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静と動の雪

 

「――おーい、お二人さん。準備は出来たかい? そろそろ出発するぞー」


 船の持ち主である船長の男性が長椅子に座っているアイリス達に声をかけてくる。


「はい、大丈夫です」


 アイリスが船長の方へと振り返り、返事をすると彼は満足そうに頷いて、船を動かすためのエンジンへと手を伸ばし始める。


「よし、それじゃあ……」



「――ちょっと、待ってー!」


 その場に突如として響く若い声に、船長はぴたりとエンジンを入れるための手を止めた。


「待って! 乗ります! 乗りますから!!」


 慌てた声と共に一人の少年が、アイリス達が乗っている船へと乗り込んで来たのである。


「すみません! 遅くなりました! って、これ……オスクリダ島行きですよね!? その船で合っていますよね!?」


 船長に向けて矢継ぎ早に質問しつつ、少年は急いで走って来たのか荒く呼吸をしているようだ。


「お、おう……。オスクリダ島行きで合っているが……」


 滝のような勢いで零される少年の言葉に船長も少したじろぎながら、頷いている。


「良かった、間に合った~! この船を逃したら、船代が自腹になるところだったよ~。……あ、すみません、二人乗船しますので、宜しくお願いします!」


 少年は船長にそう言ってから、今まさに自分が走って来た方向へと振り返って叫んだ。


「おーい、イト~! 間に合ったよ~! 早く、早く~!」


 そこでアイリスは何となく聞き覚えがある名前に首を傾げそうになる。だが、この位置からでは、船体の後方から乗り込んでいるはずの少年の顔も、少年が呼んだ名前の人物も見ることは出来ない。



「――だから、買い食いは程々にして下さいって言ったじゃないですか」


「だって、せっかくナルシスの港に来たんだよ? 名物料理は食べておきたいじゃないか~」


 もう一人が乗船してきたのか、船が少しだけ揺れた。アイリスは聞き覚えのある声の持ち主を確認しようと、船体の後方へと視線を向けてみる。


「それならせめて、やること終わってからにして下さい。時間は限られているんですよ。あと、興味があるものに一々反応しないで下さい」


「ええ~? だって、海だよ! 港だよ! たくさんの船を見ることなんて中々無いし、海は凄く綺麗で、町中が海の匂いと美味しそうな匂いで溢れているし。心がときめかない方が無理だよ」


「……だから、その気持ちを自重して下さいと言っているんです。全く……。……あ、船長さん、遅れてしまい、すみません。出航して下さって構いませんので」


 船長に向けて丁寧に促しつつ、急いで船に乗り込んで来た二人はアイリス達が座っている船体の前方の方へとやって来る。



「大体、リアン……。あなたという人は……」


 そこで再び説教を始めようとしていたらしいが、先客である自分達の姿を見て、その少女は言葉と動きを止めた。


「あれ? どこかで見たような……」


 リアンの方はアイリスに視線を向けると、小さく首を傾げつつ、固まっている少女とアイリスを交互に見やる。


「あっ! イトの友達だ!」


 以前、イトと模擬試合をした際に一度だけリアンとは顏を合わせていたが、どうやら自分のことを覚えていたらしい。リアンの喜びに満ちた顔にアイリスは苦笑しながら頷き返した。


