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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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許可

 

 とある昼下がり。

 アイリスは魔法課が置かれている階の廊下の壁に背をもたれて、閉まったままの魔法課の扉を瞬きもせずに見つめていた。


 どれくらい時間が経っただろうか。10分も経っていないはずだ。それなのにこれ程までに自分の方が緊張するとは思っていなかった。


 ……頑張っていたもの。きっと、大丈夫よ。


 それでも強く祈らずにはいられなかった。

 がちゃりと扉の取っ手が回された音が聞こえたアイリスは、もたれていた壁から身体を反射的に起こした。



「――はい。では、ありがとうございました」


 扉の向こう側にいる魔法課の誰かに挨拶をしながら、クロイドが頭を軽く下げつつ廊下へと出てくる。

 そして、扉を閉めてから待機していたアイリスの方へと振り返った。


「ど、どうだった……?」


 強張った表情で、恐る恐るアイリスは聞いてみる。クロイドはアイリスの表情に少し拍子抜けしたのかぽかりと口を開けて、それから噴き出すようにすぐに小さく笑った。


「ほら」


 目の前に出されたのは教団に属する魔法使いのほとんどが持っている「許可証」だ。魔法使用許可の欄に「許可」と書かれている文字が一番に目に入って来る。

 そして、その許可証には間違いなくクロイドの名前が記されていた。


「っ! ……おめでとうっ!」


 嬉しさによって思わず大声が出そうになったのをぎりぎりに抑え、アイリスは興奮しがちにクロイドの肩を叩く。


 今日は先日行われた、魔法使用の資格を得るための試験の結果が発表される日だったのだ。これでクロイドは魔法使用の資格を取得したことになる。


「やったわね! さすがよ! いやぁ、もう絶対に合格だって思っていたけれど本当に良かったわ!」


 言葉を捲くし立てながらはしゃぐアイリスに応えるように、クロイドも苦笑しながら頷き返す。


「こちらこそ、ありがとう。……合格出来たのはアイリスの教え方が上手かったからだ。教えてもらったところの全ての部分が筆記試験の問題に出てきたからな」


 クロイドが魔法使用の許可を得るための試験を受けることになり、アイリスは自身が所有していた魔法に関する本をクロイドに全部貸していた。

 それだけではなく、任務が入っていない日はお互いに時間を作って、クロイドに魔法に関する勉強を教えていたのである。


「そんなことないわ。私は勉強の仕方を教えたに過ぎないもの。筆記も実力試験もあなたの力よ。本当におめでとう!」


 これで今後は正式に、任務の最中に魔法を遠慮することなく堂々と使うことができる。

 そして、この前と同じように自分の隣で戦ってくれるのだろう。


 満面の笑みを浮かべたまま、表情が元に戻らないアイリスの隣でクロイドもいつもより柔らかな表情で笑っている。


「よしっ! お祝いに美味しいものでもご馳走するわ!」


「え……」


「何が食べたい? 何でもいいわよ!」


 得意げな表情で胸を張るアイリスに何と返事をしようかとクロイドが顎に手を当てて悩んでいる時だった。




「――おい、見ろよ。犬が魔法を使えるようになったんだってさ」


 廊下に響く、棘のある一言が耳に入ったアイリスの額にぴしりと青筋が立つ。

 背後から聞こえた声は、全く聞き覚えはないがそのような言葉を吐く時点で、人間の分類としては人をすぐ蔑むハルージャと同じだろう。


 視線だけ振り返ると、青年二人がそこに立っていた。楽しく会話していたアイリス達を馬鹿にするような笑みを浮かべて、更にわざとらしくこちらを指さしている。


 しかし、クロイドが犬の姿へと変化出来ることを見知らぬ団員が知っているとは思っていなかった。教団内では噂などが周囲に回るのが早い分、個人の情報も知れ渡るのが早いということか。

