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オスクリダ島

  

 悪魔「混沌を望む者(ハオスペランサ)」による襲撃から五日経ち、教団内はやっと落ち着きを取り戻しつつあった。

 それでも人的被害は多く、かなりの数の団員が負傷していた。それだけではなく、魔物討伐の際による、建物への損傷も激しい箇所があり、修理しなければならない程の被害が出ていた。


 だが、誰一人として命を落とすことなく、事なきを得たのは本当に不幸中の幸いだと皆が言葉にしていたのを耳に入れたアイリスは一人、小さな溜息を吐く。


 ……本当に、そうかしら。


 アイリスは何気なく、自分の腹部を左手でそっと触れてみる。五日前、自分はハオスが放った魔物に寄生されかけていた。

 あの時の判断によって、今は何事もなかったように過ごしているが、一つ間違えれば自分の命だけでなく、大事だと思う人達の命も危うかった可能性だってあったのだ。


 ……結局、ハオスはブリティオンへ帰ったのよね。


 魔物による寄生から解放された自分が一日だけ休みをもらった日の夜、ハオスは自ら教団を去ったらしい。

 それは周知の事実で、何とハオスの最後の姿を見たのはブレアだというのだから驚きだ。彼女はハオスの首を取るべく接近したらしいが、惜しくも逃げられてしまったと言っていた。


