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撤収

 

 ――イグノラント王国、「嘆きの夜明け団」本部、上空。



 一つの小さな影は空中に浮かんだまま、深い溜息を吐いていた。


「はぁ~。やっと仕事が終わった……。全く、エレディテルの奴……本当に悪魔使いが荒いぜ」


 教団本部の建物を真下に見据えながら、悪魔「混沌を望む者(ハオスペランサ)」は右肩を自分の左手で軽く揉んでいた。

 これ以上、上空へ浮上してしまうと教団側が新しく張り直した結界に触れてしまうため、十分に注意しつつ、足元で広がる景色をハオスは満足気に見ていた。


「まぁ、俺しか魔法陣を通れないからなぁ。移動する分には早いし、便利だけれど……。この辺りも今後、調節しなおさねぇとな」


 身体は人間の少女だが、魂は悪魔である自分だけが、転移魔法陣による転移の際の衝撃に耐えられるのだ。

 もちろん、身体は人間なので、魔法によって身体を強化しなければ、転移をする際に一瞬で身体が木炭となってしまうだろう。こういう場合、「人間」ではない方が便利なのだ。


 エレディテルからは自分は彼の駒として扱われている事は嫌でも認識しているが、やはりこの便利な身体という器を作ってくれたエレディテルには感謝しなければならないだろう。


「……結局、不老不死の魔女様は出て来ず、ってか?」


 ハオスは口元を大きく歪ませるように笑いつつ、教団の建物の中で一番高い塔を見下ろす。

 あの塔の中に1000年という年月を生きている不老不死の魔女「ウィータ・ナル・アウロア・イリシオス」がいるらしい。


 以前、セリフィアがイグノラント王国に潜入した際にはイリシオスと顔を合わせることは出来たらしいが、接触までは出来なかったと言っていた。


 だが、目下で右往左往していた魔法使い共の総帥である彼女は、教団内が混乱に包まれていたにも関わらず、強固な結界が敷かれた塔から一歩も出ることはなかった。


 やはり、古代魔法をその身に宿していることをこちらが思っている以上に重く見ているらしく、このくらいの騒ぎを起こしたくらいでは、簡単に鳥籠の外には出て来てくれないようだ。


「んー……。まぁ、今回で全てを回収して来いって言われたわけじゃないし……。実験結果も良い感じに収穫出来たから、満足してくれるだろう、多分」


 自身とエレディテルを納得させるための独り言を呟きつつ、ハオスは腕を組んで一人で頷いていた。


 この身体を作ったエレディテル・ローレンスは自分の主だ。もちろん、悪魔である自分が人間に仕えるなど、笑い種にされると思われるかもしれないが、エレディテルという魔法使いだけは他の人間と比にならないくらいに畏怖を抱いていた。


 彼の飼い犬になんてなる気は更々ないが、エレディテルの命令を聞いておかないと後々面倒だし、それに今回の教団襲撃は自分の趣味ともいうべき研究に繋がることが多かったため、快く受け持つことにしたのだ。


「……それにしても、塔の方にかけられているのは中々、面倒そうな結界だな……。こりゃあ、魔力持ちを何人分使えば、ぶっ壊せるか分かんねぇな」


 教団の塔に張り巡らされている結界は、教団全体を覆っていたものよりも規模は小さいが、その分かなり緻密な作りになっているらしい。

 そういう結界は正しい順序を踏まなければ、反撃の魔法によってこっちの身が消し炭にされかねないのだ。


「あまり、魔力を使いまくるとエレディテルに怒られるしなぁ。うーん……。別の方法でおびき寄せるしかないな」


 次へ繋げるための改善点を考えつつ、ハオスは右手で指を軽く鳴らす。瞬間、緑色の魔法陣が足元の出現し、闇夜の中で唯一、仄かな灯りを保っていた。


「よし……。思っていたよりも、魔力と血は回収出来たみたいだな」


 ハオスは口元に左手を当てつつ、教団内に自らが放った魔物の生存数を確認し始める。

 やはり、教団の魔法使いの中には腕が良い者が多かったらしく、小型とは言え、万を超える数の魔物を放ったにも関わらず、一日足らずで生存数は無となっていた。


 それでも、教団の魔法使い共から上手く魔力と血を回収出来た魔物は、その身体に仕込んでおいた転移魔法陣でブリティオンのエレディテルの元へと転移されているはずだ。


「……寄生出来る奴も、思っていたより物足りない感じだったな。意識を乗っ取るよりも……寄生した本人を魔物に変えることが出来る方がもっと面白いかもしれない。その辺りは博士(・・)と相談しながら調節しないとなぁ」