 だが、クロイドが魔犬に呪いをかけられていることは知られていないようだ。アイリスはそれだけに安堵していた。


 青年達はアイリス達が話を聞いていると知っていて、わざと大声で喋っている。話している内容は本当に舌打ちしたくなるものばかりだ。


「あいつ、まだ教団に来たばかりの奴だろう? 呪われているって聞いたけれど」


「そうそう。本当は狩る側じゃなくて、狩られる側として来たんじゃないか?」


「ははっ。そりゃあ、間違いないな。だって、犬に姿を変えるなんてこと、普通の人間じゃないだろうよ」


 侮蔑を含んだ嘲りだった。

 言葉というものがこれ程までに汚く感じるとは思ってもいなかった。


 クロイドは先程まで柔らかい表情をしていたのに、いつの間にか最初に出会った頃のような冷めた無表情へと戻ってしまった。


 男二人はクロイドの表情を知ってか、知らないのか、こちらを気遣うことなく顔を顰めたくなる話をそのまま続けていく。


「あ、もしかして魔力無し(ウィザウト)が手綱を握っているのか?」


「出来るのか~? あいつ、魔力がこれっぽっちもないんだろう?」


「まぁ、案外、半端者同士でお似合いかもなぁ」


 自分のことを馬鹿にされるのはまだ耐えられる。むしろ、この一年で慣れてきた方だ。

 ただ、クロイドのことを詳しく知りもしないくせに語られるのだけは本当に、心底腹が立つのだ。


 アイリスは怒気のこもった溜息を深く吐いて後ろを振り返る。クロイドが自分を止めようと手を伸ばしていたが、間に合わなかった。


「――それで、何が言いたいのかしら? その魔力無し(ウィザウト)に実力が及ばないあなたたちにしては随分と大きな口のようだけれど?」


 青年達の声に聞き覚えは無いが顔はどこかで見たことある。恐らく、アイリスが一年前に所属していた魔物討伐課だ。


 魔物討伐課は個性が強い、というよりも実力重視な任務をこなすことを求められる課なので自分の力に自信がある者が揃いやすいと聞いていた。

 だが、アイリスが魔物討伐課にいた頃に彼らの姿をあまり見かけたことはなかったので、この青年達はそれ程、名のあるチームの人間ではないのだろう。


 本当に実力がある人間はこんな態度を他人に取ることは無い。それは余裕を持っているからではなく、実力があることを自慢しても意味がないと分かっているからだ。

 目の前で嘲りの表情を浮かべている青年達は、自分達に実力があると勘違いして調子に乗っているようなものだ。


「な、何だと!?」


「私のことを知らないの? 元魔物討伐課で『真紅の破壊者クリムゾン・クラッシャー』の異名で起こした数々の問題……じゃなくて、功績のこととか」


「はぁ? 建物とか壊しすぎて異動させられたんだろう?」


 少し胸を張って睨みを利かすアイリスに対して、青年の一人が苛立ったように答える。


「そうよ。……最近では教会をひと蹴りで崩壊させたわ」


 もちろん嘘である。現在、流れているアイリスについての噂に尾ひれが付いたものを利用しただけだ。

 実際には老朽化した教会で暴れまくったせいで、壁に大きな亀裂が入り、一気に教会が崩壊しただけだが。


 しかし、アイリスの嘘の話を信じ切っているのか、青年二人は少したじろいだようだ。


「何なら試してみる? あなた達が私達のことを魔力無し(ウィザウト)と犬って呼ぶくらいですもの。相当、自分の実力に自信があるんでしょう?」


「おい、アイリス……」


 相手を挑発する自分を止めようとクロイドがアイリスの肩を掴んできた。

 しかし、青年達に対して全く引く気はないアイリスは少し顔をクロイドの方へと振り返って、あなたは黙っているようにと視線で念押ししたため、彼は仕方なさそうに一歩後ろへと下がった。


「それとも負けて恥を晒すのが、お嫌かしら?」


 アイリスは意地の悪い笑みを浮かべて見せる。普段の自分はあまり意地の悪い表情など作れないが、今だけは思い描いている表情を浮かべられていると思う。

 さすがに他課の年下から言われっ放しで腹が立ったのか、青年の一人が顔を真っ赤にして叫んだ。


「はっ。そこまで言うなら、やってやるよ。訓練場で勝負しようぜ」


「いいわ。1対1でも2対1でもどちらでも構わないわ」


「なめやがって……。ああ、そうだ。魔具の使用は禁止だ。俺も剣一本で相手してやる」


「あら、いいの? 大丈夫? 随分と余裕ね」


 たたみ掛けるようにアイリスは小さく余裕の笑みを零す。それが気に障ったのか、青年は舌打ちをしつつ顔を顰めた。


「ふんっ、見てろよ。その気に入らない表情を泣き顔にしてやる」


 青年二人がこちらに背を向けて、訓練場へと荒々しい足音を立てながら歩いていく。アイリスとクロイドもその後ろを付いて行った。


「……アイリス」


 隣を歩くクロイドが前方の青年二人に聞こえないように配慮してなのか、小さな声で話しかけてくる。


「どうして挑発になんか乗ったんだ。ハルージャの時なら、武力で解決しようなんてしていなかっただろう」


 覗き込まれるクロイドの表情は自分を心配する時と同じ顔をしていた。

 確かに先程の自分は、どこか自分らしくはなかったように思えたが、青年達の言葉をはっきり聞いた後では、引き下がるわけには行かなかった。


「だって、腹が立ったんですもの。自分の大切な相棒を馬鹿にされたのよ。怒らないわけないじゃないっ」


 頬を丸く膨らませつつ、アイリスは目の前を歩く青年達を鋭く睨む。

 本当なら、この場でシャツの胸倉を掴んで、壁に投げ飛ばしたい気持ちを抑えているのだから、褒めて欲しいものだ。


「……その気持ちは嬉しいけどな。でも、俺はアイリスが任務以外で危ない目に合うのは見たくないんだよ」


「あら、どうして私が危ない目に合うって決まっているの?」


 アイリスは何を言っているのかと言わんばかりにけろりとした表情でクロイドに首を傾げる。アイリスの答えに対し、クロイドは一度目を丸く見開いてから、そして右手で頭を抱え始めた。


「……もう、別の意味で君のことが心配になってくるよ」


 クロイドが隣で深い溜息を吐いていたがアイリスはさして気にすることなく、ただ目の前の敵だけを見据えていた。


  

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