 ……でも、イリシオス総帥も無事だし、他には……。


 何か心配しなければならないことはあったかどうかを思い出してみようとしたが、特に思いつかずアイリスは先程よりも深い溜息を吐く。


 平穏な日常が戻って来ると、注意をしなければならないものに見落としが出てしまうため、今のうちに思い出せるだけ思い出したかった。

 再び、教団が襲われる事態だってあるのかもしれないのだから、気持ちだけは備えておきたいのだ。


 ……ブリティオン王国……。ローレンス家……一体何を考えているというの。


 考えても分からないことだらけだ。溜息が出そうになるのを抑えて、自分の机に突っ伏していると、後ろから声がかけられた。


「……具合でも悪いのか?」


 魔具調査課に入って来たのはクロイドだった。他の先輩達はまだ出勤してきておらず、室内は二人きりである。


「ううん。ちょっと考え事をしていただけよ」


 そう答えつつ、アイリスは椅子から立ち上がる。


「それなら、良いんだが……」


 まだ、自分の身体を心配しているのか、クロイドはどこか不安そうな表情で見つめて来る。

 だが、全てはもう終わったことだ。後ろ向きばかりに考えていられないだろうとアイリスが笑みを浮かべて見せると、クロイドは少し溜息交じりに苦笑を返してきた。


「さて、二人が揃ったし、ブレアさんのところへ行きましょうか」


「呼ばれていたのか」


「ええ。クロイドが出勤してから、二人で課長室に来て欲しいって言われていたの」


 アイリスはクロイドと並んで、課長室の扉を三回叩く。

 扉の向こうから、どうぞという一言が聞こえたため、取っ手を捻ってから扉を開いた。


「失礼します」


「おう、おはよう。二人とも、調子はどうだ?」


 とりあえず、中に入ってソファに腰掛けるようにとブレアが視線で促して来たため、アイリス達は同じソファへと腰掛けた。


「もう、五日も経っているんですよ。身体の調子も元に戻っています」


 アイリスが苦笑しながらそう答えると、ブレアは眼鏡の下の瞳を細めて、小さく笑い返してくる。


「確かに元気そうだな」


「……そういえば、魔物に寄生された他の団員の人達も、無事に復帰していると聞きましたが」


「ああ、他の団員達の体調も大丈夫そうだ。しばらくすれば、通常のように任務が出来るようになるだろうよ」


 ブレアも教団内がハオスによる襲撃以前と同じ落ち着きを取り戻したことに安堵しているようだ。

 他の課ではすでに通常任務が始まっているし、魔物討伐課に至っては昼夜を問わず、街中の見回りが強化されていると聞いている。


「それにしても、武闘大会が中止になったのは残念だったな。魔具調査課は参加者全員が良い順位まで上がっていたというのに」


 それまでの真剣な雰囲気とは一変して、ブレアは本当に惜しいと言わんばかりに腕を組みつつ唸っている。


「まぁ、また来年がありますから……」


 そうは答えつつも、アイリスも内心では武闘大会の続行が中止されたことを少しだけ残念に思っていた。


「うむ。また来年に、お前達が活躍するのを楽しみにするとしよう。そして、今度こそ参加を……」


 ブレアの表情が少しだけ黒いものへと変わる。どうやら、まだ武闘大会に参加することを諦めていないらしい。


「えっと、それで呼ばれた理由を伺ってもいいでしょうか?」


 アイリスはわざと話を逸らすために、自分とクロイドを呼び出した理由を訊ねてみる。ハオスの襲撃から五日経っているので、そろそろ通常任務の再開を言い渡されるのだろう。


「ああ、そうだった。……お前達、『オスクリダ島』って知っているか?」


「オスクリダ島?」


 何となく、聞き覚えのあるような名前にアイリスが首を傾げていると、クロイドが何かを思案するような顔でぼそりと呟いた。


「確か、イグノラント王国領の孤島ですよね? 船で半日くらいかかる島だと……。人口200人くらいが在住している小さな島だと聞いています」


「お、クロイドの方は知っていたか」

 

 クロイドの答えが正解だと言わんばかりにブレアは満足そうに頷き返す。


「実は二人に頼みたいことがあってな。……このオスクリダ島に、冒険家である私の友人が向かったまま、ひと月程連絡を寄こさないんだ」


「え?」


 ブレアは交友関係が広いため、どうやら世界を巡る冒険家にも友人がいるらしい。だが、驚くべき点はそこではないだろう。


「冒険家の名前はエディク・サラマン。この友人はまめな性格をしていてな。週に一度くらいで、私に手紙を寄こしてきていたんだ。だが、ここひと月は何も連絡を寄こさないまま今に至る」


 説明しつつ、ブレアは課長机の上に一通の手紙を取り出して、アイリス達に見せる。アイリスはすぐに立ち上がって、エディクから送られて来た手紙を手にとって内容を眺めてみた。


 綴られている文章は繊細な字で書かれており、字面から書き手の性格が窺える。


「エディクは、最後に『オスクリダ島』の『迷える森』を探検しに行くとこの手紙に記している。それ以降、連絡が全くないんだ」


 ブレアの言う通り、エディクからの手紙には最後の文章に同じ文言が綴られていた。クロイドもいつの間にか、手紙を覗き込んでおり、アイリスと同じく不思議そうな顔をしている。


「……この、『迷える森』って何なんですか」


 さすがのクロイドも知らなかったらしく、ブレアへと訊ねると彼女は少しだけ気難しそうな顔をした。


「うーん……。何といえばいいかな……。その土地に根強く残っている風習や伝承などがあるのは分かるよな?」


「はい」


「このオスクリダ島にはとある深い森があってな……。その森に入った者は二度と出て来ることが出来ないらしい」


「えっ……」


「もちろん、教団の方で実際に現地調査しに行ったこともある。だが、『迷える森』は見つからなかった」


「……」


「その意味は分かるよな? ……迷った者は二度と出て来ることが出来ないから、『迷える森』なんだ。出て来ることが出来れば迷ったことにはならないからな」


 まるで皮肉を言っているようにブレアが真剣な表情で呟く。


「それでも何故、その森が『迷える森』と呼ばれているのか、エディクは調査しに行ったらしい」


「……物好きな方ですね」


「そうなんだよ。自ら危険を冒しては突っ込んで行く奴でな。命がいくつあっても足りないような奴だが……真っすぐで真面目な友人なんだ」


 まるで自分のことを言われているように感じたアイリスは少し引き気味に口元を歪めて、頷き返すしかなかった。


   


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