛んできた。
「……リアン、人には食べきれる量というものがありまして」
「残したら、俺が全部食べるから良いのっ! 子どもは遠慮せずに食べられる量を好きなだけ食べまくればいいのっ!」
どうやら、リアンにとって譲れない信念らしきものがあるらしく、イトの言葉にぷいっと顔を背けつつ、大盛りに盛った料理をリッカの前へと置いた。
「ほら、アイリスの皿にも盛ってやろうか? クロイド、作った本人が一番遠慮してどうするんだ。二人共、俺に皿を貸せっ! 全部大盛りに盛ってやるからな!」
「え、えっと……」
アイリスが答える前にリアンに皿を持って行かれてしまう。瞬きしている間に、アイリスの皿には数種類の料理が大量に盛られてしまっていた。
「クロイド、普段はちゃんと食べているのか? そんなに細いといざという時に力が出ないぞ!」
「いや、俺は……」
まるで、皆の給仕のように振舞うリアンに対して、クロイドもたじろいでいたが、あっという間に皿の上に料理を大盛りに盛りつけられてしまう。
「リアンさんっ! 僕もおかわり!」
さっそく二回目のおかわりなのか、ライカが空になった皿を頭上へと掲げつつ、リアンへと渡す。
「おおっ! よし、任せろ~。いっぱい食べて、大きくなれよ~」
「うん!」
どうやらライカはクロイド達が作った料理が気に入ったらしく、夢中で食べているらしい。その一方で、リッカの方も黙々と頬をいっぱいにしながら料理を食べていた。
「……」
イトの方をちらりと見ると、彼女は自分で皿に料理を盛ったらしく、リアンに目をつけられないようにしているのか、少しだけ彼に背を向けつつ食べていた。
「……いただきます」
アイリスもクロイド達が作った料理を一口、食べてみる。
小さく白い粒のような材料は何と言うのだろうか。その粒に魚介類と野菜の味がしっかりと染み込んでおり、更なる食欲を掻き立てるため、スプーンを動かす手が止まらなくなりそうだ。
「……どうだ?」
目の前に座っているクロイドが味の感想を訊ねて来たため、アイリスはスプーンを進める手を止めて、にっこりと笑ってみせた。
「初めて食べたけれど、凄く美味しいわ。これ、どこの国の料理なの?」
「それなら良かった……。確か、スペリアン王国の名物料理だったかな。海に囲まれた国だから、魚介類を使った料理が豊富なんだ」
「なるほど……」
他の国の料理まで作れるとは恐れ入った。しかし、クロイドが作れる料理の品数は一体どれくらいあるのだろうか。
自分はその中の一割も作れないため、彼の腕前には追いつきそうにない。そう思いつつも、やはりクロイドが作る料理が美味しいため、スプーンが進んでしまうのだ。
「おっ、イトも皿が空になったな! よし、皿を貸すんだ!」
「お断りします」
リアンはまだイトの皿に料理を大盛りに盛ることを諦めていないらしい。二人が繰り広げる攻防を眺めつつ、その場に居る者達は小さく笑い合うのだった。




