リッカとライカ
リッカに案内された一軒家は木造住宅となっており、壁は古く、年数は経っているようだがそれでもどこか懐かしさを感じる佇まいをしていた。
他の家よりも少しだけ離れた場所に建てられているスウェン家は、海が見渡せる高台に位置しており、そして森が近いことから森から漂う冷たい空気と、海から吹く潮風に挟まれているようだ。
「すみません、古い家で……。両親がいないので中々、家の補修に回す手がなくって」
リッカは申し訳なさそうにそう言いつつ、家の扉をゆっくりと開けて、中に入るようにと促してくる。
確かに家の壁にはひびが入っていたり、黒い染みが出来ているところもあれば、外の光が零れ入ってくる程の穴さえ開いている箇所もあった。
「あれ? ライカー……? ……まだ、弟は帰って来ていないみたいですね。遊びに行っているのかな?」
リッカが彼女の弟と思われる名前を呼んでも家の中から返事が返って来ることはなかった。
扉を開けて、最初に目に入ってきた部屋はどうやら食事を摂る場所らしく、大き目の台が置かれており、その台に備えられている椅子が4脚あった。
そして、部屋内には調理場も備え付けられており、日頃から掃除をかかさないのか、どこを見ても綺麗に整頓されているようだ。
「とりあえず、お茶を……」
「あ、お構いなく。こちらから押しかけてきたようなものですから……。置かせて頂けるだけで十分ですし」
イトが気遣う必要はないと断りを入れようとしていたが、リッカはゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、いけません。お客様が来たら最大限に持て成すことがこの島の人達に大事にされて来た信条でもあるので」
にこりと笑って、椅子に座るように勧めてきたため、アイリス達四人は顏を見合わせて、リッカの厚意に甘えることにした。
「それじゃあ、荷物を先に……」
「あっ! そうですよね……。すみません、気が付かなくって。えっと、使って頂く部屋は……。あ、でも、まだお掃除が済んでいないですし……」
途端に慌てふためき始めるリッカの様子はそれまでの大人びた表情とは一変し、子供らしさが出ていた。
突然の来客に、お持て成しをしたいし、部屋も案内したいが掃除が終わっておらず、何から手を付けるべきかと悩んでいるのだろう。
その時だった。
アイリス達がたった今、入って来たばかりの入口から一つの声が家中に響いた。
「ただいまー! 姉さん、あのね……。さっき、ジンさんの手伝いをしたら、魚を……」
リッカを含めたアイリス達5人が家の入口へと同時に振り返ったからなのか、家に入って来たばかりの少年は驚きの顔でぴたりと足を止めていた。
「あ、ライカ……。お帰りなさい。あのね、こちらの皆さん……」
「――もしかして、お客さんっ!?」
リッカの声を遮り、ライカと呼ばれた少年はぱぁっと顔を明るくして、嬉しそうな表情をしたのである。
「島の外から来たんですか!? あ、いらっしゃいませ! えっと、えっと……」
お客としてその場にいるアイリス達を見て、相当気分が高揚しているらしく、ライカは言葉を捲くし立てていたが、何から話せばいいのか迷っているようで、両腕を上下に振りまくっていた。
やはり、姉弟だからなのか、リッカもライカも慌て方がそっくりである。
「もう、落ち着いて、ライカっ。……こちらの4人は島の外から来たお客様よ。今日から1週間、この家にお泊りするの。だから、迷惑をかけないように……」
「やったぁ!」
またもやリッカの言葉を遮って、ライカは両手を上げて大喜びしている。余程、知らないお客が家に来たのが嬉しいらしい。
「僕はライカって言います! お姉さんとお兄さん達の名前を聞いてもいいですかっ?」
遠慮することなく、ライカは目を輝かせながらアイリス達を見上げて来る。
「もうっ、ライカっ!」
たしなめるようなリッカの一言に対して、ライカは唇を尖らせつつ、不満そうに呟く。
「だって……」
「だって、じゃない!」
