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空虚なる駒


 ――ブリティオン王国、ローレンス本家邸宅。



 セリフィア・ローレンスは兄であるエレディテル・ローレンスの傍に影のように控えていた。二人は黒っぽいローブを着ており、それは魔法による儀式を行う際に着るものと同じものだ。


「……」


 屋敷の大広間に設置している魔法陣はまだ動かない。それを兄妹でじっと見つめたまま、どれほどの時間が過ぎただろうか。


「……全く、ハオスの奴、帰宅時間を過ぎているぞ」


 エレディテルは短い溜息を吐きつつ、腕を組み直す。そろそろ、ハオスには帰宅してもらわなければ、兄の機嫌が悪くなりそうだ。


 そう思っていた矢先、足元に広がる魔法陣が淡い緑色に光り始める。どうやら、イグノラント王国へと行っていたハオスが帰宅しようとしているらしい。


 セリフィアとエレディテルは魔法陣を踏まないようにと少し後ろへと下がりつつ、ハオスの姿が現れるのを待った。

 ぱっと眩しい光が大広間全体を覆いつくし、セリフィアは思わず目を閉じる。そして、ゆっくりと再び瞳を開ければ、魔法陣の中央にはご満悦な表情をしたハオスが立っていた。


「ただいまー」


 見た目は少女だが、中身は数百年を生きた悪魔である。長い黒のローブを引きずるように歩きつつ、ハオスは右手を上げながら、セリフィア達の元へと歩いて来る。


「遅いぞ、ハオス。予定の帰宅時刻より10分も遅れている」


 エレディテルは懐中時計を見ながら、不満そうに鼻を鳴らす。


「悪い、悪い。帰り際に奇襲にあったからさ~。でも、ちゃんと教団内部の情報は収集してきたし、大目に見てくれよ」


「……仕方ないな」


 与えられた仕事はちゃんとこなしてきたことに免じて、エレディテルはハオスを許すことにしたらしい。彼は懐中時計を服のポケットへと仕舞いつつ、右手の親指で自身の後方を指さした。


「あそこに回収が終わった魔物を保管してある。思ったよりも回収出来たようだな」


 エレディテルが指さした床の上に置かれているのは鉄製の檻に入れられた昆虫型の小さな魔物だ。

 今回、ハオスが命じられていたのはイグノラント王国の教団の魔法使い達の血と魔力の回収、そして教団内部の情報を収集することだった。


 ……ハオスは偉いなぁ。ちゃんと兄様の命令通りに動けて……。


 自分も先日、イグノラント王国へと潜入したが、その際よりも今回の命令の方が圧倒的に難しく危険だったはずだ。それでもハオスはしっかりとエレディテルの命令通りに事を済ませて来た。


「おおっ! やっぱり、魔物の身体に転移魔法陣を仕組んでおいて正解だったぜ。おかげで俺がこっちに送る手間が省けたし」


「まぁ、確かに便利ではあるな。ただ、もう少し改良する点は多いだろう。……それよりも」


 エレディテルの声色が突然、冷たいものへと変わる。この声色に変わる時、彼の機嫌があまり良くない時を意味しているため、セリフィアは気付かれないように唾を飲み込んでいた。


「ハオス、お前……。教団の魔法使い共に対して、こっちの奴らを使い過ぎだ」


 鋭く指摘される言葉に、ハオスは苦い表情をしながら、肩を竦めて見せる。


「何人分、使った?」


「25人。最後は花が萎んだように死んでいっていたぞ。一体、どういう魔力の扱いをしたんだ」


「げっ……。思っていたよりも使っていたなぁ」


 二人の会話にセリフィアはそっと、視線を明後日の方へと向ける。


 ……人の命って案外、簡単に消えるものなんだな。


 ハオスの胸元に取り付けるように仕込まれている魔具と同じものをブリティオン王国の「永遠の黄昏れ」の魔法使い達の身体にも付けられていた。

 そうすることで、遠地にいるハオスに、延々と魔力を供給させ続けることが出来るのだが、その代償は決して安いものではない。


 魔力というものは持っている魔力量が少なくなれば、また自分の身の内でゆっくりと魔力を作っていくものだ。だが、供給よりも需要の方が大きくなれば、その仕組みは途端に変わってしまう。