「どうして、アイリスさんが……」


 しかし、イトの方は予想していなかった先客に動揺しているらしく、彼女にしてはかなり珍しく困惑した表情を浮かべていた。


「この前の武闘大会ぶりね、イト。……私達もオスクリダ島で任務なの」


 最後の一言をその場にいる船長の耳に入らないように声を落としつつ、アイリスは戸惑っているイトを納得させるために説明をする。

 すると、彼女はその一言だけで十分だったらしく、アイリス達が同じ船にいる理由に合点したのか小さく頷き返してくれた。



「――それじゃあ、船を動かすぞー」


 船長の声が響き、それから数秒後に船を動かすためのエンジンがかかる。船体が少しだけ振動し、ゆっくりとだが船が海の上を走り始めた。


 何とも不思議な体験に、アイリスは海の上を走るように進む船の手すりに手を添えつつ、広がる海原に視線を向ける。


「凄い……。青い草原を走っているみたい……」


 ぼそりと呟くと隣にいたクロイドが小さく笑った気配がした。


「そうだな。……綺麗だな」


 だが、クロイドと話していたのは一瞬で、すぐに真後ろから声をかけられる。


「まさか、イトの友達と一緒の船に乗るなんて思っていなかったなぁ。ね、イト」


「……そうですね」


 リアンの元気な声にイトは少々気だるげに答えつつ、もう一脚の長椅子へと座った。お互いに向き合うような体勢となり、何となく気まずさが生まれてしまう。


「えっと……」


 やはり、一緒に乗船している以上、何か言葉をかけた方がいいのだろうかとアイリスが思案していると、斜め前に座っているリアンが両手をぱんっと叩きつつ、笑顔で言い放った。


「そうだ! せっかくだし、自己紹介しようよ! 俺、イトの友達にちゃんと名前を伝えてないし」


 リアンがそう告げると彼の隣に座っているイトはいかにも面倒そうに顔を顰めているのが一瞬見えた。


 アイリスの隣に座っているクロイドも、リアンの明るい性格に押され気味なのか、少し身体を仰け反らせているようだ。

 クロイドには年頃の友人があまりいないため、同い年くらいだと思われるリアンの友好的で人懐っこい性格に戸惑いを隠せないらしい。


「それじゃあ、言い出した俺から自己紹介するね!」


 こちらの反応はお構いなしで、リアンは日差しよりも眩しい笑顔で話し始める。どうやら彼の性格や笑顔は他の者を上手く巻き込んでしまうらしく、それに対して不快な感情は生まれなかった。


 恐らく、静かな性格をしているイトもリアンの空気に取り込まれてしまい、結局は受け入れてしまっているのだろうと何となく予想出来た。


「俺はリアン・モルゲン! 歳は16! イトの相棒でチーム『(ネーヴェ)』所属!」


 一般人である船長に声が聞こえる位置にいるのに、リアンは胸を張って楽しそうに紹介し始める。その隣のイトはリアンの声が大きすぎたのか、わざとらしく両手で耳を塞いでいた。


「好きなものはイトと林檎と日向ぼっこ! あとは……」


「リアン……。リアンっ」


 少々焦るようにイトがリアンの自己紹介を横から止めて来る。その表情は少し引き攣っており、イトはリアンの肩を軽く掴みながら制止していた。


「それくらいにして下さい」


「え? まだ、半分も紹介していないよ?」


「自己紹介とは普通、名前くらいでいいものです」


「そう? それじゃあ、次はイトの番だよ」


 途中で自己紹介を止められて、リアンは少しだけ不満そうだったがすぐにイトへと順番を渡してくる。本当に自己紹介が面倒らしく、イトはかなり深い溜息を吐いていた。


「……イトです。リアンと同じチーム所属。以上です」


「ええ!? ちょっと、イト! その紹介は短すぎないかい?」


「……うるさいです。私は人と話すのがあなたほど、得意ではないと前に言ったでしょう」


「それなら、俺が代わりに……」


「結構です。……では次にアイリスさん、どうぞ」


 リアンの言葉をぴしゃりと切って、イトはアイリスの方へと視線を向けて来る。どうしても話題をイト自身から逸らしたいらしい。


「……えっと、改めて初めまして。魔具調査課のチーム『(アルバ)』所属のアイリス・ローレンスよ」


 エンジン音が大きいので、船を操縦している船長にまで声は届かないだろうが、出来るだけ配慮しつつアイリスは自己紹介を始める。


「それで、こっちが……」


「同じく、アイリスの相棒のクロイド・ソルモンドだ。……二人とは初めて会うな」


 遠慮がちにクロイドがアイリスに続けて挨拶をすると、彼の目の前に座っているリアンが一気に興味を示していた。


「クロイドか、宜しく! 歳は?」


「え……。16、だが……」


「じゃあ、俺と一緒だ! 宜しくー!」


 リアンはアイリスに左手、クロイドに右手を向けて、握手を促してくる。

 これは手を取らないといけないだろうとアイリス達が同時にリアンの両手を掴むと、彼はそれを上下に激しく振りながら、楽しそうに笑っていた。


 リアンはやはり、周りの人間を巻き込んでしまう性格らしいが、嫌いになれないのはリアンの人柄の良さが彼の笑顔に出ているからだろう。思わずつられて、こちらの頬が緩みそうになってしまう。



    


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