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到着

 

 無事にオスクリダ島の船着き場に船が到着したアイリス達一行は、やっとこの船酔いから解放されると安堵しつつも、まだ身体に残る気分の悪さを実感しながら、オスクリダ島の地に足を踏み入れた。


 真っ先に船から降りたのはリアンで、暫くの間、船着き場の石畳の上で身体をうずくまっては、深い息を吐いていた。


「……うげぇ」


 それでもやはり、吐かないようにと気を付けているらしい。彼の隣にはリアンの分の荷物を抱えたイトが少々呆れた表情で溜息を吐きつつ立っていた。


 アイリスもクロイドに手を取ってもらい、身体を少し支えられながら船から船着き場へと足を着ける。

 揺れていない地上にいるはずなのに、それでも身体は揺れているような感覚が残っているため、不思議な気分であると同時に早くいつも通りに戻れと願っている自分がいた。


 アイリスもリアンと同じように船着き場の石畳の上に座り込み、少しでも気分を良くしようと潮風に身体を預けて、とりあえず休憩することにした。暫く休まなければ、本当に動けないから仕方がないのだ。


「――よーし、荷物も全部降ろしたな?」


「はい。乗せて頂き、ありがとうございました」


 気分の悪さで動けないアイリスとリアンの代わりにクロイドとイトが、オスクリダ島まで運んでくれた船長にお礼を言いつつ、四人分の運賃を支払ってくれていた。


「次にオスクリダ島に船が来るのは一週間後だ。もし、それよりも早く帰りたくなったなら、この島の漁師共に一緒に乗船させてもらうといいさ。まぁ、俺の船よりも揺れるかもしれないけどな! がはははっ」


 船長の男性は船酔いで潰れているアイリス達を横目に見つつ、豪快過ぎる苦笑をしたが、こちらからすれば、これ以上の揺れがある船に乗るのは是非とも拒否したいと思ってしまう。


「それじゃあ、俺はナルシス港に戻るぜ。またな」


「はい。お世話になりました」


 船長が四人に向けて軽く右手を振りつつ、再び船の中へと戻ろうとしていた時だ。



「――おじさん!」



 船着き場の奥に続く陸地から、こちらに向けて一つの若い声が聞こえたのだ。

 アイリスがゆっくりと顔を上げると必死の形相をした自分達よりも年下に見える少女が船着き場を駆け抜けて、船長の男性のもとへと走って来たのである。


「リッカじゃねぇか。どうしたんだ?」


 船長の男性の知り合いなのか、彼は船に乗りかけていた足を再び船着き場の方へと戻して、リッカと呼ばれた少女の方へと振り返る。


「お、おじさんに……お願いがあるの」


 荒く呼吸をしつつ、少女は肩口で切りそろえられている茶色の髪を大きく揺らしながら顔を上げた。


「おじさんの船に乗せて欲しいの、私と弟の二人を。……ナルシスに行きたいの」


「ん? 船なら、漁師共に乗せて貰えばいいだろう」


 少女は一歩ずつ船長へと近付き、そして真面目な顔で首を横に振った。


「駄目なの。……漁の船には子どもは乗ってはいけないから」


「あー……。そういえば昔、漁に子どもが同伴して海に落ちたことがあったんだったな」


 船長が気まずそうに答えるとリッカは首を縦に振りつつ、言葉を続けた。


「おじさんの船しか、当てがないの。お願い……私と弟を船に乗せて、ナルシスまで運んで」


「何だ、リッカ。ナルシスに観光にでも行くのか?」


「違うわ」


 リッカはその場にいる四人にちらりと視線を向けつつも、気にしている暇はないと思ったようで、そのまま船長との会話を続け始める。


「私、この島から出たいの。ナルシスでもロディアートでも、どこでもいい。ここではないところに行きたいの」


「はぁ? お前さん、島からは出たくないって前に言っていたじゃねぇか」


 何を言っているんだと言わんばかりの表情で船長は首を傾げつつ、腕を組む。だが、リッカは半分呆れ顔の船長に食ってかかる様な勢いで、もう一歩足を進めた。


「今は、一日でも早くこの島から出たいの。……えっと、その……私、島の外の世界に興味を持っちゃって、だから……勉強! そう、勉強をしに島の外へ行きたいの!」


 リッカの気迫に押されたのか、船長は一歩後ろへと足を後退していた。


「お、おう……。まぁ、別に勉強したいと思うことは悪くねぇが……。お前さん、金はあるのか? 勉強するにも、島の外に行って生活するにしろ、金はいるだろう? 勢いだけで言っているなら、少し考え直して、ちゃんと計画を立ててから行動した方がいいと思うぞ?」


「それは……」


 船長の妙に落ち着いた言葉に、リッカは言葉を続けようと一度は口を開くも、それでも返す言葉が見つからなかったのか、すぐに噤んでしまっていた。


「それになぁ……。知り合いだし、お前さん達のことは可哀想だとは思うが……こっちも商売をやっている以上、一人の客に贔屓は出来ないんだよ。そこは分かってくれるか」


「……うん」


 港町ナルシスからオスクリダ島までの船の運賃はかなり高い方だ。それこそ、良い宿に一泊出来る程の運賃であるため、子どもであるこの少女が軽く出せるような金額ではないだろう。


 ここまで来るのにかなりの距離を渡って来たため、燃料費だってそれなりにかかるだろうし、更に再びナルシスに戻る船なので、丸一日という時間がこの船に使われるのだ。


「そ、それじゃあ……お金を貯めたら……。二人分の運賃だけ、貯めたら、私達をナルシスまで連れて行ってくれる?」


 まだ、少女は島から出る事を諦めていないらしく、両拳を握りしめつつ、訴えかけるような表情で船長へと詰め寄った。


「ああ、いいとも。……だが、渡った先の生活は保障出来ないぞ? この島で流れる時間や空気だけじゃない、島の外だと物事の全てが違ってくるからな」


「分かっているわ。……たくさんのお金が必要な生活が待っているんでしょう? この島から出られるなら、何だって頑張れるわ」


 アイリスは何気なくリッカと呼ばれる少女の横顔を覗き込むように見た。

 まるで何かを悟り、強く決心したようにも見える表情に何故か昔の自分を重ねてしまう。


 ……この子は……。


 だが、船酔いによる気分の悪さによって、アイリスはそれ以上リッカのことを考えるのを止めて、再び空気を取り入れるために息を深く吐き出した。


「だが、この島には基本、金が稼げる場所がないだろう? せいぜい、漁師共が魚を市に出荷するくらいだ。どうやって金を稼ぐつもりなんだ?」


「……」


 船長の問いにリッカは口を閉ざす。お金を得るための方法までは考えが至らなかったらしく、深く考え込んでいるようだ。


 どうやらこの島では金銭による物品の売買は行われていないらしい。恐らくだが、物々交換などによって生活が成り立っているのだろう。


  

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