 需要に追い付かなくなった魔力の供給により、搾り上げられるように急激に魔力を失えば、身体の機能は停止し、死に至ることになるのだ。


 ……そして、25人の魔法使いが死んだ。


 ハオスが昨日、イグノラント王国へと赴いてから、ハオスと同じ魔具を使って彼に魔力を伝送し続けていた魔法使い達は多くいたはずだ。その内の25人が死んだと先程、連絡が来たのだ。


「だって教団の結界をこじ開けるのに、大型の魔物5匹も投入したんだぜ? それにあいつらの本気の攻撃に対して、こっちが手加減すればお前の命令が失敗する可能性だってあったし」


「……そう言って、本当は教団の魔法使い共と遊んでいたんだろう?」


 エレディテルが咎めるように視線を細めて、追及するとハオスは舌を出して、小さく笑った。


「まぁ、そう怒るなって。まだ、こっちの魔法使い共はたくさんいるんだろう?」


「……今後のためにも出来るだけ、魔力は節約したいんだが?」


「そのために、今回は教団の魔法使い共の魔力を回収して来たんだろう。別にいいじゃん、少しくらいさぁ」


 たかが人間の25人くらいだし、とハオスが呟いた言葉をセリフィアはしっかりと耳の奥に刻んでいた。

 

 ……また、今日も人がこうやって消えていく。ただの材料として……。


 エレディテルの命令は絶対だ。そして、「永遠の黄昏れ」に属している魔法使い達は彼に逆らって、怒りを買うことを恐れている。


 もし、逆らってしまえば、以前エレディテルが直々に赴いたラザック男爵のように早死にすることが決まっているからだ。

 彼はエレディテルが希望していた「魔力の供給源」になることを強く拒んだため、制裁と見せしめのために殺されたのだ。


 ……だって、兄様の言うことは絶対だもの。間違いは――ないはずだもの。


 今回、「嘆きの夜明け団」襲撃に使われた命は全て、エレディテルの命令に従って、自らを魔力供給源として身を差し出した魔法使い達だ。


 少しでも長生きするために、彼らはエレディテルの命令に従ったはずだが、こうやってハオスの魔力となって散っていった。どういう思いで彼らが死んでいったのかなんて、分かるはずもない。そして、その事をどう思うかなどもう、自分には感じられなかった。


「……まぁ、次の機会に向けて、新しい策を練った方がいいだろう。今回の襲撃で教団側も結界や警備を強化するだろうし、それに合わせてこっちも色々と手を打たないとな」


「そうだなぁ。……ああ、それとウィータ・ナル・アウロア・イリシオスはやっぱり、安全圏からは出て来なかったぜ。お前の予想通りだな」


「ふん、だろうな。そう簡単には姿を現さないだろうよ、あの魔女は」


「ああいう人間は攻撃して身を固めさせるよりも、もっと効果的な方法があるぜ。色々と準備と材料はかかるけどな」


「ほう、何だ? 言ってみろ」


 得意げな表情をするハオスに対して、エレディテルが小さく鼻を鳴らしながら訊ねた。


「それはだな……。――ふぁ~……。身体は子どもだから、やっぱりこの時間になると眠くなっちまうな。とりあえず、今後のやり方と収集してきた情報の整理は明日でいいか? もう、眠くて仕方がねぇよ」