 ハオスはにやりと口の端を極限まで上げて、赤い弧を描く。

 そして、ブリティオンへと帰るべく、緑色に淡く光る魔法陣の中へと足を触れさせる――はずだった。


 刹那、背後から風を斬る音が聞こえたハオスは振り返らないまま、感じた殺気を躱すために、大きく身体を左方向へと仰け反らせる。


「うおっと!?」


 自分の身体の真横を、空間を切り裂くように通り過ぎ去っていったのは風によって作られた刃だった。 どうやら、自分に対して敵意がある者による攻撃らしい。


「……お見送りなんて、わざわざ大層なことするなぁ?」


 わざとらしくそう言い放ちつつ、ハオスは風の刃が飛んできた方向へと視線を向ける。そこには自分と同じように上空にその身を浮かせている人間がいた。


 いや、正確に言えば、身を浮かせているのではなく、透明な結界を展開させることによって、足場にしているらしい。

 目をこらせば、真下に広がる教団の建物の屋根から点々と、いくつもの結界が足場として作られていた。目の前に現れたこの女はそれを足場にして、自分がいる上空まで上って来たらしい。


「はっ……。見送るだと? ……そのまま、あの世に見送ってやってもいいぞ――混沌を望む者(ハオスペランサ)


 青く光る瞳を爛々と光らせ、短髪の女は低い声で呟き返す。右手に持っている長剣は、空が曇っていて月が出ていないにも関わらず、銀色に反射して輝いていた。恐らく、ただの長剣ではなく魔具なのだろう。


「ははっ……! 俺を殺すって? やれるかねぇ、一介の魔法使いごときに――」


 だが、ハオスが笑いを含めた言葉を発した瞬間、自分の首筋を冷たい何かが触れるように通り過ぎ去っていったのである。


「……」


 ハオスは何となく、涼しくなった首筋を右手の指先でそっと撫でてみる。首元に垂れていたはずのひと房の髪はなくなっており、首筋を撫でた指には見て分かる程の血液が付着していた。

 

 ただの人間だったならば、頸動脈を斬られた時点で死んでいるだろう。ただ、自分が死に至る核は首ではないため、無事だっただけだ。


 目の前に対峙している短髪の女は一歩も動いていないし、剣を振るった動作さえなかった。それにもかかわらず、自分の首筋に赤い一閃がいつのまにか刻まれていたのである。


「……へぇ。面白いこと、出来るんだな」


「……」


 嘲笑を含んだ笑みを浮かべて見せたが、それが気に入らなかったのか、女剣士は瞳を細めたまま無言を返してくる。


「お前、名前は何だ? 覚えておいてやるよ」


「悪魔に売る名前などない」


 そう答えるや否や、女は結界を足場にして、軽く跳躍してはこちらに向かって一撃を放って来る。


「っ!」


 だが、こちらも何度もやられる程、間抜けではない。ハオスは身体を大きく捻り、女からの一撃をすかさず避けた。 

 剣による一撃が通らなかった女はそのまま、ハオスの横を通り過ぎ去り、瞬時に形成させた結界の上へと着地する。


 無詠唱と無動作による魔法が使えるということは高位の魔法使いなのかもしれない。集中して、感じ取れるのは女の内側から零れるように溢れ出ている魔力の大きさだ。どうやら只者ではないらしい。


 だが、自分は相手の攻撃を完全に避け切った、そう思った時だ。


「なっ!?」


 ハオスが驚きの声で叫んだと同時に切り裂かれたのは右腕だった。黒いローブは一瞬にして、ただの布の端切れとなり、真下へと揺らめかせながら落ちていく。

 仮にも自分の身体は人間の少女の身体であるため、女の攻撃によって細い右腕には一筋の赤い線が白い肌に刻まれていた。


「……」


 自分は確かに女の一撃を避けたはずだ。どういうことかと意味を含めた視線を向けても、女の方は種明かしをするつもりはないらしく、変わらず無表情のままだ。



     

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