船酔い
オスクリダ島行きの船に揺られて数時間。四人はそれまで、何気ない話などをしながら時間を過ごしていた。
だが、少しずつ船の上で過ごす時間が増えるたびに、とうとう予想していたことが起きてしまう。
アイリスとリアンは船の揺れに慣れていないせいで、完全に船酔いしておりぐったりと船体に身体をもたれていた。
気分が悪い状態となってからすでに一時間は経過しているが、一向に良くなる気配は無く、船の上であるため耐えるしかないままだ。
「うげぇ……。気分、悪い……」
「まぁ、船に乗り慣れていないなら、仕方ないでしょう。だから、事前に酔い止めを飲んだ方がいいと言ったのに」
「だってぇ……。美味しいもの、食べていたら……飲むの、忘れちゃって……。うへぇ……」
船体の外へと身体を投げ出すようにもたれつつ、リアンは真っ青の顔のまま、浅い呼吸を繰り返している。
リアンの背中をイトはゆっくりとさすりつつ、どこか呆れたように見ているが、それでもやはり彼のことは心配なのか傍から離れようとはしなかった。
……まさか、これ程までに気分が悪くなるものなんて思っていなかったわ。
出航した最初は良かったのだが、乗ってから数時間も経たないうちに船の揺れに慣れていないアイリスとリアンは少しずつ気分が悪くなり始め、そしてとうとう項垂れるくらいに動けなくなってしまっていた。
船に乗って酔う人がいれば、酔わない人もいるらしい。
イトは分からないが、クロイドだって自分と同じで今日初めて船に乗ったはずだ。それでも彼は気分が悪くないらしく、先程からずっと自分の傍で何か出来ないだろうかと世話を焼いてくれている。
「……アイリス、大丈夫か?」
優しく背中をさすってくれるのは嬉しいが、それよりも気恥ずかしさと気分の悪さの方が上回って、上手くお礼の言葉を伝えることが出来ずにいた。
「……無理」
クロイドが心配そうに顔を覗き込んでくるが、正直に言えば、気分が悪くなっている顔を彼に見られたくはないというのが本音である。
アイリスが呻いている中、クロイドがすっと差し出してきたのは、オスクリダ島に行く前に購入していた紙製の容器に入れられたオレンジの飲み物だ。
「すまない、今はこれしか飲み物がなくて……」
「……ありがとう」
飲み物を飲めば、少しはこの酔いが楽になるだろうか。そう思いつつ、アイリスはクロイドから受け取った飲み物を少しだけ口に含めて、喉の奥へと通していく。
すっきりした味が喉の奥へと伝わっていくが、それでもすぐに酔いが無くなるわけではない。
「……ここで魔法を使うことが出来れば良かったんだけれどな」
申し訳なさそうにクロイドはそう呟きつつ、船を操縦している船長の男性へと軽く視線を向ける。
一般人がいる前で、魔法を使うことは教団に属している全ての者は厳禁とされているためクロイドも悩んでいるようだ。
「……いいの。大丈夫よ……」
「……」
クロイドが再び隣に座って、ゆっくりとアイリスの背中をさすっていく。布越しに伝わる温かい温度に安堵しつつも、気分が悪いのは平行していた。
念ために、船に乗る前にあらかじめ船酔いを抑えるための薬は飲んできていたがあまり効いているような気がしない。
いつになれば、この苦しみから逃れられるのだろうかとそんなことさえ考え始めてしまう。
早く、本当に早くオスクリダ島に着いて欲しい。そう思っていた時だ。
「――おーい、オスクリダ島が見えて来たぞー」
船を操縦している船長が声を張り、アイリス達にオスクリダ島がやっと見えて来たことを告げる。
「……」
項垂れていたアイリスも少しだけ顔を上げて、船が向かう先へと視線を映した。そこに見えたのは、海の上に浮かんでいるようにさえ見える緑色に覆われた山だった。
いや、山に見えるのは全て木々で、それ以外には何か目印になるようなものは海の上から見つけられない。
……あの島が、オスクリダ島。
海を渡ることも、島へ訪れることも初めてであるため、やはりそれなりに緊張していたのかもしれない。
その影響で船酔いした可能性もあるだろうが、目的地が見えて来たことにアイリスはかなり安堵していた。
……島に着いたら、少しだけ休ませてもらおう。
今の状態で任務を遂行するのはかなり困難に近いだろう。恐らく、同じように船酔いで苦しんでいるリアンもそうしたいに違いない。
「うえぇ……」
「もう、いっそのこと吐いてしまえばいいのでは? ……昼食を食べすぎたのもいけなかったのかもしれませんよ」
「うぅっ……。今度から……船に乗る前は、食べないようにする……。うげぇ……」
イトに吐けばいいのにと言われても、やはり人前で吐くことをはばかっているのか、リアンが吐くことはない。ただ、項垂れて呼吸を繰り返しては気分をどうにか元に戻そうと試みているようだ。
……早く、着けばいいのだけれど。
リアン同様に気分が悪いアイリスも、何とかクロイドの前で吐かないようにと全力で抑えつつ、一分でも早く船がオスクリダ島に着くことを心から願っていた。