「……はぁ。明日、忘れずに報告しろよ? それに午後からは博士のところに出かけるんだろう?」


「あ、そうだった。ついでに、回収した血と魔力も届けないとなぁ」


 ハオスは腕を伸ばしつつ、大きな欠伸を繰り返す。どうやら本当に眠いらしい。


「それじゃあ、二人共、お先に失礼するぜ~」


「ああ」


「……おやすみなさい」


 大広間の扉から出て行くハオスの背中を眺めつつ、セリフィアはエレディテルに気付かれないようにもう一度溜息を吐いた。


「全く、あいつの自由さは変らないな。……セリフィア」


「は、はいっ」


 急にエレディテルから名前を呼ばれたセリフィアは真っすぐと背を伸ばして返事をする。


「今回、使い切った魔法使い達の家族に、それ相応の金額を送るように手配しておいてくれ。向こうが指定の金額を望むなら、いくらでも構わない」


「……分かりました」


 死んだ25人の家族に対する謝礼でも、見舞い金でもない。大金を渡して、家族を失った感情を治めろということなのだろう。もちろん、向こうが納得せずに歯向かってくれば、エレディテルは容赦なく切り捨てて殺すつもりでいる。


 セリフィアがはっきりと答えると、エレディテルは満足したのかこちらに背を向けて、ハオスの後を追うように扉に向けて歩いていく。兄もそろそろ就寝するようだ。


「……おやすみなさいませ」


 返事は返ってこないと分かりつつも、セリフィアは見送るエレディテルの背中に向けて一礼する。扉が閉まった音を確認してから、顔を上げれば、大広間に一人セリフィアだけが取り残される。


「……」


 今回の教団襲撃により、エレディテルの野望に一歩近づいたのだろう。その上で、どのような犠牲が出ようとも、自分には関係ないはずだ。

 自分はただ、兄のためにこの身を捧げるだけなのだから。


 それでも、胸の奥が厚い雲を張ったようにずっと重いままなのだ。


 セリフィアは見えないと分かっているのに、イグノラント王国がある方角へと何となく視線を向ける。

 ハオスの突然の襲撃によって、イグノラントのローレンス家であるアイリスも大変な思いをしたに違いない。出来れば、生きていて欲しいと思う。だが、何故そう思うのか自分でも分からないのだ。


 アイリスには笑顔で居て欲しい。それは自分がエレディテルに対する想いとはまた別物のような気がしてならなかった。


 ……アイリスなら、もう分かっているよね。僕達が――最初から敵だったってこと。


 友達なんて、ただのごっこ遊びだ。自分でもそう分かっている。

 それでも――。


 セリフィアは自分の三つ編みの髪を彩る青いリボンに視線を向ける。金色の糸で花模様が細かく刺繍された青いリボンは、自分が持っている髪飾りの中で一番のお気に入りだった。


 このリボンはイグノラント王国へ赴いた際に、アイリス・ローレンスから贈られたものだ。それをずっと大事に使っていた。

 リボンに指先を触れつつ、セリフィアは小さく呟く。


「――アイリス、ごめん。……ごめんね」


 自分達は、いや自分はアイリスの心を傷付けているのだろう。その事に対して謝らなければならない気がした。


 分かっている。兄の言うことは絶対だ。それを一つ一つ詫びる必要なんてないと分かっているのに、言葉が勝手に零れて行く。


「アイリス……。ごめん……」


 この気持ちは何だ。息が出来ないくらいに苦しい。ぽっかりと穴が空いたような、空虚な感覚を何と呼べばいいのか。

 だが、それをエレディテル達に訊ねることはできない。


 ……閉じ込めなきゃ。こんな気持ちに……。アイリスに対して、こんな気持ちを持ってしまったことを兄様に覚られないように、押し込めなきゃ。


 セリフィアは青いリボンに触れていた指先を自分の胸へと添えて、心を落ち着けるように深呼吸する。


 自分は兄の駒だ。

 だから、余計な感情を他人に持ってはいけない。――絶対にいけないのだ。


 

 静かに感情を沈み込ませるセリフィアは、自身の右目から一滴が落ちていることに気付かないまま、忘却の魔法を自らの身体にかけていた。




             「寄生魔編」完 



     

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