「まぁ、まぁ……。……えーっと、名前はライカで合っているよね?」
リアンがリッカを宥めつつ、ライカの方へと振り返る。そして、腰を少しだけ折り曲げながら、視線をライカへと合わせていた。
「うん!」
「よしよし、そうか。俺はリアン・モルゲン!」
「リアンさんっ!」
復唱するようにライカが笑いながら名前を呼ぶと、リアンはライカの頭を右手で軽く撫で始める。どうやらリアンはこちらが思っているよりも子どもの扱いに慣れているらしい。
「それでこっちから、イト、アイリス、クロイドだ。今日から1週間程、お世話になるけれど、宜しくな!」
「宜しくお願いしますっ! 僕、たくさんお持て成しします! あの、だからっ……。えっと、島の外のお話、たくさん聞かせて下さいっ!」
「おうっ! いいとも!」
さっそく、二人は打ち解けたのか、お互いに笑い合っている。人見知りが無いリアンの性格には驚くばかりだ。
「……それで、ライカ。ジンさんのお手伝いをして来たんでしょう?」
すでに諦め顔のリッカは溜息を吐きつつ、ライカに訊ねる。彼ははっとしたように思い出して、頷き返した。
「あのね、ジンさんから魚を貰って来たんだ。後はコージさんの家の畑を手伝ったら、野菜も貰ったよ」
そう言って、ライカは入口辺りを指さす。家の入口には木製の桶が二つ置かれており、その一つには数種類の野菜が入ったものと、水が張られた中に泳いでいる魚がいた。
「まぁ、こんなにたくさん……。あとで、お礼を言いにいかないといけないわね。……そうだわ。ライカ、手を洗ってから、皆さんにお茶を淹れておいてくれる? 私は部屋の掃除をしておくから」
ライカが帰ってきたことで、人手が増えたため、役割を分担する気でいるらしく、リッカはさっそく腕まくりをし始めていた。
「はーい、分かった!」
「では、私は部屋を掃除してきますので、皆さんはこちらの部屋で少しお待ちを……。あの、荷物はその辺りに置いて下さって構いませんので」
早口で言い置いてから、リッカは泊まりに来たアイリス達が寝るための部屋を掃除するべく、調理場がある部屋から出て行った。
「……本当に、姉さんはすぐ慌てちゃうんだから」
くすりと笑いつつ、ライカがその場に残った四人に向き直る。
「今、お茶を準備するので、皆さんは椅子に座っていて下さいっ」
そう言って、ライカが並べられてある椅子を少し後ろに引いて、4人に座るようにと促してくる。
「一人で大丈夫? 手伝いましょうか?」
アイリスが心配げに声をかけるとライカが元気よく首を横に振った。
「駄目ですっ! お客さんはお持て成しを受けるのがこの島での流儀なんです!」
だから自分に任せてと言わんばかりにライカは胸を張る。そこまで言うならば、言葉に甘えることにしようとアイリス達はお互いに目配せして、そして荷物を床の上に置いてから椅子に座ることにした。
「えーっと、茶葉はどこだったかな……」
手を洗ったライカが戸棚を開けたり、閉めたりしつつ茶葉が保管されている場所を探し始める。
「――きゃぁっ!」
だが、扉一つ向こうの部屋からリッカの短い悲鳴とともに、何かが雪崩れるような音が響いて来たのである。
「ね、姉さんっ!?」
「き、来ちゃ駄目っ! 扉を開けないで、ごほっ……ごほっ……」
慌てたようにライカが踵を返し、リッカがいる部屋へと向かおうとしたが、すぐにリッカから制止の声が返って来た。
「あの、やっぱり掃除くらいはお手伝いを……」
イトが控えめな声でリッカに訊ねるが、全力拒否の言葉が扉越しに返って来た。
「駄目ですっ! お客様は持て成されるのが……。ごふっ」
すぐにリッカから返事は返って来るものの、それでも制止の声によって、イトは立ち上がろうとしていた身体をぴたりと止める。
「……姉さん、頑固だからなぁ」
盛大に肩を竦めつつ、ライカは再び、アイリス達にお茶を淹れるべく準備に取り掛かったようだ。
「……」
4人は本当に手伝わなくていいのかと視線を交わし合うも、少々申し訳なく思っているような表情のままで、姉弟達からのお持て成しを待つことにした。




