夏の性格
「凄いね、イト! まさか同じ教団の人と一緒の場所で任務があるなんて」
「……声を抑えて下さい、リアン。ここには私達以外の方もいるんですから」
嘆きの夜明け団の存在は一般人には知られてはいけないため、出来る限り関連することを外で話してはいけない規則となっている。
そのことをイトから咎められたリアンはしまったと言わんばかりに片手で口を押えてから、大きく頷いていた。
リアンを見ていると何だかイトに懐いている子犬というか、元気いっぱいの子どものように思えて来てしまう。
「……ですが、アイリスさん達が同じ船に乗っているのは意外でした。……どんな任務かお聞きしても?」
声を抑えつつも、こちらの任務が気になるのかイトが静かな声で訊ねて来る。あまり、詳しい任務内容は言えないがアイリスは小さく頷いてから答えることにした。
「人を探しているの。オスクリダ島に行くと言ってからもう一ヵ月も連絡が取れない人で……エディク・サラマンという人なのだけれど……」
「うーん……。聞いたことがない名前だなぁ」
「初めて聞きました。ですが、魔具調査課が魔具以外のものを探すのは珍しいですね」
少し不思議に思ったのか、イトが首を傾げつつ訊ねて来る。
「課長会議で決まったらしいわ。……私達の課長の友人でもあるから、探してきて欲しいと頼まれたの」
「なるほど……。ですが、人を探すだけなら、今日オスクリダ島に行く私達に追加任務として加えれば良かったのに……」
「確かに二度手間になる上に、二課分の旅費負担がかかるしなぁ」
イトに同意するようにリアンも腕を組みながら頷いている。そういう二人はどのような任務でオスクリダ島に向かっているのだろうかと思っていると、クロイドがアイリスの言葉を代弁する。
「それで、二人の任務は何なんだ?」
「俺達はね、オスクリダ島に定期巡回しに行っているんだ」
「定期巡回?」
「魔物討伐課ではたまに遠地への出張があるんです。遠征部隊とは違って、向かう場所のほとんどは魔物が少ない地域だったり、いない場所だったりするので、大抵がその地域を軽く見回りして終わることになる任務内容となっています」
「ああ、そういえば、そんな任務もあったわね……」
アイリスが魔物討伐課に所属していた頃には遠地への定期巡回に同行したことはないため、一度は経験してみたいと思っていた任務である。
「……俺達が人探しの任務を割り当てられたのは昨日だ。二人はいつから定期巡回の任務をしているんだ?」
クロイドが首を傾げつつ訊ねると、リアンが右手の指を折りながら日数を数えていく。
「えっと、3日前かな。ほら、数日前に悪魔によって教団が襲撃された日があっただろう?」
「……ええ」
ハオスが教団を襲撃したことを鮮明に思い出し、苦々しく思いながらもイト達に内心を覚られないように表情を作りつつアイリスは答えた。
「あの日に元々、遠地への定期巡回をするチームが魔物から傷を受けて療養中なんだ。だから急遽、俺達が任務を請け負うことになったわけ」
「オスクリダ島に行く前に、他の遠地の見回りもして来たんです。あとはこの島の巡回だけですが、船が一週間に一度しか行き来しないならば、本部に帰るのはかなり遅くなりそうですね」
イトが溜息を吐きつつ、船が進む先を見つめるが、そこには水平線があるだけでまだオスクリダ島は見えてこない。
「……3日前に本部を出発していたなら、追加任務が来ないのも仕方がないだろう。俺達だってオスクリダ島に行くのが決まったのは昨日だったし」
クロイドが同意を求めるような視線を送って来たため、アイリスは頷き返した。
「そうね。まぁ、お互いの任務が無事に終わることを祈っているわ」
「あっ! それなら、こっちの見回りの任務が終わったら、人探しを手伝うよ。……なぁ、良いだろう、イト」
「……そうですね。一週間もありますし、手伝う余裕くらいはあるでしょう」
リアンが人懐こい笑顔をイトに向けると彼女はそれが眩しかったのか、すぐに視線を逸らしていた。
「手伝ってもらっちゃって、本当に良いの?」
「もちろん! どんな任務も早く終わった方が良いだろうし、それにオスクリダ島には魔物がいないらしいからね。多分、見回りの任務が早く終わったら暇になりそうだし」
笑顔でそう言い切るリアンの表情は今の季節に似合う程に晴々としていて、かなり清々しく思えた。見ていてイトの方がリアンに押され気味に感じたのは、彼の明るすぎる性格故なのだろう。
反論も拒否も出来なくなる程の強く眩しい性格の人間にあまり会ったことがないが、それでもリアンには好感しか持てなかった。
「そういえば、さっき売店で買ったんだけれど、良かったら食べない? えっと、何の魚だったっけ……。とりあえず、魚を香草焼きにしたものを薄生地で包んだものだよ」
そう言って、リアンは鞄の中から紙によって包まれた何かの料理を取り出し始める。
「……リアン。あなた、また食べ物を買っていたんですか」
呆れ顔でイトがそう呟くとリアンはにっこりと笑ってから、イトへと紙に包まれた料理を一つ手渡した。
「美味しそうなものがあれば、食べたくなるのが人間だよ。ほら、食べて、食べて。イトは細いんだから、もう少し肉を付けないと」
「仮にも私は女性です。体形のことを色々と言うのは失礼ですよ。あと、肉よりも筋肉が付いているから細く見えるだけで、ちゃんと食べています」
ふいっと視線をリアンから海の方へと向けつつ、イトは唇を尖らせる。あまり物事に興味がなさそうな印象があるイトだが、彼女も体形には気を付けたいらしい。
「アイリスとクロイドって呼んでもいい? 君達にもどうぞ! これ、凄く美味しいからおすすめなんだよ!」
「え、あ……? ああ……。ありがとう……」
「ありがとう、リアン」
リアンから料理を無理矢理に渡された二人は、潔く受け取り、食べることにした。
積極的に接してくるリアンにクロイドはたじろいでいるようだが、恐らくリアンの性格はクロイドにもいい方向に影響してくれるかもしれないとアイリスは密かに思っていた。
「――あ、クロイドも魔具調査課に入って数か月なんだ。俺も、俺も~。イトと相棒になって、数か月目~!」
「数か月目なのに、遠地への任務を任されているなんて、凄いな」
「へへっ、そうかな? まぁ、イトがいるからね! 俺はまだまだ未熟な点があるし、もっと精進しないと」
「魔具は何を使っているんだ? ああ、両手剣か」
リアンが話しやすい性格をしているからなのか、クロイドの話し方は自分と話す時と同じように柔らかく砕けていた。
……リアンなら、クロイドの友達になってくれるかしら。
何となくだが、彼らは友達としての相性が良いような気がしたのだ。そう思いつつ、イトの方を見ると、彼女も同じようなことを思っているのか、リアンに対してどこか優しげな表情を浮かべていた。
「……」
しかし、アイリスがイトを見ていることに気付くと、気まずげに視線を逸らし、そしてリアンから無理矢理渡されていた料理の包みを開きつつ、食べ始めていた。
……イトも個人による実力主義の考えを持っている人だから、魔力無しや呪い持ちのことに関しては嫌悪感を抱かないかもしれないわね。
魔物討伐課にはアイリスのことを嫌っていたり、迷惑に思っている人間が多かったため、自分が希望していたとは言え居辛かったのが本音だ。
まさか任務先がイト達と被るとは思っていなかったが、定期巡回の任務がイト達に任されて本当に良かったとアイリスは他の三人に気付かれないように安堵の溜息を漏らしていた。




