表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
395/782

安否不明

 

「この迷える森と呼ばれている森の奥深くは、島の住人でも赴かない場所らしい。その島の言い伝えで、迷える森には現地信仰の神が祀られている場所があって、その神が人を攫うことから、神隠しだなんて言われているらしいんだ」


「神隠し……」


 あまり地方の言い伝えや風習を知る機会がないため、アイリスは小さく首を傾げるしかなかった。

 イグノラント王国には主に信仰されている宗教があるが、別に他の宗教を信仰していることを禁止しているわけではない。


 この国では、信仰する宗教は自由とされているため、その点においては人が信じるものに対して疑問などは湧かなかった。

 ただ、どうして神と呼ばれているものが人を攫うのか、それが理解出来なかったのだ。


「エディクの奴はどうして現地神が人を攫うのか、という伝承があるのかも調べたかったらしく、このオスクリダ島へと赴いたんだ」


 研究したり、調べたりすることは良いことだと思うが、人を攫うと言われている神のことを自ら調査したいが故に行動を起こすとは、本当に冒険が好きな人なのだと思うしかない。


「……つまり、この迷える森にエディクさんという方が入って、出られなくなったということでしょうか?」


「その可能性は高いだろうな。……基本、魔物は生息していない島だから、魔物に襲われた可能性は低いだろうが……。急に連絡が取れなくなったから、エディクの身に何か起きたんじゃないかって心配でな」


 アイリスは眺めていた手紙にもう一度、視線を移した。丁寧に綴られている手紙には、新しい冒険が始まることを期待している文面が端から端まで綴られている。


「……エディクは仮にも教団に籍を置いている魔法使いだ。しかも、身体も丈夫な奴だから、そう簡単に倒れることはないと思うが……」


 それでも、友人の安否が心配らしいブレアは窓の外へと視線を向けて、瞳を少しだけ細めた。


「私も彼の冒険譚を楽しみにしていたからな。ここで何かあって、彼の冒険が途切れることを快くは思っていないんだ。……そこでお前達にエディクの捜索を頼みたい」


「……」


 何となく、そう告げられるような気がしていたアイリスとクロイドはお互いに顔を見合わせてから、ブレアの方へと向き直った。


「……任務として、でしょうか?」


「そうだ。……本当なら、自分で探しに行ってやりたいが私は課長だし、ここから動けないからな。それに……」


 そう言って、ブレアは眼鏡の縁を少しだけ指先で上げてから、言葉を続ける。


「エディクが書く冒険譚は、実は赴いた現地を知るための調査書にもなっているんだ。つまり、教団側に実益があることを行なっているため、彼の足が途絶えれば、教団に入って来る大きな情報網を一つ失うこととなる。……そういう点においても、エディクの安否は重要なんだ」


「なるほど……」


「彼の捜索は誰が行うかで、課長会議も揉めに揉めたのだが、任務として行わせてもらうという条件付きで魔具調査課が担うことになった。今回、探して連れ帰るものは魔具ではないが――頼めるかい?」


 アイリス達はブレアの瞳をじっと見つめる。彼女の瞳の奥に見えたのは、エディクの無事を祈る焦りのようなものだった。

 友人であり、手紙のやり取りをしていたのなら、それなりに親しい間柄だったのだろう。その友人が安否不明となれば、心配せずにはいられないに違いない。


 アイリスはちらりとクロイドに視線を向ける。クロイドはアイリスに判断を任せると言わんばかりに頷き返していた。どうやら彼は、自分がこの任務を受けることを最初から承知済みらしい。

 視線をブレアへ戻してから、アイリスは力強く頷き返した。


「分かりました。エディクさんの捜索の任務、受けます」


「……やってくれるか」


「はい」


 アイリスとクロイドの答えにブレアは心底、安堵したらしく深い溜息を吐いていた。


「そうか……。ありがとう、二人共。助かるよ」


 少しだけ表情を和らげてから、ブレアは課長机の引き出しから、書類とオスクリダ島と思われる島の地形が描かれた地図を取り出した。


「捜索する者はエディク・サラマン。39歳の男性だ。最後の目撃情報はオスクリダ島に唯一、航路を持っているオリゾン地方の港町ナルシスの船着き場だ」


 アイリスとクロイドは課長机の上に出された書類に目を通していく。


 そこにはエディクと思われる似顔絵が書かれていた。目元が深く鼻は高いが、見た目は大らかそうに見える。

 そして、複雑な模様が描かれた頭巾を頭に被っており、一度見れば忘れないような顔立ちをしていた。


「これがオスクリダ島の地図だ。……ここが住民たちの主な居住地で、居住地に近い森の更に奥深くの地域が『迷える森』と言われている」


 ブレアが指で示す部分をアイリスは探るような瞳でじっと見つめる。何の変哲もない、ただの地形図だがこの森にエディクはいるのかもしれないと思えば、用心するに越したことはないだろう。


「主な産業は漁業と農業。観光は……あまり力を入れていないため、向こうに宿屋はないらしい」


「え……」


「まぁ、心配するな。島の人達は明るく朗らかで、優しい人柄だと聞いている。宿屋がなくても、交渉すれば部屋を貸してくれるだろうよ」


「そんな行き当たりばったりで上手く行きますかね……」


 任務を行う前から不安要素が満載ではないかとアイリスが小さく溜息を吐くとブレアは苦笑で返してきた。


「大丈夫だって。……でも、念のために装備はしっかりとしていけよ? あの島に魔物はいないと言われているが、森の奥には何が潜んでいるか今でも良く分かっていないからな……」


「分かりました」


 エディクの消息が不明になっている時点で、気を引き締めて挑まなくてはならない任務だと分かっているため、アイリス達は同時に首を縦に振った。


「現地での判断はお前達に任せておく。島には電話などの文明の利器がないから、島に渡った以降、こちらに連絡は取れないことを頭に置いておいてくれ」


「はい。……え、電話も?」


「ああ。電気もガスも通っていないぞ」


「……」


 自動車や電話と言った文明の利器が発達したこの時代にまさか、電気もガスも通っていない場所があるとは思っていなかったアイリスはぽかりと口を開けてしまう。


 アイリスが以前住んでいた田舎の村でさえ、電気もガスも通っていたため、驚かずにはいられなかった。


「ははっ……。そう心配するな。人間、衣食住さえあれば、何だって出来るぞ!」


「……そうですね」


 やはり、装備だけでなく、他にも色々と準備してからオスクリダ島に向かった方がいいかもしれない。

 ブレアの励ましのような言葉にアイリスとクロイドは顏を見合わせつつ、頷き合うしかなかった。


     


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